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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第1回

ネット帝国主義、その先にあるもの。

2010年04月04日 12時00分更新

文● まつもとあつし

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「iTunes+iPod」の衝撃が出版の世界を激震させる

 例えば、iPadは単に新しいハードウェアの登場という括りでは、それと向き合う正しい戦略を描くことはできない。iBookで採用されるXMLベースのEPUBは、書籍をテキストの連続体からコンテキストの集合体へと進化させる。

 つまり、一冊丸ごとの購入だけでなく、章や節といった単位での購入も可能になるのだ。これは書籍を文脈に沿ってインデックス化し、検索可能にするだけで容易に実現する。

 かつてiTunesはアルバム単位ではなく楽曲単位での購入を可能にしたことで、音楽の聴き方そのものを変えてしまった。それと同じ状況が書籍の世界にもやってこようとしているのだ。

 これは、これまで日本が主にコミック中心で進化させてきた.book形式とは根本的に思想が異なっている。現在の電子書籍は、CDアルバムをそのままデータ化している状態に過ぎない。

 この消費スタイルが中心となったとき、再販制度に守られた出版流通が書店と出版社の間の資金繰りをサポートするという現在の体制は崩壊する可能性が出てくる。


広告収益モデルで規模を維持できるのか?

 一方、広告収益モデルはどうだろう。Googleのブックサーチのように検索インデックスに書籍のコンテンツを公開し、その視聴数からレベニューシェア(利益分配)を受ける方法で、果たして既存の体制を維持できるのか?

Googleブックサーチ方式の場合、果たして既存のバリューチェーンを維持できるのか? また、そもそも維持する必要はあるのかといった議論も起こってくるだろう

 少なくても、刷った分だけ印税が支払われる著者、出版流通(取次)に一定数の書籍を収めることで売上げの前払いを受けてきた出版社、そして再販制度に守られて定価販売で返品も自由にできた書店(小売)、この三者の関係を大きく崩す仕組みであることは間違いない。

 しかし、悲観してばかりでは仕方がない。

 別の連載企画でも取り上げているが、日本が誇るアニメーションの世界でも、変化の兆しが見えている。テレビアニメーションが減少する一方、劇場やネットをファーストウィンドウとして選択し、一定の成功を収める事例も出てきている。

 これは消費者とクリエイターの変化と大きな関係を持つはずだ。関係値を正しく把握して、制作・流通体制を組み替えたプレイヤーが生き残る。その方程式は他の業界にも当てはまるだろう。

 まだ小さな動きではあるが、来るべき変化に備えて従来とは異なる視点で組織を再構築したり、あるいは組織から離れて革新的な取り組みを始めている人々や事例が生まれつつある。彼らが見据えているもの、そこから見いだせる戦略やロジックを抽出していきたい。


文化の輸出はインフラがカギ

 連載を通してのテーマを説明するために、少したとえ話をしたい。ネットというインフラの普及、コンテンツのデジタル化という変化は、グーテンベルクの活版印刷技術の発明とその影響になぞらえて、その影響を説明することができる。

 印刷機の登場以前は、ニュースや書籍(主に聖書)の流通は手書きでの複写と口伝えが中心で、その伝播力は限られていたし、そのライブラリを利用できるのも富裕層だけだった。

 現在起きている変化もm基本的には同じ構図を持つが、複製・伝達の極限までの低廉化に加え、「生産手段」も安価になった点は、グーテンベルク以上の変化をもたらしており、私たちはそのさなかにいると言えるかも知れない。

 そして、印刷技術の進化は、聖書の普及つまりキリスト教の伝播に多大なメリットをもたらした。日本が仮にコンテンツという「文化」を輸出しようとするならば、このインフラをどう活用するかが大きな鍵を握っていることは間違いない。


それは幕末にも似て

 また、日本における変化との向き合い方のお手本としては、やはり幕末の状況が参考になるのではないかと感じている。黒船(=新技術・文化の浸食も含めたプラットフォームの進出)の登場と、幕府(=既存の利害関係・バリューチェーンのコントローラー)の存在がある中で、様々な立場・角度から分析を試み、改革に飛び込んだ人々がいた。

 例えば、高杉晋作は「奇兵隊」を組織したことで有名だ。武士(=職業軍人)ではなく、普段は農作業や商業活動に従事し、自ら生産者でありながらも有事には武器を持って戦えるような組織を構築したのだが、それはニコニコ動画などで顕著な現在のプロシューマー(生産消費者:生産活動を行う消費者)型のコンテンツ生成を思い起こさせる。坂本龍馬がここに来て注目を浴びているのも、今日私たちが置かれた状況と無関係ではないだろう。

 いずれにせよ、そういった取り組みの成否は「コンテンツ立国」などとも謳われた日本の行く末を左右することになるだろう。行きすぎた攘夷思想では変化に対応できないし、強大で便利なプラットフォームにおもねるばかりでは、それを利用して反転攻勢をかける機会を失うことになる。

 次回は、電子流通の荒波にさらされている著者・出版・流通・書店の最新状況と今後の動向を探ってみたい。


著者紹介:まつもとあつし

ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環修士課程に在籍。ネットコミュニティやデジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆、ゲーム・映像コンテンツのプロデュース活動を行なっている。デジタルハリウッド大学院デジタルコンテンツマネジメント修士。著書に「できるポケット+Gmail」など。公式サイト松本淳PM事務所[ampm]

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