「はやぶさ」は浦島太郎!? 宇宙経由の輸出入大作戦

文●秋山文野 撮影●小林伸ほか イラスト●shigezoh 協力●JAXA/ジャンプトゥスペース

2010年06月16日 12時00分

祝帰還!「はやぶさ」7年50億kmのミッション完全解説 “JAXAの真田さん”に総力インタビュー その4 秋山文野 撮影●小林伸ほか イラスト●shigezoh 協力●JAXA/ジャンプトゥスペース 「はやぶさ」は浦島太郎!? 宇宙経由の輸出入大作戦 “真田運用”の真骨頂、イオンエンジンのクロス運転によって地球帰還に大きく近づいた「はやぶさ」。最後の大仕事、カプセル分離の成功率は? そして前代未聞の輸出入作戦が真田ぁ~ずを待ち受ける。

■前回までのあらすじ

 「重病人」「満身創痍」「帆掛け舟」……タッチダウン後の通信途絶やイオンエンジンの寿命といった多くのトラブルは、「はやぶさ」にかなりのダメージを与えた。それでも、「はやぶさ」は還ってくる。


「今飛んでいる探査機が最優先」

 前回のイオンエンジントラブルのように、クリティカルな場面を幾度も迎えた「はやぶさ」のミッション。たとえば緊急対策会議ということになれば、各チームの担当者や運用関係者は急遽呼び出しを受け、全力を尽くすことになる。


矢野 スーパーバイザーとして、1運用1日と考えると、この7年間でのべ180日くらい、絶対量で半年くらいは「はやぶさ」と通信している時間をおくったと思いです。あらためて考えると結構長い時間ですね。


安部 スーパーバイザークラスの人、姿勢系や軌道決定、電気推進担当者、そして学生当番さんに、アンテナを見るとかコマンド打つといった運用支援の方を含めて、急に召集がかかることもあります。皆さん都合が合わないにしても、「夜ならなんとか」ということになれば、「今日は夜9時から会議やるよ」とか、土日にも召集されることはありますね。

 クリティカル時になれば、電気推進や軌動の方は自宅呼び出しもあったと思います。携帯電話で呼ばれてすぐ来てくれ、とか。そういう意味で、いつでも戻ってこられるようにしないといけないという気持ちはありましたね。

 電気推進の人たちは、運転中はずっとそうでしたし、我々も探査機がイトカワに滞在している間は、そういう感じでした。それぞれ自分の持ち場があって、自分の責任に関係するときには、常に探査機の情報をチェックして、いつでも駆けつけられるように待機しています。

 ただ、どうしても出席が必要な会議や、学会で自分が発表する際には離れざるを得ません。その場合は、何かあったら必ず誰か代わりに出てくれるよう手配したり、学会の発表に代役を立てたりする。さすがにまったく出席できないということはありませんが、うまいやりくりは必要ですね。

 探査機はいつ何が起きるかわからないので、優先順位はやっぱり探査機ですよ。もちろん、次の探査の準備であるとか、ほかの探査機の運用が重なる場合もありますが、今飛んでいる探査機、今クリティカルな探査機、それが一番優先度が高いので。

 ほかの人に「すみません」と言えば皆さん理解してくれる、そういう共通認識はありますね。障害時にしても「今はこういうフェーズなので、何があるかわかりません」とお願いするわけです。

 それでも帰ってこれるという希望がある限り、我々はいつも諦めないという立場でやってますから、日々の生活がタイトになってしまうのはしょうがないと思っています。


吉川 家族はもうあきらめてるみたいです(笑)。やっぱり、探査機ミッションは生活が不規則になりますしね。

 私はもともと天文学関係にいましたから天体観測をやるのですが、こちらは昼夜が逆転するだけで不規則というわけではない。

 一方、探査機は軌道に応じて運用だけでも昼だったり夜だったり、かなり変わるんですね。何か事が起こればただちに詰める必要もある。

 天文ミッションならば、打ち上げ後は地球の周りを回ってどんどんデータが来るからいいのですが、惑星探査は行くまでも長いし、還りも長い。実際のデータを取っている時間より、往復の時間のほうが長いので運用が大変ではありますね。


