真の多様性はウェブとの競争だ
そもそも日本のマスコミには、失うような多様性など存在しない。記者クラブで管理された情報は、新聞もテレビもみんな同じだ。キー局は地方民放の株式を20%までしか持てないが、地方局の番組の90%近くはキー局の垂れ流しである。テレビ朝日系列の「報道ステーション」には、「朝日新聞編集員」と名乗る人物が堂々とレギュラー解説者として出演している。資本関係ではなく人的な系列関係によって支配構造ができているので、株式の保有を制限しても意味はなく、集中排除原則は地方民放を過小資本にして放送業界の合理化をさまたげているだけだ。
新聞も今のままでは生き残れない。彼らがロビー活動によって守ってきた再販制度(価格カルテル)も、かえって販売店の再編によるコスト削減を阻害している。最終的には、輪転機を捨ててウェブ専業のメディアとして生き残るしかないだろう。この場合、鍵になるのは彼らが高いコストをかけて取材した情報をいかに多くのメディアで活用するかだ。取材・編集コストは固定費なので、多メディアで活用すればするほど単価は下がる。欧米でメディア・コングロマリットが増えているのもこれが原因だ。
これから起こるのは、通信・ネット企業による既存メディアの買収だろう。コンテンツの価格がゼロに近づいてゆく状況では、携帯電話のようにインフラと抱き合わせで料金を取るビジネスモデルしかなくなる可能性もあるからだ。新聞・テレビが生き残るためには、こうした異業種による企業買収で再編する必要がある。この場合、インフラはグローバルに統合される傾向が強まっているので、その支配力がコンテンツに及ばないようにする必要がある。今国会に提出される予定の情報通信法は、業界を階層別に規制することによってメディアの合理化を可能にするだろう。
記者クラブ以外のネットメディアが参入する真の多様化を実現するには、出資規制を廃止して業界の再編を自由化する必要がある。放送事業者への外資の出資を20%以下としている規制も、NTTの出資を3%以下とする規制も廃止し、国境や業界の壁を越えた再編を促進すべきだ。このような多様化を実現するには、放送のデジタル化にともなって空くUHF帯のホワイトスペースを開放し、周波数オークションなどによって既存メディアとは違う企業の参入をうながすことが重要だ。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に、「希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学」(ダイヤモンド社)、「なぜ世界は不況に陥ったのか」(池尾和人氏との共著、日経BP社)、「ハイエク 知識社会の自由主義」(PHP新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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