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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第121回

CPU黒歴史 64bit CPU時代の主流になり損ねたMerced

2011年10月11日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/

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ずるずると遅れるスケジュール
成功したのは2代目以降

 ただし、その最初のステップであるMercedは、立派に黒歴史入りするに相応しい代物だ。当初は「1998年にサンプル出荷され、1999年に量産出荷」とアナウンスされたものが、途中で「1999年にサンプル出荷、2000年中に量産出荷」に変更。最終的に出荷が開始されたのは、さらに1年後の2001年6月である。「何が悪かったのか」についてインテルはいまだに詳細を明かしていないが、当時インテルのパートナーとしてMercedを搭載した製品を出荷予定だったメーカーからは、以下のようなさまざまな説が出ていた。

  • 0.18μmプロセスを使いつつ、3.25億(CPUコアが2500万、3次キャッシュが3億)トランジスターを集積した結果、ダイサイズは300mm2に達してしまい、このサイズになると配線遅延が洒落にならない。そのため自動配線ツールによる設計のままでは動作周波数が大幅に低迷することになり、これの最適化に手間取った説。
  • この時期になってもまだコンパイラーの最適化が全然進んでおらず、さっぱり性能が出ないため改善に取り組んでいた説。
  • FSBには266MHz/128bitのバスを採用したが、このバスに電気的な問題が出まくって解決に手間取っている説。
  • 上記の全部。

 少なくともRTL※1の動作検証まではスケジュールどおりに進んでいたという話だが、そこから実際の配線合成※2を始めたあたりで、急にスケジュールから逸脱し始めたようで、配線遅延の問題があったことは間違いないと思われる。またバスの電気的な問題に関しても、複数のメーカーがこれをうかがわせる発言をしているあたりで間違いなさそうに思える。
※1 Register Transfer Levelの略で、デジタル回路記述の手法のひとつ。回路そのものを論理的に記述するために使用する。
※2 RTLを元に、回路をダイ上にレイアウトする作業。回路を構成するトランジスターと、そのトランジスター間をつなぐ配線をレイアウトすることからこう呼ばれる。

 バスの問題については補足が必要だろう。1999~2000年といえば「Pentium III」が133MHz程度のFSBで動作していた頃だが、インテルは当時、この程度の速度の電気信号しか扱った経験がなかった。今でこそ超高速インターフェース技術をものにしているインテルだが、デジタル回路はともかく、アナログ回路の経験が極めて浅いのが当時の実情だった。

 こと高速アナログ回路に関しては、メインフレームを製造していた富士通や日立、NECといったメーカーの方がよっぽどノウハウを蓄えており、実際こうしたメーカーから、ある程度の技術のフィードバックもあったもようだ。

 一方コンパイラーに関しては、Mercedの出荷時点でも最適化が全然進んでいないことが話題になっていたほどだから、これも間違いあるまい。ようするに、「上記の全部」だったのが本当のところだろう。

 結果として2001年になんとか製品出荷にこぎつけたものの、その性能は「1999年なら業界最高速」と言えたかもしれないレベルで、2001年の段階ではPentium III系を下回る程度でしかなかった。おまけに、当初から命令互換性を保つためにx86命令もサポートしていたものの、専用回路ではなく命令エミュレーションで実装していたため、x86命令で性能を比較するとさらに差が広がってしまった。動作周波数も733MHzと800MHzの2製品しかなく、これ以上の動作周波数は0.18μmプロセスのままでは不可能であった。

 その結果、インテルはMercedを製品ではなく、ソフトウェア開発用プラットフォームとして提供するという、なんだか最近どこかで聞いたような話をし始めた。ごく一部には製品として納入されたようだが(全部で数千台程度らしい)、実際に製品として広く展開されるようになったのは、設計をやり直した「McKinley」こと「Itanium 2」が2002年に登場してからである。

 幸いなことに、McKinley以降のItaniumシリーズは順調に推移しており、0.13μmプロセスに微細化した「Madison」や90nmに微細化した「Montecito」「Montvale」、65nmに微細化した「Tukwila」と製品が投入され続けている。動作周波数そのものは相変わらず1GHz台であるが、コア数を増やしたり内部構成を拡充したりという形で性能の引き上げは続いており、基幹システム向けの用途に利用されている。

2006年に登場した、デュアルコア化された「Montecito」世代のItanium 2

 客観的に見れば、Mercedのプロジェクトは当時のインテルの実力を超えるレベルであった。このあたりもi432をやや彷彿とさせる。そうは言っても、“わずか”2年遅れで当初の性能目標を達成するとともに、大規模システムを構築するために必要なアナログ回路を含むさまざまなノウハウを収集できた。その結果がのちのItanium系列やXeon系列に生かされているという点では、Mercedは決して失敗ではなかったと思う。

 その一方で、1990年代にインテルのマーケティング部門が思い浮かべていた「ローエンドやコンシューマー向けは32bitのx86コア。ハイエンドやサーバー向けは64bitのEPIC」というシナリオは、Mercedの遅延で完全に崩れた。しかもAMDの64bit拡張「x86-64」が業界標準となってしまい、インテルの方がこれに合わせなければいけなくなったという点は、明らかにインテルにとって汚点である。

 とはいえ、Mercedが予定どおりに出荷できる可能性はどう考えてもなかったと言わざるをえず、マーケティングの先走りと技術的な見積もりの甘さのコラボレーションが、Mercedを黒歴史に追いやったというべきなのだろう。

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