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iPad日刊紙「The Daily」創刊—Appleの狙いは何か?

2011年02月07日 19時00分更新

文● 鈴木淳也(Junya Suzuki)

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The Dailyの登場と「サブスクリプション」サービス

 ここからは、簡単にThe Daily登場までの背景を追っかけていこう。前半でも紹介したように、このプロジェクトが噂されていたのは2010年夏ごろからだ。

 News Corp.のマードック氏は、かねてよりiPadのようなタブレット製品に強い興味を抱いており、「紙の紙面ではできないリッチな表現がタブレットにはある」、「後に韓国や中国メーカーの参入でタブレットの価格はより入手しやすいものになる」との発言をたびたび繰り返して、他の出版社や新聞社に先駆けて事業を進めたいという意向があったようだ。

 News Corp.はもともとオーストラリアのメディアグループだったが、買収を繰り返すことで英米を中心に新聞やTV、映画会社など、多数のメディア企業を傘下に収めている。

 その中で、オンラインへと移行しつつあるメディア社会が広告収入中心のビジネスモデルで維持されていることにも限界を感じるようになり、その対応策として課金モデルへの移行を各メディアに呼びかけている。

 今年2月をもって「New York Times」のオンライン版が課金モデル(有料サイト)に移行したことが知られているが、それ以前からNews Corp.傘下の「Wall Street Journal」や、英「Financial Times」が課金モデルを採用していることで有名だ。

 マードック氏は傘下の英「The Sun」紙の有料化も実施しており、タブレット採用に熱心な理由は「無料が当たり前となりつつあるウェブメディアに比べ、タブレットのほうが課金に対するユーザーの抵抗がない」という理由による。

 2010年の夏になると、マードック氏が中心となって新メディア立ち上げのプロジェクトが進展しており、それにともなって各方面の著名人が同氏によって次々とヘッドハンティングされているという噂が多数流れるようになった。

 The Dailyの立ち上げが間近だと確実視されるようになったのは、ファッション系週刊紙「Women's Wear Daily」(WWD)が2010年11月18日に報じた記事に由来する。ここでは、価格モデル、関わっている編集者や記者の具体的な名称が挙げられており、年末のローンチに向けて最後のダッシュにかかっている様子がうかがえる。

 ところが、前述のようにローンチ日程は当初の12月9日から、1月19日、2月2日と2度にわたって延期が行なわれた。その背景のひとつとして、Appleが「The Daily」の発表に合わせてコンテンツ配信と課金を集約する「サブスクリプション」(In-App Subscription)の仕組みをiTunesに導入する準備を進めており、これのテストに時間がかかっていたという噂がある。

 今となってはどちらにスケジュール延期の原因があるかは不明だが、両社が「The Daily」と「In-App Subscription」導入をセットにして考えていたことだけは確実だ。

「In-App Purchase」、「In-App Subscription」
をめぐるAppleの動向

 サブスクリプションとは、欧米などでは一般的な雑誌や新聞を購読する仕組みだ。一定期間雑誌の購読を契約すると、それが配送されてくる仕組みで、ニューススタンドによる店頭売りや日本の宅配制度との最大の違いは「契約期間が長いほど割引率が高くなる」という点にある。

 この割引率は非常に極端で、年間契約でも3~4割引きは当たり前で、2年契約にもなれば最大で8割以上の割引きというケースもある。出版社や新聞社が、これだけ大きな割り引きを行なっても得られるメリットは、一定期間は必ず読者が固着するため安定収入を得られること、そして購読登録の際に入手した個人データを使って、柔軟なマーケティング活動が可能になることの2点だ。

 ところが、旧来のiTunes App Storeで用意されていた「In-App Purchase」というアプリ内課金の仕組みでは、サブスクリプションに関する対応が不十分だった。そのため、雑誌や新聞の閲覧を可能にするコンテンツリーダーアプリを出している各社が、それぞれにユーザー登録や課金、コンテンツ配信を行ない、独自実装で機能を実現していた。

 The Dailyのリリース時期が近付いてくると、1月初旬から欧州方面を中心に、こうしたアプリでコンテンツを配信しているメディア事業者にAppleが接触し、「In-App Purchase」および間もなく導入する「In-App Subscription」を利用するよう打診してきたという話が複数のメディアで報じられた。

 Appleの真意は計りかねるが、当時は「Appleが外部課金を禁止して自らのルートだけに集約し、手数料収入やコンテンツ配信を一挙に握るつもりでは?」といった疑念の声が渦巻いていた。そうした中、ソニーがAppleに申請していた「Sony Reader」アプリが、同社によって登録を拒否されるといったニュースがNew York Timesなどによって報じられた

 原因は、前述にもあるように「In-App Purchase」を利用していないためだが、NYTが追加取材を行ないAppleの公式コメントを報じた。内容は、「もしアプリの外部でユーザーに電子書籍の購入を促す場合、アプリ内にある同じ仕組みをオプションとして用意するように依頼している」というものだ。

 つまり、外部課金システムを機能として付与するアプリは、同時にIn-App Purchaseを課金システムとして採用する必要があるということだ。Appleは、今後このルールを守らないアプリの登録は受け付けないとアプリ開発者に連絡しており、場合によっては既存の登録アプリであっても削除される可能性をほのめかすなど、かなり徹底させているという。

ユーザーにとってのメリット/デメリット

 これはメリット/デメリットのトレードオフだが、まずユーザーにとっては、アプリやサービスごとに必要だったクレジットカードや個人情報の登録、ID/パスワードの管理から解放され、1ヵ所に集約できるというメリットがある。そして、普段音楽データやアプリ購入に利用しているiTunes Storeで電子書籍/雑誌の決済まで行なえるわけで、むしろデメリットのほうが圧倒的に少ない。

 デメリットは、すでに利用している既存の雑誌/書籍リーダーアプリでの購読情報が、今回のルール改定により無効化されてしまう可能性があることだろう。

コンテンツ事業者にとってのメリット/デメリット

 一方で、コンテンツ事業者にとっては複雑な問題だ。メリットは、In-App Purchase、そして新たに導入されたIn-App Subscriptionによって、ユーザーから料金を徴収する機会が大きく増えることが予想される点だ。なぜなら、わざわざコンテンツやオンライン書店ごとに個人情報や課金情報を登録するよりも、iTunes Storeで気軽に決済できるのであれば、そのほうがユーザーにとってはるかにハードルが低いからだ。

 デメリットは、直接登録で得られるはずだった個人情報が、(Appleとの契約による)In-App Subscriptionの規約により「名前」「メールアドレス」「郵便番号(ZIP)」の3つのみに限定されてしまう点だ。しかも登録は必須ではないため、個人情報を入手するにはユーザーに対して個別登録の仕組みを導入しなければいけない。

 同時に、In-App Purchaseを採用してiTunesの課金システムを通すため、Appleに対する手数料として売上の3割を徴収されることになる。これもコンテンツ事業者にとっては手痛い出費だ。

 ユーザーメリットを向上させて、さらに収益増加の機会を得られる点で、サブスクリプションやルール改定はある意味で期待すべき事項であり、非常に悩ましい問題となっている。


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