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アップルはPaaSを目指すか? — 開発者が見た「WWDC」講演

2011年07月06日 22時30分更新

文● 千種菊理

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セルアウト(売り切り)からサブスクリプションへ

 ソフトウェアに由来する定期的な収入は、営利企業にとって極めて魅力的だ。マイクロソフトが、Windowsのボリュームライセンスで無償アップデートを保証する代わりに、期間単位での課金を以前より行なっており、安定収入の柱となっている。

 アドビもサブスクリプションモデルを開始して、セルアウト(売り切り)モデルからの緩やかな移行を目指している。IBMがパソコン事業をレノボに売却し、サービス主体に移行しつつあるのも、その一環といえるだろう。

 セルアウトからサブスクリプション形態への移行は、IT業界の現在の潮流であり、そのサブスクリプションをうまく生かすには、利用者に継続使用してもらう動機付けが非常に重要なのだ。

 無償の5GBの領域を提供して、Mac/iPhone/iPadというハードウェアの拡販をする一方、容量が足りないユーザー向けの拡張容量を有償提供(これはMobileMeですでに実行済み)、iTunes Matchのような付加サービスで固定的な売り上げを確保。さらに、iTunes Store、App Store、iBooks、NewsStandという大規模オンラインショップでの売り上げを見込む。

 アップルが構築しつつある、エコシステムすべてから収入を得られるモデルは、セルアウトとサブスクリプションを相互作用させた、ある意味強烈なまでのビジネスプランだ。これが成功すれば、数百年とまではいわないが、かつての“Wintel”時代のような盤石の体制をアップルにもたらすといっても過言ではない。

 ジョブズ氏は自身の引退を前にして、そんな賭けを始めたのではないだろうか?

 また、こういった話をすると「僕と契約してよ」とささやくアップルが巨悪に聞こえるかもしれないが(笑)、企業の安定はけっしてユーザー/開発者にとって悪い話ではない。

 約20年前のアップルは、「いつ潰れるか」、「どこそこに買収されそうだ」と噂され、未来が感じられない、いわば“終わっている”企業だった。製品そのものよりも、この点がユーザーにとって最大の不安要素だったのだ。現在安心してOS XやiPhoneを買っていられるのも、アップルが安定しており、滅亡とは無縁な健全な企業だからだ。

 開発者にとってみても、アップルが経営的にもシステム的にも安定した企業であるに越したことはない。そのような状況があってこそ、App Storeで大事な自社アプリを展開できる。それは、iBooksに書籍を提供する出版社やNewsStandに新聞を提供する新聞社、iTunesに楽曲を提供する音楽レーベルにとっても同じだ。

 個人情報のロックインへの危惧も、別にアップルに限った話ではない。Windows Azureで構築したソフトがAzure上以外では動作しないなど、クラウドではよくある話である。

 筆者は、これまでMobileMeをメインのメールサービスとして使っており、iCloudがリリースされれば積極的に使うことになるだろう。多くのユーザーも同様のはずだ。ただ、無償や安価なものにはそれなりの理由があり、iCloudを利用するのであれば、ロックインされる事実と折り合いを付ける必要性もある。この点は気を付けた方がよいだろう。

iCloudの未来—「WebObjects」の行方

 今回のWWDC 2011の発表は、一見地味かもしれない。しかしLion、iOS、iCloudいずれについても非常に重要な事実が「チラ見せ」されており、その後の本来のセッションへの期待が否応なく高まる、良い発表であったのではないだろうか。

 安価なLion、(アナウンスはなかったが)おそらく無償配布のiOS 5、無償で5GBの領域が提供されるiCloudは、多くのユーザーがアップグレードして利用するだろう。開発者は、安心してこれら新製品に依存したソフトウェアを記述できる。

 Windows Vista/7に加えて、実質的な現役であるXPという、計3つのOSへのサポートを強いられ、結果的に7の新機能に依存しきれないWindows向けソフト。液晶サイズが異なるさまざまな種類のデバイスがあるうえに、1.6/2.0/2.1……とカンマ刻みで複数のOSバージョンが混在しており、それらへのサポートを強いられるAndroid向けソフト。そんなソフトを開発せざるをえない開発者は、現実に数多く存在する。

 OS X/iOSの開発者は、そうした事態とは無縁とはいわないまでも、そこまで深刻に関わらずに済むわけだ。

「iWork.com」から方向性を推測する

 実のところ、iCloudのDocumentsは「iWork.comのドキュメント共有」という形で、すでにこっそりフィールドテストされている。ジョブズ氏の発言どおり「it just work」というわけだ。

 そうなると、今後のiCloudの方向性には非常に興味がもたれる。iWork.comには、ドキュメント共有と同時にウェブアプリケーションとしての側面がある。プレゼンソフトのKeynote、表計算ソフトのNumbersなどがウェブ上で動作し、共有しているドキュメントをウェブブラウザー上で編集できる。

 描画が非常に高速なKeynoteがリリースされてから、速さの秘密であったCore ImageがOSX 10.4 Tigerにて開発者に提供されるなど、アップルはまず自社アプリで“揉んで”から、開発者に公開する傾向がある。それを考えれば、iCloudの「次の一手」がうっすらと見えてくる。

 かつてNeXTを買い取ったとき、アップルは「WebObjects」を取得している。これは、Objective-Cで記述されたローカルアプリケーションのコアロジックをそのままに、ウェブアプリケーションを構築できるフレームワークだ。

 WebObjectsは、2000年前後にPureJavaに移植されてから半ば放置状態であり、現在ではiTuens Store、MobileMe、Mac App Storeなど自社サービスのためのインハウスのフレームワークに成り下がっている。しかし、彼らはまだそれを捨ててはいない。

 今回の基調講演の最後に、現在建設中の巨大データセンターの概要が公開されたが、iCloudがただのMobile Meの焼き直しならば、ストレージはともかくそこまでのサーバーリソースが必要になるだろうか?

 来年のWWDC 2012では、HTML5をサポートしたWebObjectsによってPaaS(Platform as a Service)となったiCloudを発表し、ローカルアプリケーションだけではなくウェブアプリケーションへの展開を開発者に提案するジョブズ氏の後継者が見られるのかもしれない。


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