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【追悼】「スティーブ・ジョブズ」の軌跡 ― 第17回

Stay hungry, Stay foolish.

アップルには最上級の“バカ”であってほしい

2011年10月07日 19時00分更新

文● 株式会社Yes, I am.代表取締役 高橋幸治

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 スティーブ・ジョブズの訃報を受けてから丸一日以上が経つが、実はそれほどセンチメンタルな気分になっていない。13年間という長い歳月を「MacPower」という雑誌に携わり、そのうちの7年間を編集長として過ごしてきた人間だけに、もう少し感傷的な気分に支配されてもよさそうなものだが、正直、取り立てて何も感じないのだ。人間性を疑われないように言い添えておくが、少なくとも故人の死を悼む気持ちだけは普通にある。

 おそらく、「Apple=スティーブ・ジョブズ」といった経済アナリスト的な言説から距離を置きたいのだろう。ジョブズがAppleのシンボルでありカリスマであったことに間違いはないが、別にAppleという会社がどうにかなるわけではないと。そんなことは決してないし、かつてもなかったと……。

 Appleが2人のスティーブ、ジョブズとウォズニアックによって創設されたのは1976年。そしてジョブズが自らが招聘したたジョン・スカリーによってボードメンバーを解任されAppleを去ることになったのが1985年。その間、約9年。さらにジョブズがNeXTの技術と社員を引き連れてAppleに復帰するのが1997年。そして10月5日、亡くなるまでが約14年。つまりApple35年の歴史の中でジョブズが不在だった時期は12年ほどあり、世間的にはその時期はMac OS互換機を始めとする混迷と低迷の時代、失敗に次ぐ失敗の連続と位置づけられているが、個人的にはその12年も十分に“Appleらしかった”と思っている。

1996年末、次期Mac OSに「NeX STEP」を採用することが決定したということ、そしてスティーブ・ジョブズ以下NeXTの幹部がAppleに移籍することが発表された。この映像はその発表直後の1997年1月、当時のApple CEOであったギル・アメリオの基調講演中にスティーブ・ジョブズが登場したところ。取材に行っていた筆者は舞台下にかぶりつきで生ジョブズを見ており、初めて目にするカリスマに足の震えが止まらなかったことを今でもおぼえている

 おそらく今回の訃報を扱ったどんな記事にも、ジョブズはiMac、iPod、iPhoneといった画期的な製品の投入により、瀕死のAppleを見事に復活させたと書かれているに違いない。収益的には実際そうだったのだろうし、ジョブズの復帰がなかったら、Appleは本当に今頃他社の手に渡っていたかもしれない。しかし、個人的にはジョブズ不在の12年がそれほど空疎な時代だったとは思っていない。

 事実、私が社会人になって初めて購入した「Centris 650」はジョブズ不在の期間にリリースされたMacであり(1993年くらい?)、それでも「自分はMacを選んだ」というプライドが十分にあった。そして会社を転職して1995年にアスキーに入社し、MacPowerの編集者になったわけだが(このときもジョブズはAppleにいない)、Mac専門誌の数、そしてそれぞれの発行部数もその頃がピークだったのではないか? Appleにジョブズがいなくても、Appleの繰り出す新技術、新製品は実に魅力的かつ刺激的だったし、ジョブズ復帰以前にも“Appleらしさ”は厳然と存在したのである。ジョブズのDNAはことのほか濃密に継承されていたのではなかったか?

 では何をもって“Appleらしさ”というかと言えば、創業者であるスティーブ・ジョブズが1995年のスタンフォード大学の卒業式に臨席した際、スピーチで引用した“Stay hungry Stay foolish”という言葉に尽きるだろう。これは若かりし頃のジョブズが多大なる影響を受けたスチュアート・ブランドによるヒッピームーブメントのバイブル「Whole Earth Catalog」の最終号(1974年)の最終ページに綴られていた言葉だが、まぁ、直訳すれば“ハングリーであれ、バカであれ”というこになる。

スチュアート・ブランドによって1968年に創刊されたヒッピーカルチャーのバイブル「Whole Earth Catalog」。“Stay hungry Stay foolish”は1974年に刊行された同誌の最終号にメッセージとして掲載された言葉だ

 なぜ私がこれほどまでにApple製品を使い続け、愛し、Appleの社員でもないのに数えきれないほどの知り合いにApple製品を買わせ、いまなおApple製品に囲まれながら仕事と生活をしているかと言えば、それはAppleがいつも“バカ”なことを考えているからである。Appleは半年後の市場を小賢しいマーケティングで予測する小利口な企業ではない。未来の人々のライフスタイルを根底から変革するかもしれない、ほとんどたわ言やうわ言に近い、荒唐無稽な“バカ”な発想をする集団である。そういう意味ではジョブズはとてつもない“バカ”なのだろうし、ジョブズ不在の12年間も、Apple社員たちは十分に“バカ”だった。

 OpenDocにしてもCyberdogにしても、“ドキュメントの中に小さなアプリを埋め込む”というとんでもないないバカな発想だし、Hot Sauce(開発コード名:Project X)などという、ただカッコいいだけで不便このうえないサーチエンジンまで開発されていた。Mac OS互換機にしても某音響機器メーカーからリリースされたマシンには高品質のスピーカーが内蔵されており、マシンを立ち上げた瞬間、とてつもく高音質な起動音が鳴った時には思わず笑ってしまったものだ。仮に1985年~1997年までが暗黒の時代だったとしたら、それは単に経営的な側面だけである。

MACWORLD Expoなどで何度か披露されたことがあるWebの検索システム「Hot Sauce」。3D空間の中に浮かぶカテゴリーの中を突き進んで行くと、そのカテゴリーに含まれている目当てのURLに到達できるというもの
作成するドキュメントの中に表計算のコンポーネントソフトを埋め込んで表を作成したり、ブラウザーを埋め込んで特定のWebサイトを表示させておくなど、肥大化するアプリケーション時代の真逆を行く、まったく新しいドキュメント作成環境だった

 おそらく、Appleの社内にいた“バカ”はスティーブ・ジョブズだけではなかったはずだ。ジョブズはその“バカ”っぷりを社内にしっかりと刻み付けていってくれたに違いない。“Stay hungry Stay foolish” 最上級の期待と最上級の敬意を込めて、ジョブズ亡き後のAppleには、これまでの以上に呆れ返るほどの“バカ”であってほしいものである。技術力と創造力によって未来を切り拓くという共通の夢を抱く長年の朋友として、Appleの“バカ”っぷりに同じ“バカ”っぷりでとことん応えていくつもりだ。

(株式会社Yes, I am. 代表取締役 日本大学芸術学部文芸学科講師 高橋幸治)


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