CDが10万枚売れる人だったらこんな方法は採らない
―― プロモーションになるかどうかは別として、波及効果としてどんなことを期待していますか?
Denki それには二つの側面がありますね。ひとつはオープンソース本来の効果が現れて欲しい。「この曲いいな、素材も手に入るし」と誰かがリミックスしてくれて「この音は誰が作ったのか?」となった時に僕の名前が挙がればいい。「元の曲はこのアルバムに収録されている」という話になれば、プロモーションとして成立するわけです。
―― 普通にネットラジオのBGMとして使ってもいいわけですよね。
Denki もちろんそうです。例えば同人ゲームを作っている人がいて、プログラミングは得意だけど音楽はからっきしダメという人にも。「このBGMは誰が?」ということで僕のところにたどり着いてくれたら。
―― 二つめの側面は?
Denki 必ずしもそうやって使ってもらえるとは限らないことですね。そもそも使えることに気付いてくれる人数も限られているでしょう。それはバクチに近いところだと。ただ、今の段階でこういう試みをすること自体、プロモーションに成り得ると思ったんです。こうして取材してもらったりとか。
―― 僕も実際にプロジェクトファイルを開けてみて、初めて意味がわかったところもありますね。アルバムと同じ音楽が鳴って、ちょっとびっくりしました。
Denki Ableton Liveの内蔵音源だけで自分の満足する音が作れるか、アルバム制作前に実験してみたんです。音源メーカーのサンプリング素材や、マイナーなプラグイン音源を使ってしまうと、配布するときに困ってしまうんですよ。「この曲のためにはどこそこのサンプリング素材とプラグインを買ってくれ」という話になってしまう。
―― そこまでして試そうという人も少ないだろうし、それでLiveの付属音源だけでと。
Denki 今回はFMシンセの「Operator」を使いまくってますね。あの乾いた、キラキラした感じは新しい。最近は「アナログだ、フィルターだ、ディストーションだ」という方向に固まりすぎていたこともあって。
―― 逆にプロジェクトファイルを楽譜のように売るという発想はありませんでした?
Denki 楽曲の使用にお金を出せということになりますよね? その時点で楽曲として使われる可能性は減ると思うんです。僕は使われる可能性を最大に置いて、直接得られる利益を最小にしてもいいと思ったんです。
―― 以前、佐久間正英さんが「音符に著作権を付与するのはナンセンス」という意味の話をされていたんです。誰かが演奏して音にすることで、初めて音楽になって、その演奏物には著作権が発生するだろうと。その話に近いのかな。
Denki 僕もそのインタビューを読んだときに、近いなって思ったんです。最終的にお客さんが納得してお金を出すのは、原盤に対する価値であって、例えばカラオケなんかで曲の権利にお金を払っている意識はないはずです。だから一般的なお客さんに、楽譜のようなものでお金を要求するのは無理があるんじゃないかと思ったんですね。
―― ただ、いままではそういう著作権がビジネスになっていたわけですが、そこは放棄してしまうんですよね。
Denki いや、僕もCDが5万枚とか10万枚売れる人だったら、こんな方法は採りません。
―― ははは。本音だ。
Denki まあ、そこまで売れる人だったら、権利を保持したほうが利益を最大化できるわけですから、そうするのが真っ当な方法だと思うんです。でも、僕みたいに業界の端っこの、いるかいないか分からない人間が権利を最大限保持しても何の意味もない。100円もらえるものが110円になるくらいの効果しかない。だったら、権利をユーザーに与えても、どうにかして知ってもらえるようにした方がいいということです。
―― じゃあ、万人にはオススメしないと。
Denki 僕みたいにリスナー数の少ないミュージシャンが、10万枚売れるミュージシャンと同じ書式で無理やり商売させられているケースが多い気がしますね。そこは違う売り方をしないと辛いと前から疑問に思っていたんです。だから売れてる人もフリーにしたほうがいいとはまったく思っていませんよ。
■アップルストア銀座で、Denkitribeさんに逢おう!
7月31日(日)のアップルストア銀座では、Denkitribeさんも参加する「iPhone & iPad アプリ・ミュージック・フェスティバル」が開催される(告知ページ)。
他の参加者は、ITライター・山崎潤一郎さんや松尾公也さんらによるThe Manetronsをはじめ、佐野電磁さん、Koishstyleさん、ヨナオケイシさんなど豪華な面々。入場無料なのでぜひ!
なおDenkitribeさんはこのイベントのため、なんとiPhoneを使ったアプリケーション「n-forcer」を独自開発! おそらくその実演が見られるはず。くどいようだが入場無料なのでぜひ!
著者紹介――四本淑三
1963年生まれ。高校時代にロッキング・オンで音楽ライターとしてデビューするも、音楽業界に疑問を感じてすぐ引退。現在はインターネット時代ならではの音楽シーンのあり方に興味を持ち、ガジェット音楽やボーカロイドシーンをフォローするフリーライター。
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