ついにたどり着いた小惑星イトカワが「ラッコ」だった件について

文●秋山文野 撮影●小林伸ほか イラスト●shigezoh 協力●JAXA/ジャンプトゥスペース

2010年06月14日 12時00分

■前回までのあらすじ

 日本が検討していた宇宙探査ミッションが次々とNASAに取られてしまう……そんな危機感をばねに、工学実験探査機MUSES-C計画はスタートした。

 安全確実に、できるところまで技術実証をやればいい、そんなミッションでもよかったのかもしれない。「ただ、面白くないですよね」(プロジェクトマネージャ 川口氏)。100点満点で500点(!)を目指した探査機は無事に打ち上げを乗り越え、「はやぶさ」と名付けられることになった。目的地は、宇宙研の父の名にちなんで「イトカワ」だ。


「はやぶさ」始動――2003年5月

 「はやぶさ」に搭載された各種の観測機器や姿勢軌道制御装置、データ処理装置の機能の確認は順調に行なわれ、約9ヵ月にわたるイオンエンジン連続運転、加速がスタートした。4基のエンジンのうち、スラスタAは推力が安定しなかったため動作を停止。予備エンジンとして温存された。

 この当時、地上から目的地イトカワの観測も行なわれていた。「はやぶさ」が接近してイトカワの精密な観測ができれば、天体観測の技術についても大きなフィードバックが得られる。関係者の期待は高かった。このとき、地上から予測されていたイトカワのおおまかな形は、じゃがいものような形であった。


安部 小惑星というのは、毎年々々明るくなるわけではなくて、明るくなるのは何年かに一度。ですからそのときに集中的に観測しなければならないんです。

 たまたまイトカワは2004年に観測できるチャンスがあったので、そこで素性がわかると、「はやぶさ」の観測結果と付き合わせてフィードバックできる。観測という分野で探査に貢献できることに喜びというか、やりがいが一段と大きくなりました。


地球の重力を利用して加速、一路イトカワへ――2004年4月

 2004年4月、「はやぶさ」は地球に最接近し、主要ミッションのひとつであった重力を使った加速「地球スイングバイ」に挑戦。「燃料なしで秒速で4kmほどに相当する加速を一気に行なうことができる」という大きな力を得るため、「所定の地点を、位置誤差1km、速度誤差1cm/秒以内で通る」精密誘導を行ない、見事成功を収めた。

 イオンエンジンによる加速+地球スイングバイの成功は世界初の快挙だった。このとき、軌道の微調整には科学推進機関を、そして地球の影の通過時には日本初の宇宙機搭載用リチウムイオン電池によるバックアップ電源を使用している。どちらの機器も、このときは順調に動作していた。


画像は「鮮度が命だ!」

齋藤 地球スイングバイのときには、AMICA(マルチバンド分光カメラ)チーム総動員で、月の裏側や地球の画像を撮りました。画像はすぐ降ろして、ただちに解析、そして終了次第ホームページに掲載しました。「鮮度が命だ!」と言われて、撮影から最短2時間ほどでアップロードしたはずですよ。

 RGBの合成が必要なので結構手間がかかるんですが、運用室に自前のパソコンを持ち込んで急いで画像を作成し、寺薗君(元カメラ科学観測及び広報担当 寺薗淳也氏)と分担で僕が日本語の説明、彼が英語の説明をばーっと書いてね。僕らがそうやって、しっちゃかめっちゃかになってるときに、的川さん(JAXA名誉教授 的川泰宣氏)が後ろで「ほう、やってるねえ」とかにやにやしながらずっと見てて、運用室を出たり入ったりして(笑)。


イトカワってどんな天体?――2004年11月

 地上では、2004年11月に「第一回はやぶさシンポジウム」が行なわれ、国内外の研究者が集い、イトカワの姿、性質に対して議論を戦わせた。


国際シンポで予想大会!?

