CyrixとCentaur(IDT)を買収してCPUメーカーとなった台湾VIA Technologies社(以下VIA)。前回に引き続き、今回は買収後のVIAのCPU開発について語ろう。
出たり消えたり、紆余曲折したVIA/Centaurのロードマップ
VIAの子会社として引き続きCPU開発を担当するCentaurは、その後も順調に開発を進める。もともとCentaurは人員数十名という、CPU設計会社としては異様なほどに小規模なだけに(後述するNehemiahの頃で70人程度と、当時のCEOであるグレン・ヘンリー氏に聞いた記憶がある。現在も100名程度のはずだ)、インテルやAMDのように毎年や2年ごとに新製品や新アーキテクチャーを投入する、というのは到底不可能である。その結果、平均3年程度で新製品が投入されるというゆったりしたペースになっているが、マーケットを考えればこれで十分というところなのだろう。
製品投入のペースはともかく、開発計画そのものはかなり意欲的である。1998年から2004年まで、ヘンリー氏は毎年半導体関連学会「MicroProcessor Forum」(MPF)で製品を発表しており、これらの際にロードマップがいろいろ紹介された。ちょっと多いが、以下にそれを示そう。
![]() | スライド1 MPF 2000でのロードマップ(その1)。「Mattew」は最終的にキャンセルされたGPU混載型CPUだが、のちに「CoreFusion」という形でMattewのコンセプトは製品化された |
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![]() | スライド2 MPF 2000でのロードマップ(その2)。この頃にはまだ、「C5X」と「CX」という新CPUのプランがあった |
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![]() | スライド3 翌年のMPF 2001でのロードマップ(その1)。早くもMattewが消えた(笑) |
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![]() | スライド4 MPF 2001でのロードマップ(その2)。この時点で「C5M」「C5N」というプランが追加された |
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![]() | スライド5 MPF 2001でのロードマップ(その3)。「C5X」「C5XL」「C5YL」が登場。CXが「CZA」に変化 |
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![]() | スライド6 MPF 2002でのロードマップ(その1)。C5Mが消えた |
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![]() | スライド7 MPF 2002でのロードマップ(その2)。C5XL以降の将来製品が複雑怪奇に |
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![]() | スライド8 Fall Processor Forum(FPF)2004でのロードマップ。「Not discussed today」とか言われても……。ちなみに2003年はロードマップの公表がなかった |
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![]() | スライド9 VIA Technology Forum(VTF) 2004でのVIAのプレゼンテーションより。今見ると突っ込みどころいっぱいだ |
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