このページの本文へ

まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第29回

『アニメ作家としての手塚治虫』筆者・津堅信之准教授インタビュー

アニメ業界は手塚治虫から何を学べるか?

2011年09月28日 09時00分更新

文● まつもとあつし

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

「鉄腕アトムが制作環境を厳しくした」は誤解である

―― アニメ版の鉄腕アトムの話をするときに、避けては通れないのが、そのときに組まれたビジネスモデルや制作体制が、今のアニメの制作現場の大変さ、特に給与待遇の悪さを生んだという説です。

 津堅先生は、関係者へのインタビューによって「実際は現場は潤っていた。平均的なサラリーマンの給与よりも、鉄腕アトムの頃の虫プロのほうがずっと良い給料だった」と結論づけています。

 「アニメーター・演出の杉井ギサブローは「自分を含め当時の中核スタッフは、一番もらっていた時期で月二十万円近かったと思う」と回想する。さらに、『アトム』、『ジャングル大帝』等の脚本を執筆した辻真先は、虫プロでの初回の脚本料として受け取ったのが一本五万円で、これは辻がそれまでに仕事をしていたテレビァニメ『エイトマン』の脚本料の二・五倍だったという」(『アニメ作家としての手塚治虫』132ページ)

アニメーターの給与が低い原因は手塚治虫にあるのではなく、虫プロに追随した諸スタジオ側にあるのでは、と津堅氏は語る

津堅 「これはもっと仔細に調べていく必要があるでしょう。誰かに引き継いでもらってもよいかと。

 ただ、『手塚治虫のせいだ』というのはやっぱり違うと思いますね。手塚先生は確かに、そのきっかけを作りました。しかし、問題は追随したスタジオに企業努力をした形跡がないことです。

 たとえば、東映動画は先ほど言いましたように、日本のディズニーを目指して、年1本長編を作るという形でスタートしました。けれども数百人規模のスタジオを年1本の長編だけで維持できるわけがなく、まず手を付けたのが、テレビCMなんです」

―― なるほど。

津堅 「東映の中にCM部を作って、東映本社が受注したCMの仕事を、東映動画のアニメーターたちが動かしていたわけです。そのお金が東映動画のある種の売上を支えていた部分があったということがまず1つですね。

 東映動画の設立者の大川博という経営者がいます。この人は自伝を全部で3冊残しているのですが、これからはテレビというメディアを活かす、そして映画は確実に斜陽になる、と繰り返し指摘しているんですね。

 というのは当時、五社協定(1953年に成立した松竹、東宝、大映、新東宝、東映による協定。監督やスタッフ、スター俳優の引き抜きを相互に禁止する内容だった)というのがあって、ものすごい談合で縛りをかけていました。それでもやっぱり、そんなものがいつまでも続くわけがないと大川さんは予想していたのでしょう。

 実際、アニメーションを映画のみならず、テレビにも進出させていく必要があるだろうということを、当時の自伝に書いているわけなんですよ。

■Amazon.co.jpで購入

 そういう意識はありながらも、結局、いわゆる30分もののテレビアニメシリーズを、虫プロが先に始めてしまう。アニメーションの王道を進んでいた東映としては、ちょっと先を越された、やられた、という部分があったというのが1つあると思います。

 それからもう1つは、当時映画会社というのは、テレビ局よりもずっと地位が高かったわけです。東映本体が子会社として作った日本教育テレビが、今のテレビ朝日になったように、映画会社がテレビ局の大株主というのも珍しくなかった。

 ところが、せっかく大株主だったのに、その立場を放棄してしまったかに見える時期があるんです。要するに株主としての立場がしっかりしていれば、テレビ局に対して、もっといろいろ要求できたはずなんですね。待遇面にしろ、なんにしろ。

 しかしその立場を放棄してしまった。それが、消極的な理由ながらいわゆるテレビアニメ制作の環境を悪くしたというか、少なくとも良い条件で作る機会を、1つ失うことにつながるわけです」

―― どうして、株主の権利、発言権を行使しなかったのでしょう。

津堅 「それが、わからない」

―― アニメに限らず、今も日本の映像制作会社は厳しい状態におかれています。経産省も問題視しているように、著作権をテレビ局にホールドされてしまっていて、作って、納めて、終わりになってしまっている。結果、二次的なビジネスが動かない。

 一方で、米国では制作会社――特に映画会社の系列が多いと思います――が非常に大きな力を持っていて、対照的です。日本もこうなる機会があったのに活かされなかった……謎ですね。

津堅 「はい。いずれにしても、手塚先生が安く請け負って、それがきっかけになったというのは、あまりにも話の飛躍があり過ぎると思います。そんなに大きなことは、手塚先生はやっていないとも言えますね」

―― なるほど(笑)

津堅 「むしろ虫プロに続いた制作会社、東映動画などが、既存のテレビ会社と映画会社との関係を活かすことができなかった。動かしていくべき時期に、それができなかったというか、やらなかったということだと思うんですね、業界全体が」

―― そこは非常に気になりますし、コンテンツの歴史を研究されている方は、ぜひそこを解明していただきたいなと思います。

 映画からテレビへのシフト時に起こっていたことが、徐々にテレビからネットといういうシフトにおいても起こりうると、私は考えています。そこできっと、活かされるべき、ノウハウであったりとか、ある意味、やっちゃいけないこと――すごく魅力的な選択肢だけど、それやってしまうと、後々禍根を残すようなこと――がお話の中に、いくつか含まれていたと思います。

カテゴリートップへ

この連載の記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