藤原 到着前に海外からも研究者が集まって、「第一回はやぶさシンポジウム」という国際シンポジウムを行ないました。その趣旨というのが、イトカワの地上からの観測データをもとに、理論屋さんも集まってどんな天体か予想してみよう、という試みだったんですよ。直前になっているわけですから、それが合っていても、間違っていてもすぐわかるわけですから、面白かったんです。

 大きさが500mほどだったこともあり、たいがいは隕石の大きいモノであろうという予想でした。形はある程度レーダーをもとにしたモデルが出ていたものの、かたまりはひとつかふたつ、そういうものかな、という感じはしてましたね。それからある程度大きな天体、たとえば月の表面だとレゴリスという砂状の物質があるんですけど、それはあまりないだろうと予測していました。そして表面はクレーターが一杯開いているだろうと。

 そういう意味では結局、合っていたのか間違っていたのか……どっちだろうなあ。

理学・工学を問わない協力体制が「はやぶさ」の強み

 航行中の「はやぶさ」の運用は、チームでの持ち回り制で行なわれた。「スーパーバイザー」と呼ばれるリーダーを中心に、10チーム程度が組織され、理学・工学問わず双方のメンバーが担当した。このような専門の枠を越えてミッション成功を目指すというスタイルは、宇宙研の文化のひとつだという。


スーパーバイザーとは?

安部 探査機というのは深宇宙という非常に遠いところにあるので、運用当番にはさまざまな仕事が待っています。実際にコマンドを打ったり、アンテナを動かしたり、データ解析やテレメトリの確認などなど。

 スーパーバイザーというのは、つまりその責任者で、その中のひとりを担当しました。各機器のPI、責任者クラス、そして姿勢制御、推進系などの責任者だった若手……私はもう若手じゃないですけど(笑)、そういった人たちにスーパーバイザーを任せましょうという宇宙研の方針があったわけです。私はたまたま近赤外分光器の責任者をやっていたので、選ばれました。

 だいたい1週間交代で、毎日6~8時間運用室にいるんです。アンテナが探査機に向いて信号を捉えられるところから運用開始で、アンテナの向きが変わって信号が捉えられなくなると終了。ただ、すべてのことを把握できるわけじゃないので、スーパーバイザーのやることは、その場にいて異常がないかモニタすること、各責任者が用意してくれたコマンドを確実に送信すること。そして、もし異常があった場合には、しかるべき担当者に素早く連絡して対応を仰ぐこと。

 こういったことが使命としてあるので、緊張はします。これが1ヵ月半から2ヵ月半ぐらいに一回のペースでまわってきて、それを2003年の打ち上げから7年間続けてきたということですね。


齋藤 私はスーパーバイザーではなかったのですが、AMICAチームのリーダーとして、カメラの運用を行なっていました。スーパーバイザーというのは、やはりそれなりのトレーニングを積んでいる必要があって、私の場合、二足のわらじからJAXAへ移ったのが2005年だったものですからスーパーバイザーを担当することまでは無理でした。

 それでカメラチームの運用ということになったのですが、運用室にはずっと詰めていて、姿勢や電源といった宇宙機の状況もずっと見ていました。そうやって状況を把握した上で、「この状況なら、ちょっとデータレコーダーを再生してもいいですか?」とスーパーバイザーにお願いするわけです。

 サイエンス畑の人間といえども運用を他人任せにしない、そしてサイエンティストが単なるお客さんにならないという点で良いミッションだったと言えますね。


矢野 天文学者にしても、隕石を研究するにしても、道具を知り尽くすというのがあると思うんです。世界で最も性能の高い望遠鏡や分析装置を持っていたとしても、世界一の成果が出るとは限らない。むしろ、それだけでは成果は出ないですよね。

 ノウハウを持ち、装置の癖まで知り尽くして、いざとなれば自分でチューンナップできるくらいでようやく、ほかの研究者が出せないデータが見えてくる。

 そういう意味では、必ずしも特殊な話ではないと思います。望遠鏡でも顕微鏡でも、世界一のデータを出す人は、すごく機械に精通しています。

 衛星を作っている人は工学者で、サイエンティストはお客さんというタイプのプロジェクトは、巨大な工学のゲタを履かないと世界一にはなれないと思いますよ。NASAだったら、層が厚いし予算も多いからそんなふうに完全分業できますが、日本の宇宙探査はそれほどの予算を割けません。ですから、本当にデータを出したいのであれば、機械のチューンナップのところまでわかって、初めて良いアイデアが出るのだと思います。

 逆に工学の人も同じで、「なぜ理学側からこんな要求が出るのか」ということがわかれば、「じゃあ、ここまではできるようにしてあげよう」と頑張れる。双方向なんですね。そうやってひとつのチームになっているのが「はやぶさ」のユニークなところ。

 学位を取ったのは理学であったり工学であるかもしれないけれど、プロジェクト内では、それはフラットであると。たまたまドクターを取った専門の枠内でアイデンティティを維持しなければならないなんてことはない。

 理学の人でもプログラムが得意なら参加すればいいし、工学の人でもサイエンスに良いインスピレーションを持っていれば、学術論文の共著者になれる。実際、僕はなってもらいましたし。それが宇宙の世界だと思います。


齋藤 私のいたAMICAチームの場合、一種の外人部隊というか、JAXAプロパー職員はほとんどおらず、外部の研究者が多い。そういった中でチームワークを作っていくためには、正直にざっくばらんにやるしかないと思いました。

 私は、AMICAという機械を作るところまではうるさく言いました。AMICA/ONC-T(望遠カメラ)は基本がナビゲーション用ですから、橋本君(姿勢軌道制御系担当 橋本樹明氏)とは、理学の側から「色フィルターを乗せてください」といった要求を出し、すり合わせを行なって仕様を詰めていく作業を続けました。

 観測が始まってしまえば、誰それにあれをしろとかは言いません。観測要求を出してくれればそれに応えて撮れるだけ撮るよと。データが上がってきて、サイエンスチームに渡したら、「さあ、このあとはもう好きに論文書いていいよ」って。

 「Science」発表のペーパーに関しては、チームリーダーとして僕も書きましたが、それ以外の論文に関しては好きなようにしていいと。野球の監督ならノーサインでベンチに座っていたようなものです。でもその自由度もあって、AMICAチームは、世界的にも評価される論文をかなりの数叩き出しました。良いチームメンバーが揃ってくれた、集まってくれたと思います。

2年20億kmの旅の果て「イトカワ」に接近――2005年夏

 2005年夏、いよいよイトカワが迫ってきた。7月~8月にかけては、搭載機器のひとつ「星姿勢計(スタートラッカ)」を使い、天体の画像をもとに姿勢を修正する動作にも成功。言うまでもなく、こうしたミッションのすべての段階が、先進的な試みだった。

 7月末には、3基の姿勢制御装置(リアクションホイール)のうち、X軸の一基が故障する。このときは、残り2基で機能は維持できていた。

 8月末、「はやぶさ」のイオンエンジンは往路の予定動作時間を達成。イトカワへ4800kmの位置へ迫る。9月からは本格的な理学観測もスタートし、プロジェクトメンバーは徐々に大きくなるイトカワの画像に見入ることとなる。


イトカワの第一印象は?

吉川 ちっちゃい点だったイトカワが、だんだん大きくなってきたときが最初の興奮でしたね。徐々に細かいところが見えてきて、じゃあどこに着陸しようかとか、本当に議論だらけでした。


藤原 実物を見たとき、僕が一番びっくりしたのは、「小さいくせに丸っこい形してる」ということ。それから、密度が低い。1.9g/cm3(立方センチメートル)かな。普通の石なら2.5~3.6g/cm3くらい。また、クレーターは見かけも少ないし、その縁もはっきりしていない。そのあたりが予想とちょっと違ったところでありました。


齋藤 イトカワのゲートポジション到着が9月12日で、その数日前からだんだん大きく見えてきたわけですけど、私の第一印象は「箱庭」。小さいところにさまざまなバリエーションがあって、見ていて飽きなかったです。小惑星にあれほど複雑な地形があるなんて想像外でした。非常に面白かったです。


「はやぶさ」の目が捕らえたイトカワ

 そして9月10日、イトカワまで30kmの距離から撮影した画像。後日、「ラッコ」の愛称で親しまれることとなる一枚だった。


ラッコの落書きには意外な効用が

藤原 「Science」の論文には、ちゃんとSea otter、ラッコって書きました。これはお遊び一辺倒というわけじゃなくて、場所を示す場合に便利なんですよね。「ちょうど首のあたりに~」といった按配で説明できる。


齋藤 目鼻を付けたバージョンを作ったのは誰だったかなあ。メーカーの方、それとも、今は会津大学にいる平田君かな。誰ともなしにラッコって言い出したんですよねえ。ラッコだったらヒゲ書いちゃえ、おなかの上に貝置いちゃえって。

ついにイトカワ到着!――2005年9月

 9月12日には、イトカワから約20kmの位置(ゲートポジション)で「はやぶさ」は静止した。ここまで来ると、地球と通信を行なうには、往復40分以上の時間がかかる。地上からの誘導によって移動することができないため、「はやぶさ」はカメラやレーザー高度計のデータに基づいて、自律的に判断しながら接近していった。こうした自律制御を成功させたのも、「はやぶさ」の快挙のひとつである。