齋藤 タッチダウンフェーズのとき、私は体重が3ヵ月で12kg減りました。食べて、飲んでいてもそうなんですよ。同じような方はほかにもいらっしゃいました。精神的な重圧としか言いようがないですね。


NASA時代の同僚は、不可能だと思っていた

矢野 NASAと比べると、日本の惑星探査の世界は絶対数とコミュニティの層の厚さがひと桁以上違います。ですから日本のほうが個人の責任と負荷が高いとは言えるかな。物量で勝てるところもあるから、それがベストのシステムを作ればいいんですけど、日本の惑星探査というのはそういったやり方ではありません。

 NASAができない、怖くて手を出せないようなことにどう切り込んでいくかを考える。NASAがやったことを10年後に後追いするとか、世界で2番目、3番目だけど、そのぶん少し性能がいいとか、そんなことをやっていたらぜんぜん追いつけないですよね。

 「はやぶさ」が世界で評価されてるのはまさにその点で、NASAからすれば『できるわけないだろう』と思っていたわけです。昔の(NASAの)同僚などからも、やんわりとですけどそういう意味のことを言われました。「まあがんばってね。Good Luck」「良い写真ができたら送ってくれよ」なんてね(笑)。

 NASAだったら、深宇宙に行って、小惑星を探査して、物を取って還ってくるなんて、3つか4つのミッションに分けますよ。そしてそのひとつひとつに日本の3倍くらいの予算が付くでしょう。傍から見れば、この人数、この金額で、これだけのことを直列につなぐなんてクレイジーだと。

 大企業とベンチャー企業みたいなものですよね。ベンチャーが大企業のまねしても勝てないし、大企業がベンチャーのまねをする必要もない。目標は同じでも、手法や切り口は変えないと、ということは凄く感じました。

 宇宙研、JAXAのやり方だと、サイエンティストは机に座って論文を書いていればいいというわけにいかない。それだと物は宇宙に飛ばないので。欧米的な科学者の生活にはなかなかなれません(笑)。

帰還に向けて。イオンエンジン最後の活躍――2010年3月

 2010年3月27日、イオンエンジン連続運転、第二期軌道制御が終了する。これによってイオンエンジンでの当初予定はすべてクリアしたことになる。

川口 去年夏くらいからエンジンはだいぶ調子が悪くて、どうやったら生き延びられるかということばっかり考えていました。結局あまり保たず、11月に寿命が来てしまったわけですね。実は夏ごろから現在のスペアタイヤ運転というか、クロス運転について意見としてはだいぶ話をしてたんですよ。

 ただ、生きて動いているエンジンがある以上はそれが優先なので、新しい運転方法というのは「“それ”が起きてから最後の手段だね」とは言っていた。最終的には“それ”が来てしまいましたけど。“あとわずか”と“実際にたどり着けた”というのは、決定的な違いだと僕は思うんです。だから、たどり着くということにこだわらなければいけない。


國中 イオンエンジンとしてやらなければならないことはやったので、大変誇らしいと思ってます。ひと区切りとしては、僕らとしてはやったかなと。


はやぶさの成功で世界中が小惑星探査ブームに

川口 基本的にイオンエンジンって手間かかりますねえ。これはまだまだ開発途上だという気がします。

 本格的に使うには、手放しで運転できるようになってないとね。まだまだ実用には……と言ったら國中さんには怒られるかもしれないけど。

 でも最初だからいいんです。今まで、イオンエンジンはずっと開発されてきましたけれど、補助エンジンで使っているだけでした。惑星間の航行に使うのがふさわしいのだということを今回「はやぶさ」が示したわけです。

 そういうことに気付かせたというのはいいな、と僕は思っているんです。「エンジンを使って航行している」という気がするでしょ? ほんの少ししか軌道は変わってないんだけど(笑)、エンジンを使って航行しているというのはやっぱり違いますよ。そういう意味では、世界中に影響を与えていると思います。

 NASAだって今、有人の小惑星探査を提案しています。「はやぶさ」が飛ぶ前は、有人小惑星探査なんて誰も言ってなかったことを考えると、結局影響を与えているんですよね。小惑星に対する宇宙探査、それに火をつけているのは「はやぶさ」ですよ。


