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誰も語らない ニッポンのITシステムと業界

情報社会の新たな課題~消えた年金のシステム問題~

2010年04月26日 09時00分更新

文● TECH.ASCII.jp 聞き手●政井寛、アスキー総合研究所 遠藤 諭

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ITシステムの構築や
運用の丸投げも原因のひとつ?

芳賀氏:結局今回の問題は、1986年以降本日まではすべてコンピュータの中で起きている問題だと考えたらいいわけなんです。それ以前の、事務処理がおかしかったというのは、ちょっと置いておいて。社会保険庁が悪いとか、業務のやり方が悪いとか、そういうことも根底にはあるかもしれない。しかし1986年以降、システム化ということをやったわけです。そうするとこれはシステム化に携わった人の責任。これが出てくると考えるのが妥当じゃないかと思うんです。

――なるほど。これまでのデータ不備とかそういうのはあるとして。

芳賀氏:あるとしてですね。しかしそれをシステムに載せるという1つのプロセスがあったわけだから。システムに載せる時のシステム化のプロセスを担った責任ですね。

――まるで子供を生む責任みたいな感じですね。

芳賀氏:そうです。これは情報システムを作るということは、釈迦に説法になるわけですけれども、何を意味するかというと「人間が今まで業務としてやっていたことをコンピュータの上にコピーすること」ではない。システム化の仕事は、“ソリューション”(解決)とよく言われています。つまり、今人間がやっている仕事の中には、矛盾した点やいろいろな不整合=データが間違っているとか、問題点があるわけです。人間がやっていることだから。それをシステムエンジニアがきれいに整理して、論理的に正しい仕組みにしてコンピュータに載せるというのが、システム化の本義なんです。本来システム化というのはそういうことをすることなんです。

――なるほど

芳賀氏:そうです。そのプロセス。業務分析して、問題点や矛盾点を洗い出して、直してコンピュータに載せるのが本来の情報システム化っていうことなんです。

政井:先生方はユーザーの情報システム部門出身なので、常にそのシステム化の問題は作ることじゃなくてシステムを使って業務をどうするかということが最優先。これはもう当たり前の話ですけれども。SIrの場合は、確かにそれは頭の中で分かっているんですが、一義的な責任は「システムを作ること」にある。動くものを作ることを意識的に優先するんですね。年金担当SIrも、多分そういう意識がそのときにあったんじゃないかなと推測します。

芳賀氏:その通りだと思いますが、現実の姿は、社会保険庁にはシステム担当者がいなかった。SIrのシステムエンジニアが社保庁の職員になりかわって仕様の検討をしていました。そういう話は政府の検証報告書に書かれている。何から何までね。細部の契約書までは分かりませんが基本的な意志決定はSIrがやったんです。

政井:なぜ、ここのところを今突っ込んで聞いているかというと、システム開発や運用を受託する側は[やります」、「できます」と言うが、究極のユーザの立場にたった判断や決断はできるものではないと考えています。やるべきではないというのが私の意識にあるので、いろいろ聞いています。

杉野氏:だから最近の傾向としては、要件定義フェーズと構築フェーズを異なるSIrに発注するようになってきた。しかし社保庁の場合は徹頭徹尾一貫して一社がやっている。多分なあなあのままで開発に入ってしまっている。契約の構造としてですね。

政井:発注形態に起因して発生する問題は当時の経験や認識レベルではクリアに浮き彫りにされていたとは思いませんけれどもね。

杉野氏:そうですね、時代的に違いますからね。

魚田氏:契約の細かいことは分からないのですが、一番最初に社保庁長官からSIrに出た開発の契約書では、たしかに開発を委託したんです。それに対してSIrが出した答えは、サービスの提供なんです。

政井:SIrが開発を自分たちのリスクでやって、それを使ってもらうという話ですね。

魚田氏:ええ。だから社保庁は最初にお金を払っていない。後はずっと使用契約になっていて、使用料として払っているわけです。

――ある種モダンですね。システムはどちらの持ちものか。

魚田氏:明らかにSIrのものなんです。そうでないと単年度で膨大な開発費を払わないといけない。

芳賀氏:そんな環境で先ほどの話のように不明データがどんどん増えていって、97年段階で3億件になっているわけですが、運用しているSIrは、今データの件数が何件あるかっていうのは分かるわけですよ。もともと不良データが何件あるかを調べたのもSIrですしね。全部運用まで受け持っているんですから。当然これは大きな問題であろうと。これで年金裁定やったら間違いが出るだろうと。時々刻々ずっと年金裁定やっているわけですから、80年代の終わりから。このシステムでね。これはやっぱり警告を発さなきゃいけないですよ。

――でも一応、当初は言ったんですよね。

芳賀氏:一番最初は言っているけどね、それっきりです。

杉野氏:多分私が思うにそれは今の社会保険の保険制度そのものの制度設計の問題がある。申請主義だったり、50年先にならないと受給者があらわれないといったことです。その制度が元になってシステムが作られているわけで、本質的な原因は制度設計にあるはずなんです。

――だから毎年確実にチェックしてくような仕組みがあれば、ある程度うまく行ったかもしれない。

杉野氏:そうですね。でもおっしゃるのは50年、40年とか先しか分からないから。社保庁っていうのは役所ですから、制度の下で忠実に多分実行しているんだと思います。そこにまで、本当はメスを入れなければ成らなかったと思いますが、それはSI業者の範疇を越えている。

次ページ「政府が作った検証報告書では どう言っているのか」に続く

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