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電子出版ビジネスイベント「e Publishing Day 2010」開催

否応なく訪れた「電子書籍元年」を俯瞰する

2010年04月30日 09時00分更新

文● まつもとあつし

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パネルディスカッション「日本の出版社の今後の取り組み」

従来の出版体制を維持するべきなのか、デジタル化との対立点は? など業界が直面している論点について議論が交わされた

 セミナーの締めくくりとして、日本電子書籍出版社協会監事 村瀬氏、TechWave編集長 湯川氏、イースト代表取締役社長・電子出版協会副会長 下川氏によるパネルディスカッションが、編集者の仲俣氏の進行の元、行なわれた。

 まず湯川氏が、「紙の時代に培われた技能や資産・給与水準を守るために、価格や使い勝手を決めても消費者は首を縦には振ることはない。産業の再構築が必要」という立場を示した後、百科事典の歴史を紐解きながら、「従来型メディアは、デジタルメディアに置き換わり、さらにソーシャルメディアに移行していく。電子書籍も同じ流れを辿るはず」と自説を展開した。

TechWave編集長 湯川鶴章氏。元・時事通信社編集委員。デジタル化の先に待つソーシャル化を見据えての発言が多かった

 続いて仲俣氏が、「コンテンツの電子化の取り組みは日本でも1990年代から始まっており、問題はインターネットというプラットフォームの上で、それらがどのように扱われるかという点だ」と指摘し、そのプラットフォームが「黒船」と呼ばれる海外勢の到来に直面していることをどう捉えるのか? という問いかけを行なった。

 湯川氏は「人々がデジタルでコンテンツを楽しむことが当たり前になったときが“元年”と定義されるべき。音楽でいえば、業界が団体を作ってデジタル配信に取り組み始めたタイミングではなく、iTunesの登場がそれだった」と答える。

 村瀬氏は、「元年の定義は、20年以上取り組みを続けている当事者としては重要とは考えていない」と応じた。

 下川氏は、「2004年のソニー・松下の参入の際にも“元年”と持て囃されたが、普及には至らなかった。いまKindle、iPadの登場によって、役者が揃ったと言える。ネット上に読むべきコンテンツが溢れており、入力用のキーボードを備えない板型であるという点も興味深いが、デバイス元年と言える」と指摘する。

下川氏が“デバイス元年”と指摘したように、2009年から今年にかけて電子出版向け端末が一斉に発表されている(総務省、文部科学省、経済産業省の三省による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」の関連資料から抜粋)

 仲俣氏の「黒船論はデバイスの登場ではなく、Googleブックサーチの登場がそのきっかけになったのでは?」との問いかけに対しては、出版社側の弁護士としても活動した村瀬氏が、「ブックサーチの突きつけた課題は、本質的には出版社が古くから向き合ってきた“図書館との競合”という問題を再燃させた」と答えた。

 Googleブックサーチは、米国の図書館の蔵書をスキャンしてネット上に公開したものだが、冒頭の遊佐氏の講演にあったように、デジタル化された書籍の無料閲覧は、出版社のビジネスモデルとは競合しており、同様の課題として認識されることが示された格好だ。

 下川氏は自身も参加する三省懇談会で、この問題についても検討が急ピッチで進んでいることを紹介した(公開資料はこちら)。


既存プレイヤーが電子出版に二の足を踏む理由は“収益性の低さ”

 村瀬氏は、「有償販売が前提である限りはKindleもiPadも基本的にはウェルカムだが、国も進める図書館の電子化は、(フリーミアムに象徴される)ネット的な発想に立っており“(クリエイターへの利益還元を前提とした)豊かな文化的環境の創出に果たして貢献できるのか”という点では懸念を持っている」と課題を指摘する。

日本電子書籍出版社協会監事 村瀬拓男氏。iPad、Kindleは「ウェルカム」だと語る

 湯川氏は「基本的な考え方は同感。ただし、社会的意義とビジネスモデルは分けて考えた方が良い」と応じる。

 「電子書籍をはじめ、新しいテクノロジーが登場すれば、既存の業界にとってマイナスに作用する。既存メディアを生業とする人・会社にとって現在の新規メディアは収益性が低いため、合理的に考えて、イノベーションを起こすことができない。そこにはジレンマがある」

 続いて仲俣氏は、「大手出版社が連携する電書協は何に対抗しようとしているのか?」と村瀬氏に問いかける。

編集者の仲俣暁生氏。「ワイヤード日本版」に創刊から関わり、「本とコンピュータ」では編集長を務めるなど、早くから本のデジタル化を追いかけてきた

 村瀬氏は「出版業界の本質は物作り(メーカー)。企画から5年間など長く時間をかけるものも含まれている。それを支えるための環境を維持する必要を感じており、そのための検討を進めている。また少なくとも現在の言論空間は商業出版に支えられているという現実があり、それを(デジタル図書館やGoogleブックサーチのような)パブリックに供することには疑問がある」と応じた。

 仲俣氏の「本の作り方は今後どうなっていくのか?」という問いかけに対しては、湯川氏は「ネットのメリットを享受できるソーシャル・コラボレーションでの物作りが中心になっていく」と語ったのに対し、村瀬氏は「本というコンテキストで構成される商品は、コラボレーションで作り上げていくのは困難ではないか」と疑問を呈した。

 他方、下川氏からは、「スティーブ・ジョブズはEPUB云々というところに留まっているとは思えない。EPUBのフォーマット自体は、xmlをベースにした極めてシンプルな表現力に乏しい仕様。開発環境をOSに同梱する思想を持つAppleであれば本に対しても従来とは異なるクリエイティブを促すようなツールを提供し、その成果物をiBooksにラインナップするといった未来像が用意されているのではないか」との予想も飛び出した。

世界各国における出版物のデジタル化状況

 村瀬氏は、個人的な意見と前置きした上で、「作家の意識も、電子化に対して変わっていく必要がある」と指摘する。

 「100年以上の歴史を持つ現在の商業出版は、著作権に守られた商業作家を作り上げてきた訳だが、電子化を迎えてある意味“クリエイターオールマイティ論”が変化を難しくしている面もある。作品は発表された時点で社会に供されているという意識が大切になっていくと考えている」


求められる技術・組織・制度のイノベーション

 激しい雨が降る中、5時間以上という長いセミナーではあったが、途中退席する参加者もほとんどおらず、この分野への関心の高さをあらためて感じることができた。

 登壇者が共通して語っていたのは、EPUBなどの標準技術、新しいプラットフォームに対する組織・制度上のイノベーションが求められているという点。

 湯川氏が指摘したように、そこにはジレンマがあるが、その変革をいち早く行なったプレイヤーが、電子書籍時代の主導権を握ることは間違いない。

 筆者は、連載企画「メディア維新を行く」を執筆中だが、本セミナーで変革を訴えたキーパーソンにも今後機会を見つけて、話を聞き、新しい取り組みを紹介していきたいと考えている。


著者紹介:まつもとあつし

ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環修士課程に在籍。ネットコミュニティやデジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆、ゲーム・映像コンテンツのプロデュース活動を行なっている。デジタルハリウッド大学院デジタルコンテンツマネジメント修士。著書に「できるポケット+Gmail」など。公式サイト松本淳PM事務所[ampm]。Twitterアカウントは@a_matsumoto


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