ついにここまで……「はやぶさ」、再突入へ――2010年4月

 2010年4月、オーストラリア政府は「はやぶさ」再突入カプセルのウーメラ制限地域への進入を了承。「はやぶさ」は時速1万8000kmという高速で地球へ接近しながら、イオンエンジンを使った最終段階の精密誘導を開始した。当初予定では、この誘導(TCM)は化学エンジンを使って行なわれるはずのものだった。


的川 イオンエンジンを使って精密誘導をやるというのも、本来は鉈でヒゲを剃るようなものなんですけどね。


國中 ケミカル(化学エンジン)が使えないのでイオンエンジンで精密に誘導しなければならない。この先も大変だなとは思います。ここからは、エクストラ、エクストラ、エクストラサクセスですから、まあがんばってやるしかないですね。


カプセル再突入は、分の悪い勝負

川口 カプセルの再突入ってそんなに簡単じゃないんです。カプセルの再突入自体が当初計画(4年間)で五分五分の勝負。実際はもう3年余分に飛んでますから、いろんなところが動かないかもしれない。カプセル切り離しの部分ひとつとっても、ちゃんと動いてくれるかどうか。

 だから、カプセル全体が再突入して回収できるとなったら、どういうかたちであれ大成功だと僕は思います。ちゃんと試料回収を……という人がいるかもしれませんが、それは高望みですよね。実力をよく考えてみればわかる。まあ4:6、3:7くらいでだめかもしれない。それぐらい大きなジャンプなんですよ「はやぶさ」は。

 再突入の技術もそうですが、今後サンプルリターンをやるにしろ、先の将来……もっと大型の探査機を打ち上げたり、宇宙船が太陽系を動くようになってきたときに必ず要る技術なんですよね。どこかで開発しなければならないので、これをやっているわけです。

 こだわっているのは、新しいこと。地球を回る軌道から降りてくる、なんてのは全然興味ない。「はやぶさ」が目指してるのはもっと高速の再突入です。


國中 再突入まで残り200時間弱、全体の航程からみれば0.5%程度ですが、大変難しいオペレーションです。累計4万時間くらい運転してきて、各スラスターもだいぶエンドオブライフと言いますか、寿命が切れつつある。本当にどうなるかわからない。

 これまでのオペレーションでは、最後につじつまを合わせればいい、何かエラーがあっても次の1ヵ月でまた修正すればいいので、サイクルが非常にゆったりしていて比較的アバウトな軌道修正でも特に問題ありませんでした。ノルマはノルマですが、それほど厳しい要求ではなかった。

 でも今回の場合は、もうお尻が6月13日と決まっていますから、1時間単位で推力コントロールをしていく必要がある。積分値の軌道変換量、デルタVを管理して運転していかないといけない。かなり厳しい、難しい運用です。


「はやぶさ」は、帆掛け舟+モーターボート状態

川口 それに重病人というか……精密な姿勢制御をするためのリアクションホイールが3台のうち2台壊れている。化学エンジンはもう動いていない。今はなんというか、帆掛け舟みたいなものですね。

 太陽の光で片側のバランスを取っている。イオンエンジンを使って姿勢を制御してるのですが……ちょうどモーターボートの舵は壊れてるんだけど、スクリューは回っていて、どっちの方向に向けるかというのを、モーターボートのエンジンを上げたり下げたりして調整しているようなもの。

 それから、帆掛け舟として風の代わりに光を使っている。光そのものは一定の強さですから、バランスをとるのは難しくありません。そしてモーターボートのエンジンのように、向く方向と加速する方向を両方制御している。しかし片側に傾いているので、太陽の風を使って起こしながら飛んでいるという感じですかね。それなりに安定した飛行ではあるんですよ。難しいバランスですけど、それなりには飛んでいる。


的川 昨年の時点で、満身創痍の「はやぶさ」でも帰ってこれるようにコマンドを全部書き換えていますから、理論的には大丈夫なはずです。健全な身体であれば、成功の確率は高いだろうけど、いかんせんかなりボロボロになってますから、プログラム通りに身体が動くかどうかという懸念は大きい。みなさん、ほかにすることがないので祈るような気持ちですね。

本来30秒で終わったところを50時間かけて精密誘導――2010年5~6月

 5月27日、TCM-2が終了。地球辺縁部への誘導が完了した。さらに6月5日、TCM-3も終了。地球との距離は約360万kmとなり、オーストラリア ウーメラ制限地域への帰還が確実となる。

 TCM-3の噴射時間は、約50時間ほどであったが、プロジェクトマネージャの川口氏によれば、化学エンジンを使った噴射であれば約30秒ほどで終わったはずだという。運用計画やプログラムなどをいかに大きく書き換えての目標達成であるかが伺える。「杖をついた重病人」とたとえられる「はやぶさ」の状態ではあったが、案じられたイオンエンジンも安定して期待に応えていた。


再突入、それは「はやぶさ」本体も――2010年6月

 6月9日には、最後の精密誘導TCM-4が行なわれた。TCM-3で3~400km程度のエリアに誘導された「はやぶさ」は、さらに精度の高い誘導で予定地域にカプセルを再突入させるという。誤差1kmとのことである。そして、「はやぶさ」本体も突入して燃え尽きる。


可能ならもう一度、弾丸発射コマンドを試したい

矢野 2005年のタッチダウンのとき、もし弾が撃たれなかったとすれば、探査機には今でも弾が残っているわけです。もう一回、撃つコマンドを実行してみたいなとは思います。もっとも、今や「はやぶさ」は重病人で、弾を撃った衝撃でひっくり返ってしまうかもしれませんから、カプセルを離すまではできませんが。

 カプセルを離した後の残された時間で、5年前のことを確かめる時間があるのなら、私としてはやってみたい。もう確かめることは何もない、それでもまだ通信ができてコマンドを打てるタイミングがあって、なおかつプロジェクトがそれを許してくれればですけどね。

 それなりの重さがあるカプセルを離すと、探査機はふらふらになりますから、通信はあんまり潤沢にとれないとは思うんですよ。でも「はやぶさ」は1bit運用といって、通信の強度を見るだけで、どのくらいの周期でまわっているのか、どちらを向いているのかということがだいたいわかるんです。

 最悪の場合、撃ったというコマンドが帰ってこなくてもよくて、信号強度とふらつきの周期さえわかっていれば、タイマーで仕込んだ弾を撃つタイミングを境に「はやぶさ」のふるまいが変われば、それは撃ったんでしょうと。また、変わらなければ2005年のときにイトカワで撃っていたんでしょうと。

 この5年間に装置が壊れてしまったという可能性もありますから完全に白黒はつきませんが、やらなければ白黒つけられる可能性はゼロですから。

 サンプラーホーンという部分を担当してきて、7年間「はやぶさ」と付き合ってきて――みんなそうだし、開発を入れれば10数年の付き合いでもあります――ひとりひとりそれなりの決着の付け方がありますけど、カプセル担当とサンプラー担当は最後の日まで決着がつかないので。私も自分のなかで決着をつけたい。


分離後のコマンド実行は?

 2010年6月13日、はやぶさの再突入カプセル切り離しから、通信途絶となる22時28分30秒まで、航法カメラONC-Tによる地球撮像が試みられていたことは、速報でもお伝えした。

 大きく乱れた姿勢を立て直すため、キセノン生ガス噴射と残り1基のリアクションホイールによる制御の結果、時間はかかったものの、地球を捉えた画像を残している。

 このとき、ほかの機器は動作しなかったのだろうか。インタビュー中で矢野氏が希望していた、カプセル分離後の弾丸射出コマンドは実行されたのか? 6月14日午前0時、帰還直後に行なわれた記者会見にて、プロジェクトマネージャの川口淳一郎教授に伺った。


――最後にいくつかの機器の動作確認をされたということですが、それはどういった内容ですか?

