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セイコーエプソン、インクジェット技術を活用した超薄型多層基板の試作を発表――省資源、省エネルギー化された基板の製造に道

2004年11月01日 19時35分更新

文● 編集部 小西利明

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試作された20層回路基板。表面に見える配線はインクジェット技術で描画されたもの
試作された20層回路基板。表面に見える配線はインクジェット技術で描画されたもの

セイコーエプソン(株)は1日、同社のインクジェットプリンターで培った技術を活用し、20層の超薄型多層基板の試作に成功したと発表した。これにより、現在の回路製造技術よりも必要な材料やエネルギー、廃棄物を大幅に削減した製造技術が実現可能となる。なおこのプロジェクトは、経済産業省が行なう“フォーカス21”の一環として、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による助成を受けた事業である。

同社によるインクジェット技術の工業応用について説明した、生産技術開発本部本部長の森昭雄氏によると、次世代を支える基盤技術の1つとして、“マイクロ液体プロセス技術(低エネルギー薄膜形成)”の研究開発を行なっているという。今回の発表はその具体的な成果を公表したものだ。この技術には、電圧によって形状を変化させる“ピエゾ素子”を使う同社のインクジェットヘッドの技術が活用されている。ごく簡単に言えば、半導体や基板の回路/絶縁層を、インクジェットで材料を噴射して描画(印刷)することで作ってしまう技術である。

同社生産技術開発本部本部長の森昭雄氏 インクジェットの技術を製造技術に応用できそうな分野。有機ELディスプレーへの応用については、2004年5月に発表が行なわれている
同社生産技術開発本部本部長の森昭雄氏インクジェットの技術を製造技術に応用できそうな分野。有機ELディスプレーへの応用については、2004年5月に発表が行なわれている

現在の回路基板の製造は、回路パターンを層ごとに作ったフォトマスクをいわば型として使い、基材上に積層した配線素材を必要な部分だけ残して除去するという方式で製造されている。この仕組みの場合、一度は不要な部分にも金属膜を形成するため、結果として資源が無駄に使われるほか、薬液を使うウェットプロセスの場合は多くの薬液(現像液・エッチング液等)を使用するなど、省資源や廃棄物排出抑制の面では問題も多い。しかしインクジェットでの描画による回路基板製造は既存の製造技術とはまったく異なり、層の積層~除去というプロセスは不要になる。これによって資源やエネルギーの使用を減らせるほか、製造装置やクリーンルームの小型化も可能で、「夢ではあるが、最終的には“デスクトップ工場”を実現したい」と森氏は語った。

同社が目指す低エネルギー工業のイメージ。多くの資源やエネルギーを使い、投資規模も大な既存の製造技術からの転換を目指す
同社が目指す低エネルギー工業のイメージ。多くの資源やエネルギーを使い、投資規模も大な既存の製造技術からの転換を目指す

詳細の説明を行なった同社KN推進プロジェクト部長の和田健嗣氏によると手順は以下のようになる。

     
  1. ベースとなる基材にインクジェットヘッドから金属材料を含んだインクを、金属層のパターンどおりに描画
  2.  
  3. 層同士をつなぐポスト(垂直方向の配線)を描画
  4.  
  5. ポストを避けて、層間絶縁膜を描画
  6.  
  7. 1~3を必要な回数繰り返す
  8.  
  9. 最後に表層絶縁膜を描画して完成

インクには粒径数nm~数10nmの金属粒子(今回は銀ナノ粒子)を、粒子同士のくっつきを防ぐ有機物でコーティングした粒子が含まれている。これらを配線として描画した後、150~200度に加熱すると、有機物が除去されて銀ナノ粒子による配線ができあがる。インクは材料メーカーとの共同開発が行なわれている。

同社KN推進プロジェクト部長の和田健嗣氏
同社KN推進プロジェクト部長の和田健嗣氏
既存技術による回路基板形成と、インクジェット技術による形成の違い。まったく異なる方式であるのが分かる インクジェットによる配線形成の仕組み。ナノサイズの金属粒子には、銀のほかに金、ニッケルなどが使える。現在一般的な配線材料である銅は、酸化しやすい性質のため研究中とのこと
既存技術による回路基板形成と、インクジェット技術による形成の違い。まったく異なる方式であるのが分かるインクジェットによる配線形成の仕組み。ナノサイズの金属粒子には、銀のほかに金、ニッケルなどが使える。現在一般的な配線材料である銅は、酸化しやすい性質のため研究中とのこと

今回発表された20層のサンプルは、2層の配線層同士をつなぐ“デイジーチェーン”を1セットとし、これを10セット重ねて20層の回路を作っている。配線回路部分の厚さはわずか200μm、ラインの幅はわずか50μmしかない。

試作された20層超薄型多層基板サンプルの概要
項目 データ
外形サイズ 20×20mm
厚さ 200μm(基材除く)
配線層数 20
ライン幅 50μm
ライン厚 4μm
最小ラインピッチ 110μm
総ライン長 5m
連鎖数 2480

さらに他にも、同一基板上に2層デイジーチェーンを15個作成し、1基板から多数の回路が生産できることを実証したサンプル、ハンダ付け用のランド(端子)や絶縁膜の形成、また回路と基板端子の接続をインクジェットで行なうといったサンプルについても説明が行なわれた。

ハンダ付け用ランドと絶縁膜形成のサンプル。中央左に並ぶ小さな金属部分が、インクジェット描画で作られた
ハンダ付け用ランドと絶縁膜形成のサンプル。中央左に並ぶ小さな金属部分が、インクジェット描画で作られた

従来とはまったく異なる回路製造方式であるため、応用範囲も幅広く期待される。和田氏によると、サンプルにあるような既存技術で作られた回路にハンダ用ランドや絶縁層を形成するものや、厚さ50~100μmの多層回路の製造などを製品ターゲットとしており、将来は“システムインボード(SiB、System in Board)”と称した、1枚の多層基板内にLSIやコンデンサー、抵抗やコネクター端子を集積した、非常に薄く、または小型のモジュールの製造を目指しているという。さらにはフィルム状の基板内に回路を実装したり、筐体となるプラスチックフレームの上に直接回路を描画する、いわば“基板レス”の機器への応用も考えられているという。

インクジェット技術によるシステムインボードの概念図。従来は基板上に実装されているLSIやコンデンサー、抵抗なども基板内に形成してしまう
インクジェット技術によるシステムインボードの概念図。従来は基板上に実装されているLSIやコンデンサー、抵抗なども基板内に形成してしまう

森氏によると、2006年3月末までに量産性の検証を行ない、実用化の時期は2006~2007年頃になる見通しとのこと。回路製造技術に革命をもたらす可能性を秘めた技術の登場と言えるだろう。

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