観測スタート「早く形出せ」

吉川 初めてこんな間近でみる小惑星に驚いたわけです。クレーターがたくさんあるだろうと思っていたわけですけど、実際はクレーターなんか目立たなくて。一番困ったのは表面が思ったよりデコボコしていて、着陸する場所がない。非常に面白いんですけど、ミッションを遂行する上では「いったいどこに着陸しましょうか」と。いくつか候補があって、ひとつはミューゼスの海。それからラッコのお尻の部分(ウーメラ)ですね。

 それからサイエンスのデータ、写真、赤外線、いろんなデータがどんどん入ってきて、各チームが解析室に詰めるという状況になりました。このときはあくまで観測であってクリティカルな状況ではないので、臼田で交信できる計8時間しか運用していませんでしたから、その間にデータも降ろすし、運用もすると。かなり忙しかったですね。

 サイエンスのチームは、まず撮ったデータをざっと見て、そこで新たに別の観測が要るとなったら、すぐほかのチームと連絡を取り合って動かなければならない。一方でデータの解析も進める必要がある。じっくりと解析するのは後からだと。


齋藤 「はやぶさ」からの画像は、定量的なものはカラーのちゃんとした画像が必要ですから、可逆圧縮形式で1MB以下、10bitで落とすのに1枚20分くらいかかったかな。公開されているモノクロの地形画像はJPEGで300KBくらい、8bitで数分で落ちてきますね。そのへん、うまく使い分ける必要がありました。

 通信リソースのほとんどは、カメラからの画像を落とすのに使っちゃうので、周りの人には相当気兼ねしないといけなかった(笑)。そうはいっても、観測にしても、運用のためにしても、おおざっぱでも形をきちんと割り出さないと着陸地点も決められないわけですから、まず「早く形出せ」と。

 当時、宇宙研でポスドクをやっていた石黒君と一緒に毎朝、入感する前に「今日はこれと、これと、これをやる」とコマンド作っていました。観測チームからの要望を受けて作ったコマンドをコンピュータに流し込んで、最終的には衛星回線から上げるわけですね。要望と言うのは「何時何分何秒に撮ってくれ」と時間指定で来るんですよ。

 撮り終わったら、今度は消感する前になんとかデータレコーダから再生してくれと。運用時間は8時間なんですが、イトカワ観測も後のほうでは、NASAのディープスペースネットワークも使って追加運用もできましたので、そちらのダウンリンクも含めてかなり撮らせてもらいました。これはかなりありがたかったですね。

 あと、ほかの機器ではどちらかというとデータをパッシヴに取りっぱなしのものが多いので、データを降ろしさえすればいいんです。それに比べてカメラの場合、狙って撮ってそれからデータを降ろさないといけないので、少々複雑というか手間がかかるんですよ。運用室には理学の関係者が一堂に会してますので、ほかの装置の担当者に「ちょっとこっちに時間くれないか」「これも混ぜてくれないか」と頼んでみたりして。

入感/消感

探査機からの電波が観測所に届くことを「入感」、探査機からの電波が届かなくなることを「消感」と呼ぶ。地球は自転しているので、日本の臼田宇宙空間観測所から「はやぶさ」を介して観測できるのはおよそ8時間しかない。その後、NASAが持つ海外の観測所を介しての交信もできるようになったので観測時間は飛躍的に伸びた。


安部 9月10日の前に、カメラのほうではイトカワが映り出していたのですが、私が担当する近赤外分光器――光、色を詳細に調べて物質がどういうものであるか調べる観測装置なんですが――は非常に視野が狭いんです。カメラではもう映っているのですが、分光器ではまだそれほどの精度がない。

 探査機の姿勢を制御するチームにもがんばってもらって、やっと捉えることができたのが9月10日なんですね。地上に降りてくるデータというのは、1と0。それをデコードして、スペクトルが見られるように変換するんです。何も写っていなければ宇宙空間だけのフラットな何もないデータ。それに小惑星が入ると、ある特徴をもった形になるんです。それが出てきたときはやった! って感じになりましたね。


齋藤 もちろん、共同観測というのも当然必要です。カメラは視野が広いですが、近赤外分光器(NIRS)などは視野が狭い。NIRSとAMICAの間で、アライメントというか、AMICAのどこの座標にNIRSが来るか、そしてNIRSがどこを撮っているのかをAMICAで確認しないといけないわけです。NIRSが観測しているときには、AMICAも同時に撮らないとその情報が渡せない。理学チームは、持ちつ持たれつで観測をやっていたんです。

