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編集者の眼第27回

エンジニアが知っておくべきクラウドの7つのこと

2011年03月07日 10時00分更新

文●中野克平/Web Professional編集部

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クラウドとデータセンターを上手に使い分ける本
アスキー・メディアワークスから刊行された「クラウドとデータセンターを上手に使い分ける本」には、クラウドを賢く使うために必要な知識が詳しく解説されている

 「クラウドコンピューティング」のバズワード扱いはそろそろやめにしよう。これまではASP/SaaSを言い換えただけの「靄型クラウド」も多くあったが、2011年度は大手電機メーカーやソリューションベンダーが本気でクラウドビジネスに乗り出そうとしている。クラウドを提供する側も利用する側も、靄と雲は区別できた方がいい。

クラウドの特徴はスケーラビリティである

 クラウドの最大の特徴は「スケーラビリティ」である。2000年前後「ビットバレー」ともてはやされた渋谷のベンチャー企業の狭い室内には、アクセスが増えてサーバーの処理能力が足りなくなったとき、すぐにサーバーを増やせるように、空きラックが据え付けてあった。とはいえオフィス内の空きラックでは、事業規模が1か月で100倍になるような急成長には対応できない。Google App Engine(GAE)やAmazon Web Services(AWS)などのクラウドサービスには、事業拡大に備えて広大なサーバー用地を用意しなくて済むスケーラビリティがある

従量課金で安くはならない

 IT業界は、「ダウンサイジング」や「仮想化」など、自分たちが以前に売ったシステムの欠点を補う新しいコンセプトを打ち出すことで売上げを伸ばしてきた。ピーク時に必要な性能からシステムの要件を割り出す従来の手法は、売上げを大きくしたいベンダー側と、システムを落としたくないユーザー企業の情報システム部門の双方に都合がよかったが、クラウドでは異なる。「クラウドでコスト削減」と売り込むベンダーもあるが、リソースの使用量に応じた従量課金では、通常時とピーク時の差が大きいほどコストメリットがある。逆に、差が小さければかえって割高になる。使った分だけ課金できるベンダー側と、なるべく使わずに済めば安くなるユーザー企業側で、利害が一致しなくなるのがクラウドだ。

クラサバ前提のアプリケーションはクラウドが苦手

 1990年代の中頃から、業務用アプリケーションはクライアント/サーバー型で開発することが多くなった。業務用アプリケーションはLAN内での利用が前提になるので、通信量に無頓着に作られている場合があり、クラウド移行時に思わぬボトルネックになる。クラウド型サービスはリクエストごとの従量課金になっていることが多く、そのままではばく大なコストが発生してしまうのだ。たとえば、クライアントからサーバーに小さなデータを頻繁に送ったり、画面の書き換え時にデータベースサーバーから項目ごとに値を取り出したりする設計になっていると、クラウドには単純に移行できない

コストの最小化にはコンピューターの深い知識が不可欠

 クラウド型のインフラやWebアプリケーションプラットフォームを使えば、ユーザー企業はWebアプリケーションの開発やビジネスの拡大に専念できる、という説明は限りなく嘘に近い。小規模なWebアプリケーションはGAEやAWSの無償枠に収まってしまうが、Webアプリケーションに人気が出て事業化に成功すれば課金が始まる。クラウド型サービスの料金体系はさまざまあるが、基本的にはリソースの使用回数と使用量で決まる。同じWebアプリケーションを作るにしても、HTTPのリクエスト数を減らしたり、データサイズを小さくしたり、場合によっては自前のキャッシュサーバーを通したりしてコストを最小化するには、ソフトウェア開発の基本的知識に基づくWebアプリケーションの設計方針が欠かせない

データセンターも組み合わせるべき

 クラウドには、クラウド提供企業による「余剰リソースの事業化」の側面がある。当たり前だが、グーグルやアマゾンはクラウドを利用しておらず、事業規模が大きければデータセンターの稼働率を高めた方がコストは低い。クラウドを利用する側のユーザー企業は、「定常的負荷はデータセンターで処理し、不足部分をクラウドでまかなう」ことが、クラウド利用の基本戦略になるだろう。クラウド時代のサービスとしてもてはやされるTwitterも、NTTアメリカのデータセンターとアマゾンのCDNサービスであるCloudFrontなどを組み合わせており、決して「100%クラウド」ではない。

ドル建てサービスには為替リスクがある

 GAEやAWSはドル建てのサービスだ。現在の為替レートはかなりの円高であり、クラウドのようなドル建てサービスはそのぶん安く見える。ドル円の為替レートを調べればわかるように、将来、1ドル=160円になってもおかしくはなく、ドル建てクラウドの料金が倍になることもあり得る。3日に発表されたAWSの東京リージョンは数か月以内に円建てサービスを始めるというが、円建ての料金表が改訂されない保証はない。円建てサービスへの切り換えや、クラウドのような従量課金とデータセンターのような固定料金のサービスを柔軟に使い分けられるシステム構成など、エンジニアが考えておくべきことは多い。

通信・保守料金として考える

 国内のクラウド型サービスは、ハードウェアの売り切り型ビジネスに伸び悩むベンダー側の事情で、サービスの月額課金ビジネスとして立ち上がりつつある。この点には思うところも多々あるが、グローバル経済に組み込まれながら、自国の位置を決めあぐねている日本の現状を考えれば、それはそれで仕方がない。「クラウド型サービスを立ち上げる」と宣言した企業は、電話代やISPの利用料、コピー機の保守費のように、お客様の利用状況を正確に把握することで次の提案につなげるビジネスを作ろうとしている。ベンダー側のエンジニアは、ビジネスの潮目が変わったことを意識するべきだ。一方で、「クラウド利用でコストを削減しろ」と言われたユーザー企業のエンジニアは、サービスの月額従量課金によって、ベンダー側にある「売り切りモデルからの脱却」の意図に注意すべきだろう。通信や保守料金は、いったん契約すると精査する人がいなくなる不思議な科目である。

 こうしてクラウドについてエンジニアが知っておくべきことを並べると、自社構築と外注サービスをどのように組み合わせ、どうすればベンダーロックインを避け、自社のコストを最小化できるかは、クラウドに限らず、これまのIT利用と大きな違いがないことに気付く。「名ばかりクラウド」に惑わされず、自社にとっての最適解を見つけることがエンジニアに求められている。

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