このページの本文へ

前へ 1 2 3 4 5 次へ

渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第22回

才能を育てよう、小さな種がやがて大きな実をつけるまで

「花咲くいろは」の経営術【後編】

2011年11月12日 12時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

「中継ぎ」世代として、次の世代に将来を託したい

―― 『花いろ』で、女将のスイが喜翆荘について「十年一日のごとく」でありたいと語っていました。お客さんには喜翆荘はずっと変わらないという印象を持ってほしい。でも、お客に変わらないように見せるためには、喜翆荘側は少しづつ変化をしなければならない、というお話でした。このあたり、堀川さんのほうでは、何かコンセプトはありましたか。

堀川 それはもう完全に岡田さん(シナリオ)の言葉だと思いますよ、うまいこと言うなと。僕のやりたいことを理解してくれて、書いてくれたことだと思うので、僕もそれについて考えなきゃと。「十年一日のごとく」でも、お客さんにとって変わってほしくないものがある。それを守るためには、変わる必要があることですよね。スイが大切にしている変わらないもの、「喜翆荘の理念」を守るために変化を続けなければならないんでしょうね。


―― それはP.A.さんもそうなんですか。

堀川 僕は、スイの出来の悪い息子・縁のように、もっと変わろう、変わろうと思っているんですけどね(笑)。今はまだ、どこを目指して変わるのが正しいのか手探りなんですけど、ブレない理念はあります。判断に迷ったら立ちかえることができる理念を持っていると決断できます。『花いろ』8話の緒花の台詞にあったんです、喜翆荘の理念=女将さんなんですってのが。そこに気づいた緒花は大したもんです(笑)。

 ただ、昔のアニメーションの現場に対して強烈な憧れがあります。大塚康生さんという、この業界の黎明期からずっと人を育ててきたアニメーターの大先輩が、過去の制作現場の体験を読みやすく書籍にしてくれているんですが、1960年代の東映動画みたいに、自社で大勢のアニメーターを育成しながらじっくり長編アニメーションを作るような、そんな制作現場に憧れるところがすごくあって。かつては、“映画バカ”な連中が集まって、わいわい言いながら大きな達成感を持ってフィルムを作っていた。大塚さんの先輩アニメーターの森康二さんが書かれた希望に満ちた『雑感』に胸打たれて、こんな加藤登紀子の歌詞のような良い時代があったんだ、という幻想を僕の中でどうしても持っているんです。

大塚康生 : 東映動画アニメーター第一期生。宮崎駿氏らと『太陽の王子 ホルスの大冒険』、『パンダコパンダ』『ルパン三世』『未来少年コナン』等を制作。著書に『作画汗まみれ』(徳間書店)など

 僕には、その現場を作ろうと思っても、もう今の東京ではできないし価値観も違う。

 今の40代、50代の人が、20年前を振り返って「あの頃は面白かったね」と言って、若手にそんな昔話をしたとしても、そんなものが響くとは思えないんです。もう過去のもので、過去は目指したくないじゃないですか。だから、あの時代をもう一度目指したいというのではなく、あの時代にあった良さを求めつつも、自分たちの力でそれを“別の形”で作りたい。岡田さんの書いた「十年一日のごとく」変わり続ける、そういう現場を目指したいんです。


―― それが堀川さんが目指す、「現場熱がある職場」(記事前編)ということなんですね。

堀川 そうですね。今のアニメーションの制作現場では、納期に間に合わせるのが精一杯で新人を育てる時間がないとか、現場が疲弊して良いものが作れなくなるかもしれないとか、先輩を見ても10年先のキャリアプランが描けないとか、そういう事態が起きている。

 だから僕はつぶれていく「人材」じゃなく、ずっと活躍できる「職人」を育てたいと思ったんです。職人がずっとモチベーション高く働き続けられる職場や環境を作りたい。

 これからの課題は、僕の先輩たちが築き上げてくれた職人の優れた技術や、制作のシステム、日本のアニメーションを、ここで終わらせずにどこまで継承することができるか。継続するための新しい方法を提示できるかだと思うんです。

 そして、今の若手や、これから出てくる“緒花世代”にバトンタッチをしていきたい。

 僕は自分は「中継ぎ」の世代だと思ってるんです。そんな寂しいこと言わないでくださいよと言われたけれども。緒花みたいな、バイタリティーや将来に希望を持っている若い人たちにアニメーション業界の将来を託したい。

 それが、1950年代から60年間、この商業アニメーションの歴史を作ってきた先輩から様々なものを受け取って、発展させながら作品作りを通して楽しんできた僕の世代が背負っているものじゃないかなと思います。



■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)

 1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。


DVD&Blu-ray発売情報

 DVD&Blu-rayは現在1~4巻が好評発売中。第5巻(第十三話~第十五話収録)は11月16日発売だ。映像特典などの仕様・特典は公式サイトからチェック!

■Amazon.co.jpで購入

前へ 1 2 3 4 5 次へ

カテゴリートップへ

この連載の記事

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン