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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第6回

ボイジャー萩野氏に聞く

iPhone/iPad規制と、これからの電子書籍

2010年06月15日 09時00分更新

文● まつもとあつし

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図書館の電子アーカイブを利用した有償配信(貸し出し)は、国立国会図書館長 長尾真氏が提唱する、いわゆる「長尾モデル」が議論を呼んでいるところだ(画像は文化庁「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」における長尾氏提出の資料より抜粋)

全世界の書籍の70%が絶版

――国立国会図書館の長尾館長が提唱するいわゆる「長尾モデル」に対しても、出版社側から、ビジネスモデルを浸食するとして異論が挙がっていたりします。

萩野 それは「冗談言うな」と(笑)。出版社が絶版にしてしまった書籍を図書館は収蔵して読者に提供し続けているんです。

 世界の書籍のうち、20%がパブリックドメイン、70%が絶版といわれています。つまり残りの10%しか出版社は流通させていない。仮に現在絶版だが半分は文庫化などで再活用のチャンスを伺っているとしても35%は完全に死蔵している。

 もし、アクティブな10%のビジネスを図書館が電子化によって浸食するとしたら、それは咎められるべきでしょう。たとえば、村上春樹の『1Q84』をバンバン配信し始めたらそれは拙いというのはわかる。でも、そうじゃないんです。出版社がビジネスを放棄してしまったところを図書館が補ってくれていることは認めるべきです。


――まさにGoogleブック検索がそうですね。絶版の作品に光を当てる結果になっている。

萩野 Googleが主張しているのは、いわゆるオーファン(孤児)=著作権は期限切れを迎えていないが、権利者が誰なのかを同定できない(帰属先を辿れない)もの、これについては申告を行なえということですね。それまではフェアユース(公正な利用)として、著作権者の許諾なしに利用させるべきであると。


「リストラなう」と電子書籍部門の創設ラッシュ

萩野氏「新しいメディアでは新しいプレイヤーが活躍するのが自然でしょう」

――先ほど、著作権の保護水準の均衡点を探る過程という話題に触れました。実際、権利者、つまり日本の場合は出版社の動向が注目されていますが、彼らはどうなっていくのでしょうか?

萩野 「新しいメディアは古いメディアに擬して出てくる」というマクルーハン(Herbert Marshall McLuhan:文学者・文明評論家)の言葉があります。古いメディアは新しいメディアに乗っかろうとする、そこで自らの権利を拡張しようとするわけです。

 でも、僕はそんな企てがうまくいくはずはないと思ってます。新しいメディアでは新しいプレイヤーが活躍するのが自然です。

 「リストラなう」というブログが話題になりましたよね(笑)。また、某社が大量に早期退職を募り、そして電子書籍の部門を立ち上げたということも今の状況を象徴しています。しかし、そんなのうまくいくはずはない、そんなに甘いものじゃないと言いたい。

 私は「電子書籍元年」という言葉を聞く度に、冗談じゃないと思うんですよ(笑)。僕たちは、今のようなブームが始まるずっと前からこの分野に取り組んできたんです。もし今が元年というなら、紀元前はもっと素敵な世界だったんだぞと言ってやりたい!


――出版社の機能が細分化されて、書店流通、つまり取次営業の機能が縮小される一方で、書籍の販促やマーケティング、著者自身のプロモーションといった部分の機能が大きくなるべきという指摘もあります。

萩野 それはもう出版社の皆さんで考えていただければ……というのは冗談ですが、たとえば、かつて移動手段の花形であった馬車は今でも観光目的で使われていますが、通勤に使う人はもういません。そして印刷会社よりも大きい出版社はないわけです。それが現実です。

 変化が起こっているなか、それにどう対応できるか、すべきかは、出版に関わる人であれば、それを考え選択するインテリジェンスや経験は持ち合わせていると信じています。

 まあ、一方で人間は温かい布団からはなかなか出られない生き物でもありますが(笑)、これは電子出版に限らず、産業が転換するときに必ず出てくる議論ですね。


萩野氏「気長に、しかし着実に取り組むべき」

米国の大手書店チェーン「バーンズ・アンド・ノーブル」では、IT業界出身の新CEOの下、電子書籍の隆盛に備えてビジネスモデルの変更を進めている

――20年間の取り組みも踏まえた萩野さんのお話は、筋が通っていてわかりやすいと思います。しかし、業界内ではいわゆる「ポジショントーク(自分の立場に有利な見通しを述べる)」をする人も多いのもまた実情です。

萩野 客観的・論理的には明快な状況であり、一方で自分の立場、主観から見ると靄が掛かりやすいのがその理由でしょう。けれども、そんなことをしている間にロジックでビジネスを進める米国はどんどんビジネスシステムを作り上げている。

 たとえば、バーンズアンドノーブルが進めているような電子的な「貸本」。そのための技術開発が進んでいる。日本のいくつかの出版社が反対を唱えている間に、内外の技術格差はどんどん開いてしまっているわけです。これは国益を損なっているといわざるを得ません。

 僕が主張したいのは、「参加したくなければ参加しなくて良い」ということです。やりたい人がやればいい。そのための仕組み作りを止めてはいけないんです。

 でも、参加しないで様子見を決め込めばどうなるか? プレイヤーががらりと入れ替わる、ということです。


――電書協(電子書籍出版社協会)がiPad向けにビューワアプリを提供する、という発表がありました。Sony Readerの日本進出も計画が見えてきている状況ですが、そこでの取り組みの姿勢・本気度が問われるということになりそうですね。既存の仕組みを維持するための後ろ向きな取り組みであってはならないと感じます。

萩野 まだ各社・各陣営とも具体的な動きを見せていないので、これからが勝負であり、現在は見極めの段階でしょう。

 我々も20年やってきましたが、気の長い取り組みが必要です。一番保守的なのは“人の心”だと思うんですよ。これはなかなか一朝一夕では変わらない。

 インターネットのおかげでさまざまな情報に触れることが可能になり、これまで流通できなかったような規模のコンテンツでも流通できるようになりました。インターネットの仕組み自体は10年以上前からあったんです。けれどもそこに皆が慣れ親しむにはこれだけの時間がかかった。

 その10年を経て、「本(紙)」だけが生活の中で「切り離されている」ということに思い至ったのが、ようやく今現在ではないでしょうか? 日中はパソコンや携帯電話で情報を得ているなかで、家に帰って寝床で寝る前の数十分だけ本を読んでいる……これは不便だ、親しんでいる(普段もっとも使っている)電子端末で読みたい、というところにようやく至ったということなんだと思いますよ。


著者紹介:まつもとあつし

ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環修士課程に在籍。ネットコミュニティやデジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆、ゲーム・映像コンテンツのプロデュース活動を行なっている。デジタルハリウッド大学院デジタルコンテンツマネジメント修士。著書に「できるポケット+iPhoneでGoogle活用術」など。公式サイト松本淳PM事務所[ampm]。Twitterアカウントは@a_matsumoto


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