川口 レーザー高度計の電源をもう一度入れて、レーザー発光させてみるというのがあって。やってみましたが、時間がなくて温度を上げられなかったので無理でしたね。

――プロジェクタイルの発射をもう一度やってみたいというお話があったそうですが。

川口 カプセルを分離するとき、火工品をふたつくらい動作させてるんですよね。火工品が長時間経っても動作するかについては、それでわかりましたから、あえてそれ以上無理する必要はないわけですね。

 そしてカプセル分離後は姿勢の安定に時間がかかったので、そこで撃ってしまうと、ひょっとしたら電力不足で死んでしまう恐れがあったので、自殺させることはないと。


 というわけで、どうやら弾丸発射コマンドの再実行は行なわれなかったようだ。ただ、カプセル分離の過程において、打ち上げから7年経った火工品が動作したことは、今後のサンプラーホーン開発にとっても明るい材料だったといえるのではないだろうか。

回収隊が直面するのは、宇宙経由の輸出入――2010年6月14日~

 すでに再突入カプセル回収隊がオーストラリアへ向けて出発している。NASAの協力も得て、ただちにカプセルを見つけ出し、持ち帰るための約40人体制だ。


ミクロン単位の“何か”があれば解析可能

的川 試験探査機としては十分働いたと思っています。プロジェクト開始当初、ここまで最後の局面までくるとは予想していませんでした。しかし、みんな非常にがんばってよく来たなあというのが実感ですね。世間的には「ここまできたら最後まで」という期待が大変大きいので、チームの連中もそういう想いでしょうけれども、できるだけがんばってほしい、最後までいかなくてもいいからがんばれと。正直そんな感じです。


齋藤 今の分析化学の水準から言えば、もう本当にミクロン単位のものが一個あるだけでも十分にデータは取れる、研究はできるんですよ。だから、そういうものひとつでもいいから入っていてほしい。そういう気持ちはありますね。隕石の研究者としても、何が来るのか興味あります。開けてみてのお楽しみ。


矢野 私は、回収作業ではふたつの役割を担っています。まずは本体の方角探査。落ちてきたカプセルが出すビーコン、電波を捉えて三角測量を行ないます。全4局に分かれていて、その4局の情報を一カ所に集約する「本部リエゾン」を担当します。これは、カプセルが落ちるところまで。

 ふたつめは、こちらがメインなんですけど、私はもともと藤原先生の助手でしたから、カプセルを相模原キャンパスのキュレーション施設まで持って行く輸送班の責任者です。

 輸送の箱を準備したり、ちゃんと洗浄して窒素を充てんした箱に入れて持ち帰る。カプセルが正しく切り離されていない場合は、安全化処理をするといった作業を見守ります。専用機にも同乗し、日本から陸路の輸送にも付き添います。

 そしてカプセルが落ちた場所の環境計測ですね。万が一、カプセルが開いていた場合、どんな環境に落ちて、どんな地球の物質で汚染されたのか知っておく必要がありますから。砂漠の砂を採取したり、温度・湿度を計測したり。

 それと、ウーメラでは組み立て式の簡易クリーンブースを作ります。それを組み立てて、清浄にし、道具も全部洗浄してリハーサル。そして1時間でも早く相模原のクリーンルームへ。現地では休みなしですね。


國中 今の私はイオンエンジンの担当というよりは、カプセル回収のほうのとりまとめが忙しくて。仕事の種類が全然違うものですから……。

 イオンエンジンは学生のころからずっと20~25年作っているものなのでプロフェッショナルだと思っていますが、カプセルの回収はまったくの素人(笑)。とにかくすべてが初めてのことなので、その手続きを準備することで手いっぱいですね。このあともどうなることやらさっぱりわからないので、なんか本当に、不安、不安だけです。


安部 國中先生には非常にご迷惑かけてしまって(笑)。通関とか検疫とか難しい法律の手続きを、先生が一手に引き受けている状態です。

 我々はあまり気にしないで、オーストラリアに落ちたカプセルをこういった制限のなかで持って帰りたいと要望を出すんですよ。たとえば、直行便でできるだけ早く持ち帰りたいとか、地球の大気に触れさせたくないのできれいな窒素のガスで封入して、場合によってはガスを流し続けながら帰りたいとか。これはあきらめましたが。

 それだけでなく、回収したカブセルにオーストラリアの土が混入して訳がわからなくなる恐れもある。そこで土も参考として持って帰りたいなんていうリクエストもある。すると、土は検疫の問題があるので、特別な許可をもらうわけです。

 さらに民間機でいくつもの空港を経由しながら行くと、高度の変化に伴って、気圧の変化で箱の中の空気が呼吸しちゃう。それはよくないのでできるだけワンフライトで行きたいということで直行便を手配する。

