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誰も語らない ニッポンのITシステムと業界

情報社会の新たな課題~消えた年金のシステム問題~

2010年04月26日 09時00分更新

文● TECH.ASCII.jp 聞き手●政井寛、アスキー総合研究所 遠藤 諭

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政府が作った検証報告書では
どう言っているのか

芳賀氏:社保庁システムは、問題としてのアイデンティフィケーション、アイデンティファイ、これがまだ多分できてないんだと思う。

魚田氏:いや、それをね、我々は申し上げたいんですよ。要は社保庁が悪いということにみんなの目が行っていて、その裏に隠れているSIrの失敗や怠慢が全く覆い隠されているんです。だから情報システムはいつまでたっても改善されない。そういう仕組みになっているんです。

――要するに情報システム業界全体の向上のために、これは明らかにはっきりさせなきゃと。

魚田氏:そうです。その明らかにすることが大事であって、本件のSIrを責める事が問題じゃない。

芳賀氏:問題の構造をクリアにするというところ。これが政府の検証報告書では成されなかった。

――なんで成されなかったんですか。

芳賀氏:おそらくね、これは本来厚労省の主管なんです。ところが社会保険庁は厚労省ですから、厚労省に検証をやらせては、身内に甘くなってだめだろうっていうんで、総務省がやったんです。そうするとたしかに社会保険庁に対しては厳しくなった、その代わりSIrに甘くなった。総務省の身内ですから(笑)。

――ウーン!

芳賀氏:だから結論としての報告書には、一切SIrの名前は入ってないんですよ。結論の部分でSIrが咎められているのは、当時の証拠書類、大事な証拠書類を失ってしまったと、それだけなんです。開発そのものの責任を問うのではなくて、当時のドキュメントを失くしてしまっているのは良くなかったですねと書いてあって。しかも名前も書かないでですね。

――なるほど。

芳賀氏:システムに触れるときにはですね、社会保険庁のガバナンスが悪かったとあります。しかし報告書の結論では開発そのものに対するSIrの責任は問うてないんです。

政井氏:契約上だとか、そういう意味でガバナビリティを含めてやっぱり発注者側でしっかり当事者として責任を果たすというのが第一義的な話だから、そうなったのではないですか。責任逃れでやっていたとは考えにくい。あの当時にわりあい発注者というか、当事者に対する責任ってどうしても重いよねと。東証でトラブルがあり、富士通が運用してトラブルがあったときに、東証の理事長が”富士通がミスをしました”って話を開口一番やったら、”メーカに責任を押し付けている”と叩かれましたよね。

芳賀氏:いや、これはね、情報サービス産業界の、情報産業界のですね、問題の1つだと思います。とにかくトラブルが起きたらね、利用者が悪い、ユーザーが悪いというふうにすぐに持っていってしまうんです、短絡的に。

――それはメーカーがそういうのですか。

芳賀氏:メーカーというより情報関係者ですね。学者もそういう人いますしね。日経コンピュータでですね、2009年1月に年金記録問題の特集やったんですね。これは政治家が前面に出てきているんですよ。民主党の長妻昭厚生大臣(現)と、自民党では伊藤達也氏。やっぱり自民党でIT化を担った人間が出てきています。いずれにしても今述べたようなシステム開発のプロセスに関してはまったく無頓着で、特に民主党にとっても社会保険庁を追求するというのは、これはもう非常に政治的にも意義のあることですが、システム的にはちょっとこれ、あまり分析行われてないんですね。いろんな人の意見がバラバラの視点で書いてありますが、注目すべきものが1つあります。アメリカの官庁でCIOを長らくやっていたベテランのコメントで、非常に注目すべきなのが、システム開発のガバナンスは、専門のプライムのシステムインテグレータに発注して、ガバナンスをやらせるのがいいって言っているんです。

――じゃあ、ある種投げるってことじゃないですか。

芳賀氏:そうです。まさに、社会保険庁がやっているのと同じなんです。

政井:ただその話、私もちょっと読みましたが、委託をするSIrとは別にユーザ側の立場でSIrをマネージメントするプロフェッショナルを登用すると受け取りました。ただ単に丸投げじゃないのは確かなんです。むしろ日本のほうが丸投げ文化って昔からずっとある。電電公社や、それを支える電電ファミリーとか、みんな政官財の関係もあるんでしょうけれども。

杉野氏:日本の場合は官と民という立場の違いがある。身分差が歴然としてあって、NTTももと官ですけど、一応民扱いとすれば、官から見れば民にはもう何やらせたっていいんだと、お前ら言われた通りにやっとけと。そこはアメリカと違うと思うんですね。

――:アメリカは官民でもきっちり対等に契約を結んでいるということですか?

杉野氏:はい、民間の社長だって年が変われば官に入ったり、また戻ったりということをいくらでも繰り返す社会ですから。

政井:ただね、アウトソーシングをする場合、ボンと投げられる部分と、非常にユーザーの業務と密接な部分で投げられない部分とが実はある。そこのところを見極めもしないでやるととんでもないことになってしまう。それがどこで切れるかっていうのは、ユーザーのITに対する成熟度だとか、そういうものを意識しながらやるべきで、どの会社でも同じで、これが正解という話ではない。

――そういう文化みたいなもの、なんて言うんですか? “発注文化”みたいな。それが問題だとしたら、言葉として括っていくべきですよね。今言葉で長々と言ったようなものって、問題の1つだと思いますけれども。

芳賀氏:ご承知のように、今多くのユーザー企業がアウトソーシングして、システム部隊をそっくりSI側に出してしまっているんです。現実問題としては。

政井:今はまた戻ってきつつあります。結局それで自分たちのITの足腰が弱くなったと経営者がようやく気がついて、契約を解消して戻しています。元に戻すことも大変な仕事ですが、回帰現象が起きていると思います。

芳賀氏:そのどちらにいても、システムの専門家が進めないと。純粋な利用者には難しい仕事だと思います。

政井:私ね、この話が結構重要だと思っているのは、クラウドコンピューティングと言われる時代になると、このケースというのは今以上に増えてくるんですよね。ベンダー側はみんなアプリケーションまで提供して、それを利用してユーザーがビジネスをする。っていう話になると、どこまでベンダーがユーザーのビジネスに対して責任を持つのかっていう話は結構重要で、契約上どうするのか、ガバナンスをどうするのかというところがある程度見えてこないと、非常に世の中が混乱するように思います。

芳賀氏:だから今回の年金記録管理システムはね、クラウドのはしりであったという見方もできるわけですよ。

――:そういう意味ではオスロ証券取引所が、ソフトハウスになったというのは興味深い話だと思います。要するにITが自分たちの戦略の武器だとなれば自分が半分SIrになっちゃえばいい。腹をくくってそれぐらいやる企業が日本にも出てくるといいと思います。

次ページ「技術者のプロフェッショナルの倫理とは」に続く

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