ビジネス目標に即した
理想のエンジニア像を描く
では、企業はどのようにITSSを導入するべきなのか。これを考えるときにポイントとなるのは、企業のビジネス目標達成に貢献する理想のエンジニア像であると高橋氏は語る。
「まず企業の中で理想とするエンジニアの人材像を決めることが先決です。それがないままITSSを導入しても、自社のエンジニアが共通枠の中で、いまどの位置にいるかということしか分からない。つまり、As Is(現状)があるだけでTo Be(あるべき姿)がないわけです」
この理想のエンジニア像を組み上げる際にポイントになるのが、それぞれの企業が独自に設定しているビジネス目標だという。
「自社のビジネスに対して貢献してくれるITエンジニアを育てるのが人材育成の目的であって、たとえばITSSのレベルが2のITエンジニアを3に引き上げることが目的ではないはずだと思います。そうすると、まずは企業の目標を見据えるところから始めて、それに必要なスキルを持つITエンジニアはどういった人材なのかを考えていくわけです」
人事評価に使うのは
エンジニアの理解が十分に得られてから
ここで言うビジネス目標は、当然企業によって異なるだろう。そう考えると、理想のITエンジニア像も企業によって異なるのが当たり前ということになる。この「自社のITエンジニアにおけるあるべき姿」を設定せず、闇雲に現状ばかりを追いかけても効率的な育成にはならないというわけだ。
これと同時にやらなければならないのが、自社にあったキャリアフレームワークやスキルセット作りである。前述のとおり日本のITエンジニア全員を7段階に分けようとしているITSSを、そのまま自社の人事制度に適用するのは現実的ではない。つまりそれぞれの企業にあったキャリアフレームワークが必要になるわけだ。またスキルセットに関しても、自社の業務内容に合わせて組み上げる必要がある。企業導入する場合のITSSは、「標準」と付いているからといって、ルールのように変えてはいけないというわけではなくて、あくまで参照モデルだということだ。
そして、もう1点強調していたのが、いきなりITSSを人材育成と人事評価の両方に使うのではなく、人事評価は「ITエンジニアの理解が十分に得られてから実施するべき」という点だ。
「多くの企業は、ITSSを使って人材を育成しつつ、人事評価にも活用したいと考えています。これは大事なことですが、もしそうするのであれば、人材育成の部分が十分に浸透してITエンジニアの理解を得られてから、少しずつ人事評価制度に反映させていくべきでしょう。またその際もITエンジニア参加型のコミュニティを作り、話し合いをしながら反映をしていくなど、ITSSを活用した人材育成の考え方が浸透するように配慮をするべきだと考えています」
では、会社がITSSを導入するといった場合に、ITエンジニアはどのように対応するべきなのだろうか。
「ITSSが正しく導入されれば、今まで見えていなかったITエンジニアとしての将来像やそこに行くためのパスが見えてくるはずなんですね。また、目標に対して今何をするべきなのかも分かるアーキテクチャになっているので、具体的に自分のキャリアを考えられるといったメリットもあります。ですので、会社がやるから仕方がないと考えるのではなく、ぜひITSSについて勉強して積極的に社内での枠組み作りなどに参加してほしいと思います」
高橋氏は、ITSSが提供された目的を理解せず、さらにフレームワークやスキルセットを自社のビジネスに最適化せずに導入に至ったのが多くの導入失敗事例の理由であり、本来の使い方を誤らなければ効果的な人材育成ツールとなりうるという。確かに、IT企業において人材の育成は重要な鍵を握っていることを考えると、ITSSは利用しなければ“もったいない”ツールだと言えるのではないだろうか。
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