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ついに上陸解禁! 日本一有名な廃墟、軍艦島に行ってきた!【前編】

2009年04月18日 21時30分更新

文● 伊藤 真広

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予習も終えて
軍艦島の探索に出発!

 簡単ではあったが、軍艦島の歴史は理解していただけだろうか。それでは、お待ちかねの軍艦島探索へと移るとしよう。
 4月末から行なわれる上陸ツアーは長崎港から出航するのだが、取材したのは4月上旬ということで、上陸ツアー用の観光船はまだ就航していない。そのため、長崎市から車で45分ほど移動した場所にある野々串漁港より、県のスタッフなどが利用する渡し舟に同乗させてもらい、軍艦島を目指すこととなった。
 この日の天候は晴れ。渡し舟の船長も驚くほど波、風ともに穏やかなもので、長崎ケーブルメディアのクルー2人とascii.jp取材班を乗せた舟は、無事に野々串の漁港を出発した。

長崎半島の真ん中あたりに位置する野々串漁港漁船えびす丸に乗って軍艦島を目指す!

軍艦島の上陸は運次第?

 わざわざ遠くから足を運んで来たとしても、軍艦島は必ずしも上陸できるとは限らない。上陸可能な条件は、波の高さが50cm以下、風速5m以下、視程が500メートル以上あり、なおかつ見学者が安全に下船できると船長が判断したときのみ。
 なぜ、ここまで厳しく定められているかというと、軍艦島に今回整備された桟橋は、波の高さに合わせて上下する一般的な浮き桟橋ではなく、旧桟橋を改修した固定桟橋のため。波の高さが50cm以上あった場合に、50cm以上足を上げて船から桟橋に移るのは、大きな危険を伴うからだ。上陸出来るか出来ないかは、まさに運次第というわけだ。

 港の防波堤を抜けると、遠くのほうに軍艦島の特徴的なシルエットが眼に入ってきた。遠目に見てもその人工的なシルエットは、加賀型戦艦として就航したもののワシントン条約で廃艦の憂き目にあった戦艦土佐にそっくりだ。
 出航した直後は、少し靄がかかっていたため細部まで見えづらかったが、軍艦島に近づくにつれて、肉眼でも建物の細部まで鮮明に見えるようになってきた。船に揺られること約10分、われわれは軍艦島の入口に到着した!

野々串漁港を出発直後にえびす丸の船首より軍艦島を望む徐々に大きくなる軍艦島の姿に、興奮を抑えられず、筆者からは無意識に「すげぇぇ」という声が漏れていたようだ
細部まで見られる距離に近づいたえびす丸軍艦島の南側。中心部分に見える赤い壁は炭鉱の資材倉庫跡
島の中心部。写真の左には、軍艦島が無人島になったのちも唯一人工的な灯りをともし続ける灯台の先端部分が見える島の北端。端島小中学校や端島病院が見える
軍艦島に残るドルフィン桟橋を改修して作られた上陸用の桟橋。長崎港から出発する上陸ツアーの船もこの桟橋に接岸する
ドルフィン桟橋は1954年に完成したが、翌々年の56年に台風で流出。その後、1958年に2代目が完成したが59年に再流出。より強固な3代目は62年に完成した。この3代目に大型観光船が接岸できるように改修したのが現在の桟橋ドルフィン桟橋から北側に視線を向けると、昔の積込桟橋跡が見える。そして、その奥には端島小学校の姿が!
いざ、軍艦島に上陸!!

(次ページへ続く)

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