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編集者の眼第37回

終身雇用がなければ電通はGoogleになれたのか?

2012年03月14日 16時33分更新

文●中野克平/Web Professional編集部

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 「Sony が Apple になれなかった本当の理由」という元マイクロソフトの中島聡氏のエントリーが話題になっている。中島氏といえば1980年代から旧アスキーに関わった方だし、話題に「参戦」した経済学者の池田信夫氏もかつてASCII.jpでコラムを執筆されていたので「触らぬ神に祟りなし」なのだろうが、ずっとPC業界担当の記者/編集者をしてきた私には、終身雇用や組織構造、日本の文化が原因でソニーがアップルになれなかった、とはとても思えない

 そもそも「ソニーがアップルになれなかった本当の原因は終身雇用である」という結論は無茶苦茶だ。比較可能な事業内容ではなく、漠然とソニーやアップルというブランドを比較するのは、「宇都宮線はなぜ東海道線になれないのか? その本当の原因は地域の文化にある」といっているようなもので意味がない。

 ソフトウェアが重要な時代という認識には大賛成だ。しかし、仮にアップルが倒産寸前と言われた1997年にソニーが終身雇用をやめたとしたら、ソニーは優秀なソフトウェアエンジニアを雇っていただろうか? 1997年といえば初代VAIOが登場した年であり、差別化が難しいWindowsノートパソコンの分野に斬新なデザインを持ち込んで大ヒットになった時代である。Windowsという土俵で勝負するなら、優秀なソフトウェアエンジニアより優秀なプロダクトデザイナーを雇った方が理に適っている。「1997年」が恣意的だとして、ではたった今「解雇規制」が完全になくなったら、ソニーはハードウェアエンジニアを切り捨ててソフトウェアエンジニアを雇うだろうか? ハード、ソフトに限らず、多数のエンジニアを切り捨てて家電事業から撤退し、金融と音楽と映画の企業になろうとはしないだろうか?

 「ソニー」が固有名詞ではなく、「以前は輝いていて、現在のアップルになり得た会社」の代表なのだとしても、「ソニー」をオランダの電機メーカー「フィリップス」やPalmPilotなどを製造・販売していたアメリカのコンピュータメーカー「パーム」に置き換え、「フィリップスやパームがアップルになれなかった本当の原因は終身雇用である」といったら意味が通らない。ソニーがアップルになれなかった本当の原因が終身雇用にあるとしたら、あるとき輝きを失う企業はすべて終身雇用なのだろうか。

 もちろん、終身雇用に負の側面があるのは誰もがわかっている。在籍しているだけで給料がもらえるのだから、新しいことに挑戦せず、自分の責任を回避するために社内規則や仕様書を振りかざし、メールのCC欄に関係者全員のアドレスを入れて「周知させた」という証拠を作る。これがダメなのはみんなが分かっている反面、日本型組織には部署、担当者の職掌に曖昧さがあり、専任者がいなければ誰かがいつの間にか補ってしまう柔軟性をいまだに持つ企業もある。サメに襲われたイワシの群れが元の形を維持するように、阿吽の呼吸で組織が機能するのは、終身雇用という運命共同体を維持する責務を構成者全員が感じているからに他ならない。ようは終身雇用のメリットがデメリットを上回っていればよいのであって、頭痛で会社に行くのが辛いからといって頭を切り取ったら会社には行けない。終身雇用の果たしているプラスの機能を代替する議論なしに終身雇用を批判するのは無責任だろう。

 話を元に戻そう。今度は「アップル」が「全世界の人々の生活を変えた革新的な企業」の例示だと考えてみよう。このとき「紀伊國屋がAmazonになれなかったのは終身雇用が原因」、「電通がGoogleになれなかったのは終身雇用が原因」と聞いてしっくりくるだろうか? 「イヤ、それは一理ある」と思うなら、「Yahoo!がGoogleになれなかったのは終身雇用が原因」ではどうだろうか? 終身雇用は、企業が輝きを失う何かのきっかけにはなるかもしれないが、ある企業が輝けない「本当の原因」と考えるのは無理がある。時価総額が50兆円を超えて世界一ピカピカになった会社はアップルだけであって、個別の会社の成功、失敗の原因を雇用制度や社会構造に求めるのは天下国家を論じる格好良さはあっても、そこから個別の会社を輝かせる処方箋が生まれるとは思えない

