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FLASHアニメ職人・ポエ山さんデビュー10周年記念インタビュー

そんなことより聞いてくれ、>>1よ――「ゴノレゴ」が変えた10年

2012年05月12日 12時00分更新

文● ASCII.jp編集部

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 「昨日、吉野家行ってきたんです。吉野家――」

 10年前、2ちゃんねるで流行した“吉野家コピペ”。それをどこかで見たスナイパー風のキャラにしゃべらせ、大ブームになったFLASHアニメが「ゴノレゴ」シリーズだ。

 作者の名前はポエ山さん。現在はFLASHアニメからニコニコ動画へ活動の舞台を広げ、初音ミクなどのPVを投稿している。4月28~29日開催のイベント「ニコニコ超会議」でもPV職人として講演のステージに立っていた。

 ポエ山さんの本業は映像作家だ。プロとしての“作家”、プライベートでの“職人”。オンとオフ、2つの生き方をどちらも選ぶという新しいライフスタイルは、今、仕事との付き合い方を少しずつ変えている若者たちの生き方にも通じるものがある。その先駆けとなったポエ山さんは、この10年間、どんな人生を歩んできたのだろう。


これは向いてない、これも向いてない

―― 今日はゴノレゴの話をいろいろお聞きしようと思いますのでよろしくお願いします。

ポエ山 ゴノレゴ、文化庁が選んだ「日本のメディア芸術100選に入ってるんですよ。

―― 国家公認なんですか。

ポエ山 はい。当時は恐れ多くて、恥ずかしくてって感じだったんですけど、今はかならず自己紹介のときにネタとして言うようにしてます。

※ 2006年、文化庁とCG-ARTS協会が選出。アート部門には1970年の大阪万博を飾った「太陽の塔」(岡本太郎)、アニメーション部門には「新世紀エヴァンゲリオン」(庵野秀明)が選ばれた

―― そんな日本を代表するゴノレゴですが、投稿されたのはもう10年も前の話です。ポエ山さん、失礼ですがいま、おいくつですか。

ポエ山 32です。

ポエ山さん(32)

―― ゴノレゴを作ったのは学生のころ?

ポエ山 21か22ですね。いちおう美大には行っていたんですけど、授業にはほとんど出ていなくて。まだFLASHも出てきたばかりのころで、インターネットで動くサイトを見て、すごくビックリしていた感じです。

―― “動くサイト”ですか。

ポエ山 それまでGIFアニメしか動くものってなかったので、ちっちゃいものが動くだけだったんですけど、FLASHが出てきて、もう画面全体が動いて。見た直後にFLASHの体験版をダウンロードしてました。一週間後くらいには自分のサイトを立ち上げて。

―― はじめの作品はゴノレゴじゃなかったわけですよね?

ポエ山 ぜんぜん関係ないものを。音楽にあわせて○とか□が動くとか。

―― ○とか□が。

ポエ山 そういうのが当時2ちゃんねるでいちばんカッコイイとされていて、サイトもいっぱいあったんですよ。フラ板(FLASH板)ができたのは2002年で、それまでは「FLASHのかっこいいサイト」みたいなスレだけで、「笑えるFLASH」というのは流行っていなかったので。でも、1ヵ月くらいでそれに反発というか、カッコつけるのに飽きてきまして。それで180度方向転換して、かわいいキャラをただ動かしてるだけのものをつくるようになったんです。

―― 評判はどうでした?

ポエ山 いや、一部のマニアにだけはウケたんですが……。

―― はははは。

ポエ山 で、「やっぱりこれも向いてない」と。その後、森野あるじさんという方が「つきのはしずく」というアニメを作られていて、衝撃を受けて。映画やアニメみたいに、きちんと世界観を持ったストーリーものはそれまでなかったので、こういう魔女の宅急便みたいな話がFLASHでできるんだと。それで自分でもストーリーものをやってみようと思って「quino」を作ったんです。

「quino」

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