 9月から10月にかけては、そういった感じでとにかく1枚でも多く写真を撮ることが重要でした。AMICAチームは日米合わせて30人以上いるんですけど、それぞれのメンバーから「ここを撮ってくれ」という要望が次々と来て、それに応えないと、みなさん良い仕事ができないのです。

「100点中200点とらないと、世間は納得してくれない」

川口 変な話ですけど、2006年1月に通信途絶から回復したときが一番嬉しかったかというとそうでもなくて、一番嬉しかったのは小惑星に着いたときなんですよ。本当は採点表の100点というのは、イオンエンジンが動けば達成なのですが、そうは言っても世間は納得してくれないですよね。

 ですから、納得していただける合格点として小惑星に着かなくてはいけないなと。イオンエンジン航法に成功して100点、イトカワとランデブーして100点。ここですでに計200点なんだけど、世間はここまでやってようやく100点と見るわけです。

 もともと、サンプルリターンをやるには、時期的に早すぎるんです。技術がまったくついてきてない、だから実証しているわけですからね。本当に最初から科学目的、サンプルリターンを掲げたら提案としては通らない、プロジェクト化されなかったでしょう。

 だってどこの国もやってないんですから。それを訴えて提案したところで、「できますか?」という質問が先に来ちゃいますよね。「はやぶさ」プロジェクトはあくまでもやったことのないことをやるための、準備なんですよ。それがいつからか、準備ではなくなってしまったので、困ったなと思っているのですが(笑)。

イトカワには内之浦もあるよ! 命名秘話――2005年9月

 9月22日、イトカワの表面地形に名前を付ける提案が行なわれた。当初の予想とは異なる部分もあったイトカワの様子だが、今後は地形を分類し、以後の着陸ミッションに向けた用意をしていくことになる。


藤原 到着したときに、みんな集まって宇宙研の食堂でお祝いをやりました。イトカワの写真を貼り出して、ここは内之浦、こちらは駒場、MUSES-Cという名前にちなんでミューゼスの海、由野台とかね。


安部 論文を書くときには、愛称でもなんでも名前を付ける必要があります。小惑星に限らず、天体の名称は何かにちなんでなければいけないので、イトカワの場合はどうしようか、という議論もあったりしましたね。

 最終的にその宇宙ミッションに関係するような地名ってことで、内之浦であるとかウーメラであるとか、そういう名前が付いたんですけど、我々のなかでは妖怪の名前とかでも面白いんじゃないか、砂かけばばあとかぬらりひょんとか、そういう名前を提案した人もいましたね。

 しかし、天体の地形の名前というのは基本的に国際天文学連合(IAU)に届けて承認してもらわないと最終的には正式名称にならないんです。でもまあ、ある程度のサイズ以下なら、愛称みたいなものは勝手に付けていいと。そこでイトカワ到着パーティの余興として、イトカワ画像を大写しにして窓に貼って、みんなで自分の好きな名前を書き込みました。

 消されてまた書き換えられたりして、結構面白かったですね。淵野辺とか相模原とか、おおすみ、薩摩とかメジャーな名前以外に、自分の行きつけのお店の名前があったり。好きなチームの球場の名前だとか。


齋藤 鴨居とかもありましたよ。NECの工場があったところ。IAUに申請したらだめなんだろうねえとは言いながら。


着陸計画始動!――2005年9月末

 9月30日、「はやぶさ」はイトカワから約6.8kmの「ホームポジション」に到着。イトカワ表面のより精細な観測を開始。表面から約3kmまで降下することにも成功した。しかし、同時期にY軸リアクションホイールが故障。残り1基と化学エンジンを使った姿勢制御に切り替えざるを得なくなる。

 そのなかで、リハーサル降下の日程は11月4日から、そして第一回着陸は11月12日に決まった。試料採取の要となるのは、「はやぶさ」本体から突き出した採取装置、サンプラーホーンである。


矢野 サンプラーホーンというのは、世界中でこれまで誰も作ったことのなかった装置ですから、さまざまなアイディアを集めて検討しました。

 トリモチのようなものでくっつける、マジックハンド式のシャベル、スコップですくう、ガスで吹く、ブラシでかき出す……いろいろありました。最終的には、イトカワ表面に弾丸をぶつけて舞い上がったものを、漏斗をさかさまにしたような形のもので採取することになりました。

 この方法が採択された理由ですが、まず探査機が小さいので重たいものは持って行けない。次に、計画ではサンプラーホーンは探査機が小惑星の表面に接触する唯一の部分だったわけですから――結果的には30分座ってしまいましたけど――もしも接触した瞬間に放電が起こるようなことがあれば、探査機の先端に電気部品やケーブルが存在すると、電流が探査機本体に伝わってしまう可能性があります。

