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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第20回

GoogleとAmazonの本格参入が「第2の波」になる

電子書籍元年は幻だったのか? 現状を確認してみた

2011年02月25日 12時00分更新

文● まつもとあつし

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デジタル読書への意欲は高まっている

 では本をデジタルデバイスで読むことそのものへの期待は下がっているのだろうか?

 今度は「自炊」「ScanSnap」について検索数の推移を調べてみた。自炊とは、裁断した紙の本をスキャナーで読み取り、iPadのような端末で表示させて読書を楽しむ行為を指すが、同時に自分で料理をするという本来の意味もある。そこで念のため(読書のための)自炊によく用いられるスキャナーの製品名「ScanSnap」も検索ワードに含めてみた。

今度は「自炊」「ScanSnap」の検索数の推移をGoogleトレンドで調べてみた。2010年後半からじわじわ増加している

 図をご覧いただくと分かるように、検索数がじわじわと高まっている(なお、12月の小さな山は、ScanSnap S1100のキャンペーン開始によるものと思われる)。この期待にどう応えられるかが、出版業界に問われていると言えるだろう。

 実はこの自炊とオンラインストアのライブラリーの問題は、音楽では一度辿ってきた道だ。ただし、わざわざ自らの手で裁断を行ない、劣化コピーとしてのPDFを作る自炊は、パソコンで比較的簡単にオリジナルと同じ品質のコピーが手に入るCDリッピングと比べ、その手間や敷居は段違いだ。

 適正な価格と使い勝手、そして充実したライブラリーを提供すれば、電子書籍の未来は明るいのではないだろうか?

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電子書籍は本当に儲からないのか?

 他方、「儲からない」という批判についてはどうだろうか?

 筆者は、電子書籍を世に出す際には、方向性を2つに分けて検討したほうが良いと考えている。一方は、過去のアーカイブや新作を大量にリリースするケース。もう一方は1つ1つの作品を少しずつリリースするケースだ。

 iPadの累計出荷台数は世界で1500万台を突破したというが、日本国内では他のタブレット型端末と合わせても50万台程度と見積もられる。つまり、電子書籍では「100万部のベストセラー」が成立しない。誰もが気軽に買って読める紙の本と比べて、そもそもの母数が小さいのだ。

今のところストアへの導線が限られているため、ランキングが売り上げを決定付けるファクターとなっている

 また、ストアの性質にも注目しておく必要がある。アプリ販売でよく指摘されるように、ランキング上位に位置するかしないかで売り上げが大きく異なってしまう。

 電子書籍には再販制度が適用されないことは以前紹介したとおりだが(関連記事)、無料お試しから、ディスカウントをうまく組み合わせて、できるだけ長い期間ランキング上位に位置させる必要がある。

 この環境を前提にすると、できるだけ多くのユーザーに訴求できる作品をピックアップした上で、いかにコストを抑えて丁寧なマーケティングを行なうかが、「現状では」勝負の分かれ目と言えそうだ。

 注意したいのは、動画やインタラクティブ機能によってコンテンツそのものをリッチにする方向はコストアップにつながってしまうこと。あくまでマーケティングの質を高め、ネットメディアをうまく活用しながら施策を断続的に繰り出すことが重要だ。本連載で、折に触れてソーシャルメディアを取り上げるのも、それを意識している。

 このことは先ほど指摘した「ライブラリーの充実」と矛盾するように感じられるかもしれないが、この点については次の項目で整理したい。

ストアの乱立とその後の混乱

 タブレット型端末の出荷台数が大きなボリュームに達していないことに加え、電子書籍普及の妨げとなっているのが、ストアの乱立だ。Appleなどプラットフォーム運営者の料率を嫌って、電子書籍は単体のアプリでのリリースが続いたが、ここに来てAppleの電子書籍に対する3つの方針が大きな混乱を招いている。

 1つには、ボイジャーの萩野氏も指摘する「表現に対する審査の厳しさ」(関連記事)。これがあるために、iPhone/iPad向け電子書籍に参入をあきらめる国内出版社も多かった。デジタルデータを蓄積し、国内で携帯向けに大きく成長している分野が、ティーンズラブ作品などのAppleの審査にはまず通らないものだったことも大きい。

 2つめに、Apple自体が「本棚アプリ」方式を推奨したこと。こちらも同じく萩野氏のインタビューですでに言及されていたが、現在では単体アプリだというだけでリジェクトされてしまうことがほとんどだ。

2010年後半は、出版社独自の本棚アプリが続々スタートしたが、Appleの方針変更を受けて混乱が広がっている

 大量の審査依頼が押し寄せるなか、審査の手間を小さくすることが目的だったが、結果として出版社各社が独自の本棚アプリ≒ストアを持つことになり、ユーザーの利便性は逆に下がってしまっている。

 また、厳しい審査を回避するために「外部課金」の仕組みが応用され始めていた。自社ストアで決済、コンテンツを購入した後に、iPadからもそのコンテンツにアクセスできるというわけだ。審査の問題をクリアできるだけでなく、Appleの手数料が不要となることで、収益性が向上し、顧客情報を自社で保持できるというメリットも生じた。

 ところが、3つめの方針が大きな混乱を引き起こした。Appleは近頃「iTunes App Store定期購読課金サービス」を発表したが、そこではApple ID決済も必ず使用することを求めたのだ。ユーザーからすれば、使い慣れており、手間も少ないAppleIDで決済するほうが利便性が高いのは事実だ。

 しかし、1つめと2つめの事情で独自課金を採用しつつあった出版社には混乱が広がっている。

 このように、Appleの審査に端を発したストアの乱立、そして外部課金を巡る混乱はユーザーにとっては何もメリットがない。余計な事情に左右されない自炊が広がるのもわかるというものだ。

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