 さらに、「ソニー」も「アップル」も固有名詞ではなく、「かつて輝いていた会社」と「いま輝いている会社」を象徴しているに過ぎないとしたらどうだろうか。「かつて輝いていた会社がいま輝いている会社になれなかった本当の原因は終身雇用である」のなら、一度輝くには終身雇用が必要で、輝いた後は終身雇用が不要となり、だったら最初の終身雇用とは何なのか。終身雇用を保つ日本企業だって輝いている会社はあるし、創業者すらクビになるかつてのアップルは輝いていたのだろうか

 こんなことを書くと、「かつてソフトバンクと並び称されたアスキー()の居残り編集者が何を言っているのか」と馬鹿にされそうだ。しかし、アスキーが光り輝いていた時代、ジェット機や半導体に投資したときの話を当時の関係者に聞くと、就職したい企業ランキングにまで登場したアスキーの栄華が何となく想像できる。会社の中に「山師」のような連中が大勢いて、儲け話に花を咲かせていたのだ。

 ある会社が光り輝く、つまり全世界の人々の生活を変えるような企業になるには、夢に日付を付けるだけでは不十分だ。儲けたいだけなら従業員を酷使して人件費を圧縮すればいいし、単なるデータに値段を付けて射幸心を煽ればいい。だが、それでは輝けないし、山師のような人々が集まらない。

 山師を集めるには「一攫千金」の鉱脈が必要だ。軽くて船で運びやすい胡椒が同じ重さの銀と同じ価格で売れる、お湯を沸かすと馬以上のエネルギーが取り出せる、CPUの性能が急激に高まり、今まで不可能だった計算量を処理できる。1枚のコインで何百枚ものコインが稼げて、しかもそれが生活スタイルまで変えてしまうとき、山師が集まって来て儲け話をさらに大きくしていく。アスキーのOBたちに話を聞くと、「次から次へと儲け話を持ってくるような連中ばかりだった」という。

 ソニーはトランジスタラジオやウォークマンで経営トップから従業員までが「儲け話」を共有していたはずだ。立派なプレゼン資料があるわけではなく、わら半紙にプロジェクトリーダーの訓示が鉛筆書きされているだけかもしれない。しかし、「世界を変える儲け話」は、お金を吸い取られているはずの消費者すら、その会社の商品・サービスを購入することで「変わる世界」に参加できる。逆に、ソニーがアップルになれなかったのは、手持ちの音楽すべてを小さな箱に入れて持ち歩けるようになる、電通がGoogleになれなかったのは、世界中のWebページを勝手にコピーして検索結果に広告を貼り付けられるようになる、という儲け話を誰も言い出さなかったか、言い出しても真に受ける人がいなかったからだろう。

 単に儲けるだけなら、案件を右から左に流しているほうがずっと効率がいい。それでは楽しくないのが山師なのだ。後にiPhoneの源流となるiPodの企画書を読んだジョブズが「これは儲かる!」と思ったことが大事なのであって、終身雇用が悪いわけではない

 そこまでいうならお前は何をやっているのか、何を知っているのかと問われそうだ。いま現在の儲け話はどこにあるのか? 4月13日に大阪で開催するセミナーWeb Professional編集長とサイト制作のプロが明かす実践ポイントでは、「AppleやGoogleがやっている! 情報が情報を生み出す錬金術」をテーマに講演することになった。ロフトワーク代表取締役の諏訪光洋氏が講演する「問合せ数160%を実現!稼ぐサイトにする仕組み」も楽しみだ。

問合せ数160%を実現!Webマーケティングセミナー

日時
2012年04月13日(金) 13:30 〜 16:00 (受付開始 13:00)
主催
ロフトワーク
会場
梅田スカイビル Tower EAST 36F スカイルーム1(大阪)
定員
80名
参加費
無料
対象
•事業責任者、マーケティング責任者/担当者、プロモーション責任者/担当者、Webマスター
•Webからの問合せの比重が大きい企業担当者
•既存のWebからの問合せ数を伸ばしたい方
•Webの効果検証やPDCA実施に課題をお持ちの方
•日々のWeb更新作業負荷を削減したい方
•Webリニューアルをご検討中の方

■プログラム

〜AppleやGoogleがやっている!〜 情報が情報を生み出す錬金術
株式会社アスキー・メディアワークス
Web Professional編集長 中野克平
〜事例から学ぶ〜 問合せ数160%を実現!稼ぐサイトにする仕組み
株式会社ロフトワーク
代表取締役 諏訪光洋氏
パネルディスカッション「セミナーでしか話せない!売れるWebマーケティングのルール」

※申込みは、ロフトワークのセミナー案内ページから。

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