 ここでブラシは先端に電気部品が必要だからだめだと。それから、接触時間が1秒しかない。あまり長く接触していると、作用反作用で自分の重心を軸にぐるっと回って尻もちついたり、ぶつかったりしかねませんからね。

 そういう意味では、サンプラーホーンは探査機の中心を貫く位置にあればよかったんですけど、その場合は探査機の奥深くにサンプルを入れることになってしまう。一方でカプセルは最終的に分離させるので外側に出しておく必要がある。さらに、試料を長い距離動かすわけにもいかない。せっかくのサンプルが途中で止まっちゃったら終わりですから。

 そうなると、探査機の重心から離れたところに1mのでっぱりを作るしかないので時間はかけられない。1秒間でサンプリングが終了する仕組みとなると、スコップなんかはその段階で落ちるわけです。こうやって工学的な理由で絞っていきました。

 「はやぶさ」は、500mしかない小さな天体、どんなに大きな望遠鏡で見ても地上からは表面がわからない初めての天体に3ヵ月だけ行って、初訪問でサンプルまで取ってくるわけです。多少想像はできますけど、サンプルを採取する場所が一枚岩なのか砂場なのか行ってみないとわからない。

 地球からは光の早さでも数十分かかるようなところだから、「もうちょっとこちらに」なんて微調整もできない。そして探査機が地球と通信せず自分の判断で降りられる精度は20mという直径の輪っかの内側なんですね。

 おおよそ砂礫が敷き詰められたミューゼスの海という場所に降りたわけですけど、この20mの範囲にも大小さまざまな石がありますし、砂利だってサイズが違う。サンプラーホーンの直径は20cmですから、降りた所がたまたま直径30cmの石の上だったらトリモチ式では何も採れないわけです。

 だから降りた場所が岩だろうが砂だろうが採取可能なシステムを……と考えて、最後に運動エネルギーをぶつけて砕くという方法に行き着きました。振り返ってみれば、大気のない天体というのは、物がぶつかって穴ぼこだらけ。個体同士がぶつかるというのは、宇宙空間では一番ありふれた自然現象ですから、最終的には自然に近い、理にかなった方法になったと思います。

ラッコの表面はゴツゴツ……降りられるのは「ミューゼスの海」だけ

 11月4日、リハーサル降下試験を行なったものの、自律航法のための画像処理が能力を越え、中止。地上からの補助を加えて再度臨むこととなった。また、着陸予定地のひとつだった「ウーメラ」には、予想よりも大きな岩石が多かったため不適当と判断。着陸は、ラッコでいえば首の部分にあたる「ミューゼスの海」地域となった。

 11月12日、第三回リハーサルが行われ、小型ローバ「ミネルバ」が分離。しかし、ミネルバのイトカワ表面への投下はならず、放出されながら「はやぶさ」の太陽電池パネルを捉えた画像を残し、失われた。

 11月19日、第一回のイトカワ着陸と試料採取が開始された。88万人の名前を入れたターゲットマーカが、ミューゼスの海に投下され、光るターゲットマーカとその横に落ちる「はやぶさ」自身の影が写った印象的な画像が撮影された。


コラ画像まで作られた会心の一枚

齋藤 私にとっては、「はやぶさ」が撮影した画像はどれもすべて大切ですけど、この「はやぶさ」の影が写った一枚は想像以上に受けましたねえ。あんなに受けるとは思わなかった。外国の掲示板かどこかにも転送されたらしいです。その後、この「はやぶさ」の影の横に「スター・ウォーズ」に出てくるX-Wingの影を落とした画像がアップされたらしく、それを印刷したものが運用室に貼ってありましたよ。

 ノーマルな撮影のときには、イトカワの自転などに合わせてスケジューリングした上で撮影するわけですが、タッチダウンのときは忙しくてそれどころではないので、その都度撮影のコマンドを手打ちするんです。「今撮れる? 割り込んでいい?」って。

 AMICA/ONC-Tは最短撮影距離が100mで、それ以上近づくとボケる可能性があったんです。それでもいいからと70m前後くらいで1枚撮ってますよ。幸い、ボケなかったので結果オーライですが、よく撮れたなあというのがありますね。


次回予告!

 初めて見るイトカワは予想外の姿だった。それでも着陸決行に向けて動き出した「はやぶさ」だが、想像を超えた事態、そして危機に次ぐ危機に見舞われる。


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