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HDDの容量を飛躍的に増加! 熱アシストの正体とは?

2012年02月23日 12時00分更新

文● 近江 忠

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熱アシストとはいったいどん技術なのか?

―― 今、デジタル業界は「HDDの容量が足りない!」ということで困っています。パーソナルなところで言えば地デジの放送が始まり、動画のファイルサイズも大きくなりました。ほかにもいろんなデータがどんどんたまっていて、2~3TBの容量だと1年でパンパンになってしまう人もいます。HDDの容量の単純な増加というのは誰にとっても“福音”だと思います。実際のところ、今の技術を使ったものはどのくらいのところまでいく可能性があるんでしょう?

島沢幸司氏(以下、島沢) 一般的に言われているのは、「1平方インチあたり1Tbit」というところです。1平方インチというのはちょうど500円玉のサイズで、あの面積に1T(テラ)個の「1/0」の情報を詰め込めるくらいが限界という見方です。8bitで1Byteですから、2.5インチHDDに換算すると、表裏あわせて750GByte。ディスクを2枚使うタイプのドライブだと1.5TBということになります。

―― なるほど。それと現在、HDDの記録密度を高めると「熱揺らぎ」が発生するという問題があると言いますよね(図3)。そのあたりのことを簡単に教えていただけませんか?

島沢 はい。記録媒体というのは、一見すると連続している膜のように見えますよね? キラキラな銀色の紙のような感じで。でも、それをずっとミクロ的に見ていくと、それは小さな粒(グレイン)の集まりなんです。記録密度を低い状態から高い状態にしたのがこの模式図で、粒を小さくしなければいけない。それによって0と1の記録エリアの境界にメリハリがでて、品質の良い再生信号が得られるようになります。粒を小さくすることだけで言えば、媒体メーカーさんの立場では難しいことではないらしいんですね。問題は熱安定性です。磁石にとっては、熱をかけることも、いま向いている方向と逆方向に磁場をかけることも、同じようなダメージを与えることになります。粒が小さくなってくると、特に熱に対して弱くなる傾向があります。

図3 「熱揺らぎ」は記録する磁性体の粒子が小さくなると発生する。容量を増やす際の弱点だ

―― そのメカニズムをもう少し簡単に読者に説明してもらえませんか?

島沢 そうですね……。たとえば、どこまでも熱血漢の上司がいるとしましょう。その上司が、誰かが提案してチームとしてまとまりかけた良いアイディアを潰そうとしている。上司は「そんなのはやめてしまえ!」という「熱エネルギー」を発するわけですが、チームメンバーが大勢だと踏ん張れる。でも、少人数になってしまったら、ヘナヘナって上司の意見に押されてしまいがちです。この「ヘナヘナ」という状態がいわゆる「熱揺らぎ」の状態です。こんな感じで、磁性の粒もサイズが小さくなって、そこに含まれている原子の数が減ってしまうと、熱揺らぎによって記録情報を失ってしまうのです。

 そうすると、じゃあ強い材料を使ってみましょうということになります。1人でも上司に立ち向かうぞという強い意志をもったような、頑固な性格を持った材料を使いましょうと。それ自体はそんなに難しいことではない。いまはコバルトクロム系の材料を使っていますが、それを違う材料に変える。そうすると記録も消えない。しかしそうなると問題なのは、従来の磁気ヘッドでは記録できなくなることです。

―― いまの磁気ヘッドの力では無理ということですか。

島沢 実は、磁性材料というのは無限に磁場が出せるわけではないんです。単位面積あたりの上限があります。それはスレーター・ポーリング曲線という形で物理の教科書に出ていますが、鉄とコバルトのある組成の合金で得られる値以上はもう出ない。一方で、記録密度を高めるために磁極はどんどん小さくなっていく。それに伴って、磁力もどんどん落ちていく。逆に、媒体側としては小粒化に伴って書き換えにくい材料になっていくわけです。するとどこかで破綻するような印象はありませんか?

 実は、我々ヘッドメーカーは、ヘッドの構造を極限にまで最適化して、必死にその破綻を先延ばしにすべく努力してきました。

※ スレーター・ポーリング曲線は、Fe(鉄)、Ni(ニッケル)、Co(コバルト)などの遷移金属を使った合金の磁性を測定したもの。きれいな山形を作っていることが特徴

―― 記録用の磁気ヘッドというのは放出する磁力は限界があるんですか? 素人考えではコイルの数を増やしたりして電流を高めてやれば大丈夫ではないかと思いますが。

島沢 たしかに、超伝導マグネットなどを使えば強い磁場を作ることはできますが、HDDでは非常に狭い場所(=磁極)に磁場を閉じ込める必要があって、その場合には磁極となる磁性材料の性質によって、頭打ちになってしまいます。

―― なるほど。では、今回の話のキモとなる熱アシストについて伺います。新しい材料、強い材料を100とすると、レーザーによる熱のアシストによって弱められた場合にはどれくらいまで下がるんですか?

島沢 記録の方式によりますが、100とした場合、30~10あたりまででしょうか。

―― そんなに落ちるのですか!

島沢 完全にゼロにして記録してもいいですし、そこは検討中です。いずれにせよ、いちばん「御利益」が得られるところを選ぶということです。少なくとも半分以下には落とすような使い方をします。

―― そうすると記録ヘッドの方の磁力が勝って……。

島沢 そういうことです。

―― ほおおぉ。

島沢 これまでのCEATECで発表させていただいたのは、室温で16kOeという保磁力(磁化反転に必要な磁気力、粒の頑固さにあたる)を有する媒体に、熱アシスト記録技術できちんと記録できたという内容です。そして、1Tbits/in2の記録密度において、製品として使用可能なビット誤り率も検証できたと。これは世界初の快挙です。ちなみに、現在の通常のHDDでは5kOe程度の保磁力を有する媒体を使用しています。したがって、単純計算で、今よりも粒(グレイン)を1/3以下のサイズにできるということになります。

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