 しかも民間空港から飛び立つと回収地点から距離があるので、ウーメラにある空軍基地から飛び発つわけです。普通の出国手続きはできないところですから、オーストラリアの通関の方に来てもらう。そんなお願いまでしてるんですよ。それを國中先生が前面に立って手続きや交渉を行なっているわけです。國中先生がいなかったら何もできないです。非常に感謝しています。


はやぶさのカプセルはちょっとした浦島太郎なんです

國中 意外なことに、「はやぶさ」の再突入カプセルは、輸出入扱いになっちゃうんですね。日本からロケットで打ち上げて、法律のない宇宙に飛ばして、それがある日突然、オーストラリアに輸入されるんです。

 で、オーストラリアで手続きをして、もう一度日本へ飛行機で輸出入する。宇宙経由の輸出入というのはほとんど前例がない上に、出発したのは7年前(笑)。宇宙に行っちゃったきりならいいんですけど、なんだか浦島太郎みたいなことになっちゃうんですよ。

 矛盾点がたくさんあってなかなか整合がとれないんです。それをなんとか矛盾がないように理由や理屈をつけて、法を順守するように焼きなおさないといけない。それってすごく難しい。僕らはそのプロフェッショナルではないので……。その整合性を調整する膨大な仕事がある。役所に行って、説明して、向こうの役所の理解をこちらも勉強しないといけない。

 結局はどんなことなのか、我々も実際にやってみないとわからないようなこともあります。日本には、特殊品として再輸入します。手続きの時間も膨大にかかりますね。カプセル自体は、貴重な科学の材料を含んでいるので、一分一秒を惜しんで日本に持って帰ってくるように手続きしてますけど、本当にわかりません。やってみないと。

回収から始まる、さらなるミッション

 回収後のカプセルは、ただちに直行便で日本へ搬送。JAXA相模原キャンパス内の専用キュレーション施設にて開封、試料採取の結果確認と分析がスタートする。確認だけでも数ヵ月、初期分析には1年を要するという、息の長い「ミッション」がこれからも待っているのだ。


藤原 日本へ持って帰ってきた後のサンプルを処理と初期の分析をやるための分析施設を作る必要があったわけです。それに関する話はずいぶん前からやっていましたね。日本国内の分析科学者をいろいろ集めて、どういう風にあるべきか、ということを議論しました。

 早い時期から、今はもうリタイアされた久代先生に委員長になっていただき、本格的にやり始めて、施設の建設が本決まりになったのは「はやぶさ」が飛んでからです。

 最初の1年間に行なう初期分析はどのようににやるか、ということも散々議論しました。まずは限られたメンバー、チームで分析して、最初のキャラクタリゼーション、たとえば色や、重さ、大きさがどれくらいとか、メジャーな元素はどうかなど、基本的な分析を行なおうと。その結果を全世界にアナウンスする。

 それに基づいて世界の学者が、テーマを決めて、「こういう分析をやってみたい」というのを公募するわけですね。それに対して、審査委員会を作って審査して、サンプルを分け与える形にしようと。

 ただ、期待していたほどの量は取れなかったと思うので、それではどのようにするかということが、今は議論されてると思います。「はやぶさ」プロジェクトにはキュレーション施設建設の予算などは全然入っておらず、後からとったわけです。

 弾丸を撃てなかったのではないか、一時は帰還も危ないのでは、というときには、分析施設もだめだねということになりかけました。その辺りの事情をJAXAの上層部に説明しに行ったりもしました。


採れているに越したことはないが

 この記事が掲載された時点でも、サンプルの有無やその量はまだ完全に明らかにはなっていないはずだ。しかし、入っていなかったとしても、それだけで成功/失敗が決まるものではない。「はやぶさ」ミッションの意義はそんな小さなものではない、ということを今では多くの人が理解している。


的川 そこはいろんな評価があってしかるべきで、アポロ計画のようなプロジェクトでも、「あんなにお金使ってまで行く必要はなかった」なんていう人もいるくらいです。

 「はやぶさ」という計画自体は、工学実験探査機という位置づけですから、小さな天体に行ってサンプルを採ってくる「技術を養う」ということですから。そのノウハウが、日本にしっかり定着すればいいのです。

