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IT技術者に未来はあるか? 第6回

企業の貴重な経営資源・手段であるITを守るのは誰?

グローバル大競争の中で生き残る

2011年06月09日 09時00分更新

文● 政井寛/政井技術士事務所 代表

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リーマンショック以来の2年間、IT技術者は企業のIT投資削減の影響でリストラに怯え、クラウドの登場で自身の技術の陳腐化を憂い、中国、インド技術者との競争にしり込みする日々であった。この先否応なく巻き込まれるグローバル大競争の時代に、どう生き残ればいいのか?本連載を通じて、ITサービス企業とIT技術者に問いかける。最終回は、これからのグローバル大競争の中で活躍するための問題点とその解決策を考える。

グローバル大競争の中で活躍するには?

 本連載もこれで第6回、とうとう最後の回となった。日本のIT技術者を取り巻く環境を考えると、 これからのグローバル大競争の中で活躍するためには避けて通れない大きな問題が存在する。ここでは3つのテーマをとり上げ、問題解決の方向性を考えてみたい。

 第1のテーマは、第1回で取り上げた業界の垂直型分業構造である。このような構造になった原因はいくつかある。旧来からの国産コンピュータメーカーのバンドル政策(ハードウェアと抱き合わせでソフトウェアの価格を決定する販売方法)、売上至上主義、プロジェクトのピークカット対策、企業の終身雇用制度などである。しかし最大の要因は、ITユーザー企業内に本物のCIO※1が存在しなかったことである。

※1 CIO(Chef Information Offer) ユーザー企業における情報統括役員と訳される。企業の情報活用の仕組みをつかさどる責任者であり、経営メンバーの一角を成す

 優秀人材が流動化しにくい日本企業では、本物のCIOは育ちにくい。まれに立派にCIO職を果たす人はいるが、本人の努力と慧眼の賜物であり、育成はまったくの偶然性に頼っている。このため、非力なCIOを通じて推進されるITガバナンスの結果、外部委託が丸投げとなり業界の階層構造問題を生み出している。この点にメスを入れないと、ユーザー企業側にもITサービスベンダー側にも活性化した優秀なIT技術者が生まれないし、必然の結果として優秀な技術者を保有するITサービス会社も生まれない。

 この問題の解決は難しいし、時間がかかる。最近になって、大型開発案件をきっかけにCIOを外部から招聘し、IT問題の解決に挑戦して、少なからず成功した企業も出てきた。このような試みが広がっていくとCIOの重要性が認識され、任用に際して本物のCIOを見定めるようになる。

 では本物のCIO育成はどうすればよいか。米国では、IT部門出身のリーダーよりビジネス部門(事業部門)出身のリーダーが、より本物のCIOになる確率が高いといわれる(図1)。

CIOのキャリア

 さらに、経営者(事業責任者)の感性とIT技術への洞察力を兼ね備える人材は、ユーザー企業の中だけで育成するには限界がある。私は政治家の卵を育成している松下政経塾のような育成機関が必要だと考えている。企業から派遣されるCIO候補人材、IT企業のベンチャー経営者を目指す人材などを集めて、1年以上の長期で集中的な育成教育が有効である。図2にCIO・IT企業経営者育成構想を掲げてみた。

CIO・IT企業経営者の育成構想

研究開発型のベンチャー企業を

 第2のテーマとしては、研究開発型ベンチャー企業の育成を挙げたい。IT問題にかかわらず、日本の社会ではベンチャーが育たない。よくいわれる理由としては、起業に際し起業家本人に降りかかる経済的なリスクが大きすぎる。たった一度の失敗で、その人物の人格まで否定されるといわれる。過去には国としてベンチャー育成の政策がとられたこともあるが、まったく実を結んでいない。

 しかしこのような問題を横に置いてITの世界を見ると、ベンチャー的な風土がぜひとも必要なのである。OSやミドルソフトのような膨大なインフラ・ソフトウェアを別にすれば、新しいソフトウェアのシーズとニーズはITの利用現場にある。これを見いだして製品化し日本発のソフトウェアにするのは、既存の大手IT企業では無理である。なぜなら、このようなソフトウェアは、概してて自らのビジネスを侵食してカニバライゼーションを引き起こす。製品化して世に送り出すためには、その組織から独立して利害関係を断つことが成功要因の1つなのである。

 こうしたことから、前述のベンチャー企業育成環境が是非とも欲しい。しかしながら、最近は高いハードルにもかかわらず、DBや検索関係、BPM、SOAソフトなどの分野で海外でも利用されるベンチャー発のソフトウェアが出てきていると聞く。このような企業は優秀なIT技術者を集めさらに発展する可能性が高い。またクラウド環境が、ソフトウェア製品の開発や販売のハードルを下げる方向に作用している。ぜひとも大きく成長して、のちに続く研究開発型企業の先導役になってほしい。

サービスをイノベートする人材を

 第3のテーマでは、サービスイノベーションができる人材育成を取りあげたい。ITの利用促進には、新しいソフトウェアの研究開発とは別に、ITサービスとしての側面がある。しかし、このビジネスモデルは、ややもすると労働集約的なモデルに走り易く、人的なサービスだけでは付加価値は一定以上高くならない。しかしながら身近に良いお手本もある。警備会社のセコムは、派遣型の労働集約事業から見事に付加価値の高い遠隔監視の技術オリエンテッドなビジネスモデルに脱皮した。同様に、ITサービス企業もサービスという基本的な精神を維持しつつ、付加価値を高めることに邁進する必要がある。

 このためには、サービスイノベーションの意識を高めなければならない。これは自社(ITサービス企業)のサービスイノベーションを実施する事はもとより、お客様ビジネスのサービスイノベーションを図る提案やコンサルテーションを推進することで、BTO事業(ビジネス・トランスフォーメーショナル・アウトソーシング)につなげることができる。

 京都大学大学院では「サービス価値創造マネジメント人材育成プログラム」がMBA課程にあると聞く。サービスの特性(無形成、生産と消費の同時性、消滅性)を意識した付加価値の高いビジネスモデルを追求することが望まれる。

 ●

 グローバル化は、やみくもに海外の価値観やコーポレートガバナンスを取り入れることではない。よくいわれるように、日本企業独自のよき風土を残しながら海外の人材をそれに同化させる方向でグローバル化を進めることが、日本企業の競争力強化の道である。

 それには、CIOやIT技術者自身も外国人技術者と競い合って生き残る義務がある。国はそれを支援する制度や環境を提供し、企業もIT人材の育成と活性化に注力して、個人もそれに応える努力をしなければいけない。

 社会や企業にとって、ITは間違いなく貴重な経営資源・手段であり続ける。そしてITを活かすも殺すもCIOやIT技術者なのである

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