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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第47回

5年間で激変したメジャーとネット――FLEETの場合

2011年02月12日 12時00分更新

文● 四本淑三

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市場としてより興味があるのは「新しい文脈作り」

―― そのボカロシーンの現況をどんな風に見ていますか?

佐藤 音楽業界の一番良かった頃が、ネット上に再現されている感じがする。ボカロのランキングを見ていても、いろんなジャンルがあって面白いですよね。ランキングの上位はクオリティも担保されていて、それをきっかけに入ってきた人たちが興味を持てば、深い部分まで探っていけるし。それにニコニコ動画は、メジャーなものだけじゃなく闇の部分、雑多なサブカル的なものもちゃんと内包していて偶有性がある。

―― 確かに90年代前半までの時期に似ていますよね。単純にパイが大きくなったことで、ピラミッドの裾野も広がった時代。

佐藤 ただ、その時代と決定的に違っているのは、二次創作が中心になって拡散していく文化ですよね。かつてはオリジナルが絶対で、それを改変するなんてあり得なかった。それがボカロでは、イラストを付けたり、動画を付けたり、「歌ってみた」があったり。そのたび曲に命が宿っていくみたいな。それでオリジナルがないがしろになるわけでもなく、むしろ存在感が高まっていく。そういうモデルは昔はなかった。同人は二次創作が基本ですけど、ボカロには一次創作と二次創作、2つのエンジンが搭載されている。

手を変え品を変え、同じ曲のリミックスが次々と投稿される姿はさながら「音楽大喜利」

―― それがニコニコ動画の果たした役割ですよね。

佐藤 それともうひとつ。今、J-POPのアーティストが何か歌ったとしても、自分のこととしてはなかなか共感しづらいと思うんです。他人事というか。それは島宇宙化の話と同じで、価値観が多様化したからですよね。その中で、たとえばアニソンなんかは、バブルが過ぎたとは言われますが、失われた大きな物語をアニメそのもので代替できる。

―― 共有する物語のベースになるということですね。

佐藤 ボカロの世界も、初音ミクという物語をみんなで創り上げているんですよね。単なるパッケージのキャラクターだったものが、皆が曲を作り、詞を書き、絵を描き、感情移入してストーリーが広がっていく。するとキャラクターに思い入れはないけど、音楽を表現するツールとしてミクを使う人も現れたりする。それぞれ理由は様々でも、ミクをハブにした物語で包摂されているんですね。

―― 今の話は、ここ3年の初音ミクの状況を上手くまとめてもらったと思うんですけど、その結果として(ボカロが)新しい音楽市場として見なされるようにもなったわけです。そこはどうですか?

佐藤 あんまり興味はわきません。もちろん作品を作り続けるためにも、売れてくれたほうがいいんですが、それ自体を目的にしてしまうと、何のためにやっているのかが分からなくなるので。

「(市場的な考えには)あんまり興味はわきません。それ自体を目的にしてしまうと、何のためにやっているのかが分からなくなる」

―― アーティストですねえ。

佐藤 やはり興味があるのは文化的側面です。地域や家族みたいな古い共同体が崩壊して、人々はよりどころを失っている。その代わりに別のコミュニティが生まれつつあるんだと思います。もうひとつ可能性を感じてるのは、時間軸を共有しているということです。Ustreamやニコ生ではみなが同時に何かを体験して、否応なしにその文脈に取り込むことができる。

―― 共時体験ということですよね。

佐藤 ツイッターもそうで、みんなそれぞれ別のタイムラインを見ているんだけど、同じ流れの中にいて、つながっているような気になれる。ニコ動のコメントもリアルタイムではなくて、それぞれバラバラの時間に書きこまれたものだけど、同時体験の醍醐味をほぼ完璧に再現していますよね。

―― それが“ライブメディア”と呼ばれるものの特徴ですよね。同時に見ているという体験が共通の物語になる。

佐藤 そういう新しい文脈作りに興味があって、そこに可能性があると思っています。メジャーでやるより即売会で売ったほうが効率がいいとか、そういうことではないんです。もっと根本的な部分ですね。島宇宙化した状況を再帰的に選択するということ。価値観の違うもの同士がゆるくつながりあえるようになれたらいい。そのために、人々の認識をどう変えていけるかということだと思うんです。

―― 最後に、来年の今頃には何をしていると思います?

佐藤 新しいアルバムを出していたいですね。それも、ちゃんと理由のあるものを。いま音楽を作ろうと思ったら、例外はあるにせよ大まかに言って、ライブハウスに立つか、作家として曲をコンペに出すか、ボカロ曲をアップするかくらいしかない。それぞれ価値のあることなんですが、それだけじゃないはずだと思うんです。そのどれでもない、もしくはすべてを横断するような新しいあり方を見つけたい。ぼくがいる位置はおそらくそれらの中間なんです。はっきりと何かが見えているわけではないですが、境界線上の活動の中で、いつか新しい文脈が付いてきたらいいなと思っています。



著者紹介――四本淑三

 1963年生まれ。高校時代にロッキング・オンで音楽ライターとしてデビューするも、音楽業界に疑問を感じてすぐ引退。現在はインターネット時代ならではの音楽シーンのあり方に興味を持ち、ガジェット音楽やボーカロイドシーンをフォローするフリーライター。

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