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【小説編】よく分かる、電子書籍端末最新事情

ひとり暮らしの男子の家に**がやってきた

2011年11月02日 09時00分更新

文● 藤春都、イラスト●木野陽

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これまでの話】 時は電子書籍二年、世界はデジタルデータによる新たな読書に向かっていたが、いまだ道のりは遠かった。人々に広く電子書籍を知らしめるため、大地に電子の妖精が降り立った。彼女らは果て無きシェア争いに身を投じる、電子書籍端末の化身である──。

©木野陽 2009-2011

このストーリーは、よく分かる、電子書籍端末最新事情でも登場した、電子書籍少女たちが繰り広げる「もしかしたらあるかもしれない空想小説」です。

未来の本棚は“トラブルメーカー”

 「ふんふーん、ふふふーん……」
 「ねーねー、どうしてそんなににやにや笑いながら掃除してるのかな、お兄さん?」


 僕が久しぶりに気分を良くしていたところ、後ろから冷ややかな声を掛けられた。


 「かなりキモいのです。少しばかり落ち着くのです」
 「ほっといてくれ。というか君たちなんでまだうちにいるんだよ」
 「長居して申し訳ありませんが、まだ勝負の決着が付いていないからよ。勝敗が決するまで、戦いから逃げるわけにはいかないもの」


【きんどる】アマゾンから来た電子書籍業界の風雲児。勢いとノリで業界を引っ張る天然キャラ

 きんどるちゃん、あいふぉんちゃんにあいぱっどちゃん、りーだーちゃん。この電子書籍端末の化身と名乗る女の子たちはどうも僕を材料にして端末同士の争いをしているらしく、しばらく前に押しかけてきてからずっと居座っている。


 「でも、頼むから今日は君たち出てこないでくれよ。これから友達が家に来るんだから」


 すると四人の女の子たちはいっせいに僕をじろりと見つめ、


 「冴えない男子大学生が花まで飾って友達を出迎えるという話はあまり聞いたことがないのです。とっとと白状するのです」
 「どきどきわくわくなの!」
 「……と、同級生の女の子が来るんだよ。ゼミでたまたま本の話になって、趣味が似てるって言われて、それでうちに来てゆっくり話をしようって……うふ、うふふふふふ」
 「うわあ、鼻の下伸ばしてキモいよう」
 「というわけで、君たちはしばらくうちに出入り禁止!」


 僕は叫んでみるが、彼女たちはあまり聞いちゃいなかった。


【あいぱっど】林檎姉妹の妹さん。背が高くて、最近ダイエットにも成功したぞ

 「電子書籍端末たるもの、ユーザの要望を叶えなくちゃ。今こそこの間の勝負の続きをするときだと思うの!」
 「ふっ、望むところなのです。うちのストアは占い本から怪しげな恋愛アンチョコまでお任せあれなのです」
 「怪しげというのが問題だと思います、姉さん」
 「悪いですけど、わ、私だって不純異性交遊のひとつやふたつ……」


 そこでドアベルが鳴った。


 「お邪魔します」
 「ど、どうぞ。いまお茶を持ってくるね」
 客人を迎えて僕がいそいそ台所に向かったところで、
 「おー、けっこういい雰囲気じゃない?」
 「すぐに逃げられて泣き出すような気もしますけど」


 部屋の隅の押し入れの奥からこそこそ声がする。聞こえてるよオイ。
 しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。なにしろ、初めて自分の家に女の子を呼んだのだ!


【りーだー】メガネが素敵な大和撫子。委員長タイプで生真面目過ぎる面も

 「と、ところでどんな本が好きなの?」
 「そうね……最近だとシュレディンガーの著作が興味深かったかしら」
 「というと、あの物理学者の」
 「ええ。でも物理学ばかりでなくて生命学の本もあるのよ。あとは遠藤周作のキリスト教関連の作品はどれも……」


 それからしばらく本談義は続いた。ああ、なんて楽しいというか心が安らぐんだ。読んだことないくせに適当に話合わせてるだけだとか言うな、そこの押し入れ。


 「難しい本ばっかり読んでるんだね」
 「いえ、ベストセラーもわりと読むのよ? ○ンデル先生とか、安永○一郎とか……やっと徳○書店が青○にとおく酒○りの新刊を出してくれたし」


 「い、いきなりジャンルが飛んだな!?」
 「ところであなたはどんな本が好きなのかしら?」
 「どんな……そうだなあ」


 しかし彼女はそこで目を伏せた。寂しげに……どこか疑り深げに。


 「本棚を見れば、その人の考えはなんとなくわかるものよ。私、よその家の本棚を見るのが好きなのだけど……この部屋の本棚には一冊も本がないわ」


 先日、蔵書をぜんぶ電子化してしまったせいだ。


 「いや、それは……」
 「本が好きだって言うのも嘘だったんでしょ? 私に声を掛けたのも……」
 「それは誤解なの!」


 そこですぱん! と音を立てて押し入れが開き、中から四人の女の子たちが文字通り転がり出てきた。


 「なっ、何なのこの女の子たち」
 「この家にはたくさん本があるの。でも本棚にないだけなの!」
 「話の腰を折って申し訳ありませんが、この部屋の本はすべて電子化されてメモリとハードディスクに入っているわ。だから、リストからこうやって学術書からマイナーな漫画まで呼び出すことができるの」


 少女たちは僕と僕の本棚をフォローしに出てきてくれたみたいだ。少し感謝しかけた僕だったが、


 「ところで、お姉ちゃんも本が好きなのですよね? だったら電子書籍に興味ありませんですか?」
 「あー、抜け駆けはずるいあいふぉんちゃん! Amazonは……」
 「わ、私だって日本の文豪の作品を多数取りそろえて……」


 案の定かよ!


 「あなた……彼女はいないと言っていたのに、家にこんなに女の子がいるじゃない! 私、パソコンすごい苦手なのよ! そんな機械で本棚がどうのと言われてもわかるわけないじゃない! 私もう帰るわ!」
 「ま、待ってくれっ」


 だが彼女はバッグを掴んで玄関に向かってしまい、やがてばたんと無情な音とともに扉が閉まった。


 「き……君たちのせいだぞ……」


 僕はようやく声を絞り出す。初めてだったのに。女の子と一対一で話すのも初めてだったのにッ!


 「わ、悪気はなかったのです」
 「まあまあ、お兄さん。そのうちまた別の女の子を家に呼べばいいよ。その時にはほら、今度こそあたしたちががんばってその子といい雰囲気にしてあげるから!」
 「次なんて……次なんて、あるかああああっ!」

(次ページへ続く)

 話題の「Kindle」など、最新電子書籍端末を熱烈アピール!

 この記事の制作には、“電子書籍の最新事情”をイラスト・漫画・小説などで楽しく紹介した、自主制作誌『電子書籍にまつわるおはなし』(2010年)の皆様にご協力いただきました。同誌および続刊の『電子書籍少女 -eBook Generation』『電子書籍少女 2011年8月号』(2011年)から一部素材をご提供いただき、編集部で再構成しています。

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