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【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ

iPhoneとAndroid、どっちを使う?(続々々)

2009年10月07日 09時00分更新

文● 遠藤諭/アスキー総合研究所

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Marshall McLuhan

Marshall McLuhan

電話の仕組みを持ち込んだiPhone

 「とても似ている」ように見えたiPhoneとAndroidが、実はかなり違ったものであることを、前回までに述べた(関連記事)。決定的な違いは、iPhoneは基本的にシングルタスクであり、同時に1つのことをやる端末であるのに対して、Androidは、自分にかかわるネット上のステータスを伝えるダッシュボードのような役割を果たすことだ。

 インターネットが普及して、コミュニケーションのスタイルが変化すると言われた。『WIRED』誌が、マーシャル・マクルーハンを「パパ」と呼んだのも偶然ではない。テレビや電話などの「メディア」は、それを使う人の知覚器官の延長であるとか、「メディア」自体が意識や思考を決定するといったマクルーハンの見方が、リアリティを持ってきたからだ。

 新聞や雑誌の時代には、ニュース記事や論評によって形成される世論などによって、人々の考え方が決まった。しかし、ネット上でケータイやソーシャル・メディアを活用する人と、新聞や雑誌などの従来型のメディアの中で暮らしている人との間では、意識にかなりの違いが出てきている。日本人は、ネットと非ネット、さらにはケータイという3つの人種に別れたのだといっても大げさではない。

 けれども、iPhoneに関していえば、マクルーハンがテレビや電話を論じていた感覚がまだ残っている。2006年1月に「iPhone」が発表されたとき、私はMacworld Expoの会場で、アップルの担当者に「iPhoneで使われているOSは何なのか?」と聞いた。答えは「Mac OS Xだ」と返ってきたのだが、「だけど、電話なんだよ」とその人物は付け加えたのである。

 iPhoneは電話である以上、「電話をかけて・通話して・フックする」という操作の流れが、「アプリを起動して・使って・ホームボタンを押す」に対応する。それに対して、Android端末は、画面上にネットワーク上で自分に関係するステータスが、どんどんプッシュされた状態となる。「ホームボタン」を押してもアプリが終わるわけではない。その代わりにあるのが、「戻る」ボタンだ。iPhoneが電話のように「かけて・切る」であるのに対して、Androidにあるのは「状態の遷移」なのだ。

T-Mobile Sidekick

Androidプロジェクトの中心人物であるアンディ・ルービンが開発したデインジャー社の「HipTop」(T-Mobile Sidekick)を見ると、Androidと同じ「ホーム」「メニュー」「戻る」の3つのボタンが揃っている。Androidの内部には、「戻る」ために「Content Provider」という機能がある。データをSQL liteで読み書きしながら実行するものだ。

 いま私が使っているAndroid端末「HT-03A」(関連記事)では、「Twidroid」というプログラムが、Twitterのアップデートをステータスバーやバイブレーションで知らせてくる。「Reuters News Widget」は、最新のニュースを小さな窓に表示する。「天気予報」のウィジェットも動いていて、プラハとニューヨークの時刻や天気や気温を表示している(そろそろ出かけたいと思っているところ)。

 iPhoneが、こちらから随意的にネットをアクセスにいくメディア(神経器官)であるのに対して、Androidは、ネット上のメディアがHT-03Aの画面まで神経を這わせているような感じだ。つまり、問題はiPhoneが「電話」であるのに対して、Androidは「何か」ということだ。

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