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古田雄介の“顔の見えるインターネット” 第59回

500枚以上の手書きノートを公開する「物理学正典」の意図

2009年10月26日 12時00分更新

文● 古田雄介

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世界で一番硬いものはなんでしょう?

――かなり積極的に活動していますが、読者からの好意的な反応が少ないとなると、途中で心が折れてしまうことはありませんか?

宇田 読者からの反応というのは特に関係ないですが、手書きノートで「量子力学正典」を作ったときはかなりキツかったですね。今公開している5ジャンルの正典のうちページ数が断トツで多いのですが、作業の手間よりも精神的な辛さがありました。

 たとえば、マッチ棒をキャンプファイヤーみたいに積み上げる遊びがありますよね。あれで「10段積み上げた物を100個作ってください」と言われるのと、「1000段積み上げた物を1個作ってください」と言われるのとでは、後者のほうが断然キツイじゃないですか。途中で何個完成したという安心感がなく、600段くらい組んで崩れたらゼロからやり直さなくてはいけない。

 量子力学というのは現代物理学の出発点として重要ですが、なにしろ規模が大きくて、最後まで油断できる隙がなかったんです。全部で271ページになりますが、完成するまでに2年8ヵ月かかりました。あれは本当に大変でしたね。

量子力学正典の目次ページ。量子力学は、電子などの微細な存在の物理現象を説明するために研究されており、ニュートン力学などの古典力学では扱えない現象も解析できる。その理論はナノテクノロジーや半導体、超伝導などの分野で活用されているほどメジャーだ


――読者からの反応より、物理学への意欲がモチベーションの大きな要素になっているわけですね。では、宇田さんはいつ頃から物理学に興味を持ったのでしょうか?

宇田 いや、やっぱり読者からの反応があるならうれしいですよ。もともと高校2年生の頃までは電子工学の道に進みたかったんですが、物理学に志望が変わったんですね。電子工学の公式集を買って読んでいたことがあり、そこから影響を受けたことが大きかったと思います。その中に、アインシュタインが発表したことで有名な特殊相対性理論の公式が載っていました。そこには「物体が運動すると質量が増える」と書いてあるわけです。

 それがどうにも「こうやって書いてあるから正しい理論なんだろうけど、感覚的に理解できない」という腑に落ちない状態になりました。それで、非常に興味深い、これを理解せずに先には進めないという感情が沸いたというのが始めですね。特殊相対性理論は大学3年目に理解できました。


――物理学を学んで、世界観が変わったということはありますか? たとえば、机から消しゴムが落ちたときに「落ちているのではなく、質量の大きい地球に吸い寄せられたのだ」と感覚的に感じるような。

宇田 うーん、そうですね。たとえば、友人から「世界で一番硬いものはなんでしょう?」と、クイズを出されたことがあるんです。普通はダイヤモンドなどと答えるじゃないですか。でも、私は中性子星という答えが真っ先に上がったわけです。中性子星はブラックホールになる直前の星で、自らの重力によって強く圧縮されています。

 物理学をやると、身の回りの物事だけでなく、本当にとことんまで、宇宙の果てまでのことを考えるようになりますね。


――なるほど。確かに私のような門外漢が「ベテルギウスは実はすでに死んで、今は存在しないかも」という話を聞くと、「はー、すごいなー」と、かなり漠然としたイメージしか沸かないんですけど、それが鮮明になっていくんですかね。

宇田 いえ、そこはね、「ここより先に行くとぼやけます」という境界のラインが遠ざかるだけですね。突き詰めていくと、境界のラインの向こうは、専門の研究者の世界ですから。

 一方で、身の回りのものでも見方が変わるかもしれません。たとえば人間。非常に誤解を招きますけど、私は「人間は物体である」と半ば常識のように考えていますが、物理学に興味を持つ前からそう考えていたかは疑問です。

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