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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第30回

サンライズ尾崎雅之氏インタビュー(前編)

TIGER & BUNNYはこうして生まれた

2012年01月16日 12時00分更新

文● まつもとあつし

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深夜アニメの常道を封印しつつ
オリジナルヒーロー企画を通す困難

尾崎雅之氏。株式会社サンライズ 執行役員。2003年まで、ギャガ株式会社でハリウッド映画の配給権取得業務、国内での制作・宣伝に携わる。2004年サンライズに入社後、劇場版「機動戦士Zガンダム 3部作」「犬夜叉完結編」「劇場版 銀魂」そして「TIGER & BUNNY」といった作品を手掛ける

尾崎 「コアなアニメファンは、複雑で考えさせるストーリーや、1回観ただけではわからないような内容を好みますよね。

 僕はあんまり好きな言葉ではないけれど、いわゆる「鬱展開」といわれる、シリーズの途中で意外性を持った悲劇を盛り込むことがトレンドになっています。

 そういう作り方をすれば、コアなファンへの引きにはなるだろうと。でも、鬱展開は、この作品の世界観にあわなかったし、いわゆる「萌え要素」で買ってもらうという意図もまた、全然なかったんです。

 それはなぜか。

 監督のさとうけいいち氏には、何よりも『ヒーローを描きたい』という想いが強くあったからです」

―― 男性のコアファンが飛びつく要素をあえて避けつつも、パッケージは購入してもらうというウルトラCをこなす必要があったのですね。確かに定石と相反しています。しかも、土日朝の子供向けならともかく、深夜に正統派ヒーローものというのは難易度が高そうです。

尾崎 「おっしゃる通り、深夜のアニメではなかなか難しいことです。本当に冒険で、単純に真っ向勝負しても簡単にはいかないだろうと予測はつきました」

―― それでも監督はヒーローものを描きたい。

尾崎 「しかも『原作ものではなく、オリジナルをやりたい』と。

 となれば、僕の役割はその構想をどれだけ拡げられるか、そして子供向けと見なされやすいテーマと、放送時間・視聴者層をいかに両立させるか考えることです。

 そこからは監督と二人三脚、そして途中からライターの西田さん(脚本の西田征史氏)にも入っていただいてチームを組みました。これが3、4年ほど前の話ですね。そこから企画を“膨らませる”作業に結局2年ぐらい費やしましたね」

―― アニメの企画を詰めていく作業としては長いほうではないですか?

尾崎 「一般的には長いとされているのですが、オリジナルアニメを作るという意味では、決して長くはないですね。なぜ長いと感じられるかというと、恒常的にオリジナルアニメを作っている会社が、少ないから。今のアニメは、ほとんどが原作もので、比較的カロリー(予算などのリソース)が少なくて済むのです」

―― そうですね。

尾崎 「極論すれば、原作をアニメにするだけなら(企画立ち上げから放送まで)1年程度でも可能です。そんななか、僕自身すごく嬉しいのは、業界全体としてオリジナル作品に勢いが出てきたことですね。

 オリジナルのテレビアニメを作る会社が登場し、作品がちゃんとヒットする。すごく良い流れだと思います。

 ただ、オリジナルは立ち上げから放送まで時間がかかってしまうことが多い。最近のサンライズでは『コードギアス 反逆のルルーシュ』のような作品ですね」

大ヒットしたサンライズのオリジナル作品『コードギアス 反逆のルルーシュ』(第1期:2006年放送、第2期:2008年放送)もTIGER & BUNNY同様、企画立ち上げから放送まで月日を要した。 ©SUNRISE/PROJECT GEASS・MBS Character Design©2006-2008 CLAMP

―― コードギアスにはどんな風に関わったのでしょうか?

尾崎 「企画の練り込みのところで、谷口悟朗監督をはじめとするチームの一員として関わっていました。ただ途中で組織変更があり、僕が新事業部の事業部長になった段階で、作品の根っこからの構築とを両立させるのは難しいということで外れました。

 その後の進行もリアルタイムで見ていましたが、やはり世に出るまでTIGER & BUNNYと同じぐらいの時間がかかっていますね」

―― なるほど。

尾崎 「ターゲットの話に戻すと、コアなアニメファンに満足してもらえる作品を作りつつ、ファン層自体も拡げるとなると、いわゆるビジネス的な仕掛けや、耳目を惹く何かが要ると考えました。そこで今回試みたのが、まず『プロダクトプレイスメント(作中に企業や商品が登場すること)』です」

ライバルは深夜バラエティー

―― ということは、『プロダクトプレイスメントありきの作品』ではなかったのですね。

尾崎 「はい。考えた末に辿り着いた施策です。『コアなアニメファン以外にも観てもらいたい』と考えたときに、僕が想定した視聴者像は、“昔はアニメを観ていたけれど、働き始めて、もしかしたら子どももできて『いつの間にかすっかり遠ざかってしまったなあ』という社会人”です」

―― その社会人は男性ですか?

尾崎 「『最近アニメ観てないなあ』という社会人全般です。既婚・子持ち・年齢・性別すべて不問。仕事から帰って、とりあえずテレビをつけてバラエティーを観るとか、あるいは海外の連続ドラマを休日にレンタルしている。

 そんな人たちに、もう一度アニメを観せたい。あるいは、アニメをほとんど観たことなかったけど、うっかり観ちゃいました、というような人たちに観てもらうことを考えると、ヘビーで複雑なお話はマッチしないと思ったのです。連続物だけど、途中から観てもわかる作りにはしたいなと。バラエティーと同じように、その1回しか観ない人もいるわけですから」

―― 単発で満足できるけど、続きも気になるという絶妙な線を狙ったと。

尾崎 「現在、社会人の生活リズムは不定期極まりないですよね。20~30年前のように、何曜日の何時にはお茶の間でテレビの前に座るという習慣はもはや成立しない。

 だからこそ、バラエティーのようなライトテイストの番組が好まれているのだと思います。毎週連続で観る必要もない。その瞬間だけ面白ければ、それはそれでありだよねっていう。

 僕らは、そういった作品を相手に戦わねばならなかった。良い意味で、ライバルは深夜のバラエティー番組だったんですよ。ほかのアニメ作品ではなく」

―― TIGER & BUNNYにアニメっぽさがあまり感じられないのは、コアファン以外を積極的に取り込む姿勢にあったのですね。

尾崎 「あくまでも、ターゲッティングから導き出された結果ですね。基本的には1話完結。各話だけ観ても楽しめる作りでありつつ、25話通したストーリーも置いていく。そして企業ロゴは、ライトな視聴者に対しての仕掛けでした」

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