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TECH担当者のIT業界物見遊山 第7回

FCoEとUCSの概要をしっかり理解できる

シスコがレガシーな紙媒体を作るのは皮算用か?

2009年12月02日 06時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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前回に続いて、また紙ネタである。最近、シスコの発表会に行ったら、かなり豪勢な「書籍」を2冊配布された。シスコの今年のキーワードであるUCSとFCoEに関する重要な資料だが、300ページ近い書籍まで用意したところに同社の意気込みが感じられる。


シスコのデータセンター技術を理解するのに最適な2冊

 1冊目は「Project California データセンターを仮想化するサーバ」と呼ばれるUCS(Unified Computing System)に関する書籍の翻訳版。UCSはProject Californiaと呼ばれるプロジェクト名で知られており、シスコのサーバー市場参入として話題になったデータセンター関連技術の総称である。ネットワークだけではなく、サーバー、ストレージ、ケーブリング、ソフトウェア、管理まで含めた包括的な製品を提供しており、電力や冷却、サーバの統合、仮想化、ケーブリング、災害対策などデータセンターの多くの課題を解決する。

 本書では、こうしたUCSの技術概要や具体的な製品の動作、設定の説明まで踏み込んだ内容をUCSの開発に携わった3人が説明してくれる。モノクロながら、ボリュームはなんと296ページに及んでおり、多少字は大きいものの、図版も入りできちんと説明されている。翻訳書らしい読みにくさもあるが、日本法人の方々もきちんと監修しているので、内容の深さは折り紙付き。UCSにとどまらず、データセンターに関わるユーザーは必読の一冊といえる。

 もう1冊の「次世代データセンターネットワーク」は、UCSにおいても重要な技術であるFCoEを取り上げている。こちらは、I/O統合の概念的な話はそこそこに、FCoEのプロトコルとしての特徴や技術仕様をガッツリまとめている。フレーム構造や初期化に利用されるFIPやアドレッシング、ルーティングやSTPとの関係、CNAやFCoEスイッチの動作など、テクニカルな内容が多い。Project California データセンターを仮想化するサーバに比べては少ないもの、88ページもあるので読み応えは十分だ。

なぜ紙媒体として出すのか?

 ご存じのとおり、コンピュータ系の書籍は減り続けている。グリーンという観点からも、紙媒体への風当たりは強い。しかし、ユーザーの立場から考えると、こうした技術資料が手元に紙の形であるのは非常に有用だ。本来、こうした書籍を出すべきふがいない出版社の立場からも喝采したい気分だ。

 とはいえ、シスコ自体も当初は参考資料程度にとどめようと思ったらしい。というのも「Project California」の冒頭に以下のような文章が見受けられる。「本書の執筆開始時には、Project Californiaの解説に焦点を絞り、参考資料として他の書籍を紹介する予定でした。ところが、スタンフォード大学の書店やシリコンバレー内の各大手書店で何度調べても、最新情報を網羅した参考書籍を見つけることができませんでした。そこで、本書に参考資料を含めることになりました」。つまり、書店で本を探したけどなかったので、自分たちで包括的な内容を含んだ書籍を作ってしまったというわけだ。

 UCSの試みは、野心的で興味深い。まったく新しい分野であるこのUCSの取り組みをきちんと知ってもらいたいというシスコの立場は明確だ。単なるオンラインの資料やPDF版ではなく、自ら紙の書籍まで作ってしまうあたり、シスコの強い意思が感じられる(でも次はKindle版かな?)。

 ここまで聞いたら「不景気なのに豪気だなあ」とか、「お金のある会社はいいなあ」といった声も出てくるかもしれない。しかし、お金に余裕があるから、本も作っちゃったのでは?という意見にはやや違和感を覚える。果たして予算があるからといって、WebやPDFではなく、みんな紙媒体を選択するだろうか?

 シスコは成長や収益が見込める分野には未曾有の投資を行なうが、無駄と思われるものにはびた一文出さないというメリハリのあるビジネスカルチャーが根付いていると、以前取材で聞いたことがある。それこそ「顧客やパートナーに出すクリスマスカードの枚数まで、きちんとチェックされるんですよ」といった話をしてくれた方もいた。そんな同社が、あえてお金をかけて紙媒体を作ったというのは、同社として確実に大きなリターンがあることを見越したからにほかならない。具体的にはわからないが、単なる「皮算用」でないことは確かだ。

 クラウド時代の先端を行くIT企業と、もはやレガシーな紙媒体という意外な組み合わせは、案外緻密な計算から成り立っているのかもしれない。同社の強さはこんなところにも現れている。

 ちなみにページ数の多いProject Californiaに関しては、カーボンフットプリント(直接・間接的な二酸化酸素の排出量)のマイナス化を実現するため、印税がオラウータンの保護団体に寄付されているという。この点でも、同社が推進するグリーンIT戦略とも矛盾しないようだ。

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