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古田雄介の“顔の見えるインターネット” 第73回

ブログ「リストラなう」が出版社の内情を明かした理由

2010年06月08日 12時00分更新

文● 古田雄介

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会社に残った人を意識することはあるか

―― ブログを読むかぎり、リアルな周囲でもたぬきちさんの正体に気づいている人はけっこういそうな感じですよね。職場などでそういった反応はありましたか?

たぬきち 誰も読んでいることを言わないから、全然ですね。というより、「まあ言わないのが華かな、コイツも伏せてるし」という感じでいてくれてるんじゃないですかね。1~2回くらいは、雑談していて「これブログには書かないでね」と言われたことはありますけど。

 さすがに、人から聞いた話をそのまま載せるなんてことはしないように気を付けています。それをやると、ただの噂や戯れ言をさも真実のように伝えることになりますから。たとえば飲み屋で、「新刊ばかり乱発せずにいい本をもっとしっかり売りたいよなあ」という話をしたとして、その愚痴の原因を突き詰めて「再販制度ってやばいんじゃね」とか、「電子書籍に対して煮えきんないのはつまらないんじゃね?」とか、自分の責任で言ってもいいところまで落とし込めているんです。

左翼思想家の論説が好きと公言しているが、たぬきち氏自身の行動にそうしたバックボーンはない。「左翼思想家の言説や個人のキャラクターが好きなんですよ。左翼的な言論の盛り上げ方に興味があるんです。でも、思想自体は古いというか、興味がないんですよね」

―― なるほど。あと、経営陣や上司から何かアクションがあったりしましたか? 私がたぬきちさんだったら、けっこう気になると思うんですよ。

たぬきち ありません。役員の皆さんが読んでいるかも、僕は知りませんしね。仮に経営陣が知っているとしても、別に会社名を伏せているわけだし、「それやめなさい」なんてどういう関係で言えるの? と思います。会社名が出たとしたらそれは一部の読者がコメントで勝手に想像して書いているだけだから、僕と関係ないです。会社名だけは伏せるように一生懸命気をつかって書いていますから。

 それに、今回のリストラはかなり「素敵」ですよね。民主的というか、あくどさや強引さみたいなものもなくて。そう本心で思っているし、そう書いているから、役員の皆さんが読んでいたとしても、別に気になりません。古田さんはどんなところが気になるんです?

―― 最悪の処遇に対処するために、不穏な空気が流れていないか気にするでしょうね。私がたぬきちさんだったら、自分で書いた内容が色々な立場の人の目にどう映るかを考えます。読者はもちろんですが、書かれる側の人の目ですね。まあ、記事の内容は分かる人には分かってしまう。リストラ自体は民主的だから、その情報で嫌な思いをする人はおそらくいない。ただ、営業と編集の連係がとれていないといった構造的な問題が明らかにされると、内部には嫌な顔をする人も出てくる。そうした人からの視線を踏まえた上で、書くかどうか決める。それで書いたとして、自分はまだ社員だから、手綱を握っている上の意志によって処遇が変わる可能性がある。だから後悔はなくても、上がどう考えているか気になります。

たぬきち それじゃあ、ジャーナリストじゃないですよ。なんで想像上のありもしない空気を読もうとするんですか。身内の恥ずかしい話しちゃいけないなんて誰も言えないでしょう。それに会社名だって伏せてる。まったく架空の会社のことを言ってるだけかもしれないんですよ。

―― そうですか。ただ、たぬきちさんもある程度周囲の反応を想定したうえで、覚悟を持って書いていると思えるんですよ。あまり考えがない文章は、筆者の計算ではない危険な雰囲気を持ちますが、「リストラなう」にはそういう危なっかしさをそんなに感じません。8割方は分かってやっている感がある。その上で、上の反応を気にしないのかなと。

たぬきち 覚悟もなにも、やっぱり匿名でやっているし、会社の名前も出していないというだけですけどね。読者からもたまに「勇気がある」と言われますけど、匿名の時点で全然勇気ないですよ、僕なんて。

 それに、仮にすべて実名で書いたとしても、組織に対してだったら遠慮は必要ないと思っています。組織をかばっていたらジャーナリズムは成立しませんからね。大きな組織はそういうことに対して逃げちゃ駄目なんです。そういう意味で勇気はいりません。それが対個人だったら、ものすごく怖いですし、勇気がいるでしょう。個人は逃げ場所がないですからね。そんな人に逃げられないダメージを与えることになってしまう。その覚悟や勇気は相当なものだと思いますよ。

 ……と、ジャーナリストでも何でもないのに、偉そうなことをいってすいません。

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