インディーズは解決の糸口になるか?
「……最後に虫プロが倒産するときになって、はっきりしたんです。要するに虫プロというのはひとつの『場』なんだということです。つまり、ものを作る場であって、手塚治虫は手塚作品を作っているけれども、それだけでは、作品制作の合間に隙間ができてしまう。それで、その隙間に山本作品を作ってもいいし、杉井作品を作ってもいいんだと。『あなたたちは、ぼくと同じ対等の作家で、作家が集まって虫プロダクションをやっているんだ』と、彼はそう言いましたけど、それがあの人の虫プロに対する願望だったと思うんです」(『アニメ作家としての手塚治虫』219ページ/山本暎一氏へのインタビューより)
―― 『アニメ作家としての手塚治虫』では、手塚先生がスタジオのスタッフに対して社命の如く、「インディーズアニメを作れ、作れ」と発破をかけていた様子が浮き彫りになっていました。翻って現在、たとえばニコニコ動画で、インディーズ・個人が作品を発表したり、他ユーザーとのコラボレーションが生まれています。
わたしはニコニコ動画の様子と虫プロのそれに、何か通じるものがあるんじゃないかなと思っているのですが、いかがでしょう。
津堅 「まず1点目として、かつては一定の機材とお金がないと作りようがなかった。今は、パソコン1台あれば、音作り含め、かなりのものが作れてしまいます。だから、当時の作りにくさと、今の作りやすい状況を単純比較するのは、少し厳しいかなと思います」
―― はい。
津堅 「でも、共通する面もある。
商業系の作品に関わると、当然、作りたいものを自由に作れないわけです。わたしは学生によく言います。『スタジオに入るということは、自分のパーソナリティを度外視する形で、1人では絶対作れない作品を大勢で作るというところに、燃えることができるか、その感性があるかどうか』だと。
―― 京都精華大学の卒業生にも、スタジオに入らず、個人でやっている方がいますよね。
津堅 「『フミコの告白』の石田裕康とか?」
―― そうです。ああいった選択もありうる?
津堅 「手塚治虫先生が虫プロで目指していたのは、むしろその方向ですね。
テレビアニメは、あくまでスタジオを維持するための、お金儲けの手段であって、それで資本を稼いで、その余裕で、集まってきた才能がそれぞれ個人の作品を作ってパーソナリティーというものを、実験アニメなどを通じて際立たせていくんだっていうのが、虫プロの設立目的にあったのは間違いなさそうです。
ところが蓋を開けてみると、集まったスタッフは一向に個人制作をしてくれない。もどかしさがあったようですね」
―― フラストレーションがあったことは証言からも見えますね。
津堅 「手塚先生が個人制作を勧めていた理由には、時代背景もあります。ちょうど1960年代の前半は、アニメーションの自主制作がたくさん始まった時期でもあるのです。
当時の自主制作アニメは、マンガ家やイラストレーター、舞台演出家、グラフィックデザイナーといった人たちがやっていました。プロのアニメーター集団である虫プロとしては、黙っちゃいられないという気持ちはあったと思います。
実際、手塚先生は何本か作っているんです。そして同じようにやれよって言ったけど、誰も作らない。何やってんの君ら、と憤っていたりもした」
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―― それはアトムの成功もあったし、スタジオを維持するための作業量に忙殺されて物理的に時間がなかったということでしょうか?
津堅 「それも理由の1つでしょうけれども……あんまりやる気がなかったっていうのが、スタッフたちの本音ですね。
アトムを作っているうち、規模の大きな作品を集団で作ることに、自分たちの存在感を認め始めるようになったのかもしれません。人によっても変わると思いますが。
ただ、間違いないのは、虫プロの設立に関わった人たちの多くが、東映動画に在籍していたわけです。その人たちは、非常に際立った特徴を持っていた。当時、東映で始まった組合活動が嫌でしょうがなくて移籍した人たちなんですよ。逆に、組合活動大好きなのが、宮崎駿さん、高畑勲さん、そして大塚康生さんだったりする(笑)」
―― ある種の系譜ですね。
津堅 「宮崎、高畑、大塚、そして亡くなった森康二さん。あのあたりの人たちに特徴的なのは、たとえば長編を作った後、自分がマスコミに出て、インタビューされることをすごく嫌うんです。今でも嫌っている。集団・匿名の状態で作ったにもかかわらず、自分が代表選手として注目されるのは違う、と」
―― プロレタリアートであると。作品中でも資本家との対立構造とか労働階級の連帯といったモチーフが透けて見える場面もありますしね。
津堅 「そうなんです。
一方、虫プロに移籍した人は、そんな組合活動が嫌で東映を出てきた。そんなことやっている暇があったら、絵を描いて作品を作りたいんだという人がほとんどでしたから。
今、同じ大学で教鞭をとっている杉井ギサブロー監督なんか、まさにそうです」
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―― プロレタリアート的なものと、1人で前衛的なものを作ることは、割とニアリーイコールですよね。でもそれに反駁して、商業主義というか、みんなが喜ぶ娯楽を作りたいんだという方々が、虫プロに集まった。これは次元の高い/低いではなく、志向の問題ですね。
手塚先生はある種、前衛的なアートをやろうとしていたけれど、肝心のスタッフは前述の理由でわざわざ移籍してきた集団なので、「そんなこと言われても、僕たち困るよ」という反応になってしまう、と。
津堅 「アニメを作る動機に、大きな違いがあったと思います」
―― 今に通じる話としては、かつてはアニメを作ろうとしたら、スタジオに入らないと、ほぼ道はなかったわけですが、現在は単独制作の事例が存在します。もし、手塚先生が生きていたら、「これこそ僕が望んだ世界だ」と言うのでしょうか。
津堅 「十分ありうると思いますよ。もしくは、これだけ作りやすくなった環境があるならば、逆に『皆つまらんことをやってるな。じゃあ、俺はまた昔のやり方に戻るよ』なんて(笑)」
著者紹介:まつもとあつし
ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ネットコミュニティーやデジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆、コンテンツのプロデュース活動を行なっている。DCM修士。『スマートデバイスが生む商機 見えてきたiPhone/iPad/Android時代のビジネスアプローチ』(インプレスジャパン)、『生き残るメディア 死ぬメディア 出版・映像ビジネスのゆくえ』(アスキー新書)も好評発売中。Twitterアヵウントは@a_matsumoto
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