 そして「はやぶさ」2号機のようなものをやったとき、もっと確実に習得できればいい。はからずも、試験探査機でここまでやるとなると、うまくいき過ぎたくらいだと私は思いますよ。

 サンプルは、もちろんあるに越したことはないですが、あればもう試験探査機の域を越えた大成功になるので、私からすれば(サンプルが入っていなくても)次にこうすれば採れるね、とチームに対しては言ってやりたいですね。

 技術的にも大変チャレンジングな仕事でした。どんどん高いものを求めて挑戦していくということが、結果として日本の若い人たちを育てるためには良かったと思います。

 「はやぶさ」チーム自体は、プロジェクトマネージャの川口も私よりひと回り年下ですし、大学院の若いころからよく知っています。私からすると、一世代下の人たちが、現場のミッションを懸命にやっているというイメージだったんです。

 私は、ど真ん中からは少し離れたところで応援していたという感じ。直接取り組んでいる人たちは、ミッションそのものをがんばるので手いっぱいですから、世間・マスメディアなど外の人たちとチームとの橋渡しのようなことをやっていたわけです。たとえば、「星の王子様に会いにいきませんか」キャンペーンですとか。一般の方々が「はやぶさ」プロジェクトに参加するための手段だったので、海外の方々も含めて、いいつながりができたなあと思います。

 宇宙科学のミッションにもいくつか種類がありますが、たとえばお月さまは2~3日あれば行けるようなところなので、木星とか火星とか、遠くの天体へ行く練習をするのにはもってこい。だから将来は拠点を作る、そこに住むという仕事もある。もうひとつは「はやぶさ」のように、大きな冒険をし、新しい技術の高みを目指す。

 どちらも宇宙計画にとっては大事なことです。「はやぶさ」のように苦労しながらも高みを目指す仕事で、今回日本がこの分野で世界のトップに躍り出たので、あまり時間を置かずに、次へ進んでいくミッションが作られることが望ましいと思いますね。「はやぶさ」を通じて作り上げてきた若いエンジニアの力を、もっと先へ延ばして、世界でもっと大きな貢献ができるように。


カプセル回収に成功――日本酒贈呈も

 「はやぶさ」帰還の興奮冷めやらぬ6月14日午後、オーストラリア ウーメラと中継を結んで、再突入カプセル回収についての記者会見が行なわれた。見つかったばかりのカプセルの状態が良好であるらしいこと、カプセル保護素材 ヒートシールドも早々に発見されたことなどよい知らせを得て会見は和やかに終わり、その後小さなイベントが行なわれた。

 ISASの科学衛星には、煙草や酒のラベルをもじって「性能計算書」の表紙絵を作る洒落た歴史がある。性能計算書とは、打ち上げ直前に作成される、ロケットと衛星の軌道計算に関する書類。その表紙でまさに打ち上げられんとする衛星の目的や特徴を、ラベルデザインを活かして伝えるのだ。

 「はやぶさ」の場合、佐賀県嬉野市の酒造メーカー 井出酒造が作る清酒「虎之児」のラベルを元にしている。「近傍 小惑星 探査」「此機宇宙翔千里」「回収は4年経ってから 開栓には十分注意して下さい」といった遊びが随所に散りばめられ、酒造メーカー名はプロジェクトマネージャの氏名をとって「川口酒造有限会社」となっている。

 打ち上げから7年、この「虎之児」ラベルは2度改訂され、回収までの年数が7年に改められるなど「バージョン3」までが作成された。記者会見後に行なわれたのは、バージョン2ラベルを貼った「虎之児」特別限定版の贈呈。送り主はもちろん、井出酒造である。

 順調に進むカプセル回収に、会見中も終始喜びをにじませていた川口PM。祝いの酒のプレゼントにも嬉しそうであった。


次回予告!

 「はやぶさ」チームに与えられた「真田さん」の称号。中の人たちは、こうした評価をどう思っていたのか。「はやぶさ」プロジェクトの広報活動全般について聞いてみた。そして、「はやぶさ2」と次代の宇宙開発について、メンバーはどんな想いを抱いているのか。


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