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【インタビュー】PS2用『THE 山手線~Train Simulator Real』を開発した向谷実氏「山手線の運転手さん、ごめんなさい」

2001年08月25日 00時45分更新

文● 編集部 中西祥智

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(株)ソニー・コンピュータエンタテインメントは、PlayStation2用の鉄道シミュレーターソフト『THE 山手線~Train Simulator Real』を10月に発売する。開発したのはフュージョンバンド“CASIOPEA”のキーボーディスト向谷実氏。向谷氏は『THE 山手線~Train Simulator Real』を制作した(株)音楽館の代表取締役でもある。

向谷氏は1995年以来、パソコン向けに鉄道シミュレーターを開発してきた。向谷氏の『Train Simulator』が、現在巷にあふれている鉄道シミュレーションゲームの最初のものだという。『Train Simulator』シリーズは21タイトル、40万本以上の販売実績を誇る。ASCII24編集部では、今回の『THE 山手線~Train Simulator Real』の醍醐味について、および今後の展開についてインタビューを行なった。

向谷実氏
『THE 山手線~Train Simulator Real』を開発した向谷実氏
[ASCII24編集部(以下編集部)] そもそも、なぜミュージシャンの向谷氏が、パソコン向け鉄道シミュレーターを開発しようと考えたのか?
[向谷実氏(以下向谷氏)] 昔から鉄道が好きで、1993年ごろ、電車の先頭車両から前方を見ていて、これがゲームにならないかと思ったのがきっかけだ。

ミュージシャンがなぜ、というのは以前より何度も聞かれているが、私は必ずしも“音楽命”ではない。音楽家らしからぬが、あまり音楽も聴かない。

知識を得ることには貪欲で、たとえば新聞は3紙、朝1時間かけて読む。政治、経済など、どんな話でもコヤシになり、曲作りにつながると考えている。私のようなタイプは、音楽ばかりやっているとむしろ煮詰まってしまう。無論、レコーディングやツアー中は別だが。
京浜東北線が追い抜く
京浜東北線が追い抜く。これまでの鉄道シミュレーターでは、駅に発着する前後の映像が、パラパラマンガのようになって見にくかった。しかし、この作品は発着前後の映像も、非常にスムーズでリアルだ
[編集部] 最初に『Train Simulator』を発売した時の周囲の反応はどうだったか?
[向谷氏] 「何だこれ、停めるだけか」といった反応だった。1995年の最初の『Train Simulator』はMacintosh版だったが、販売元からのイニシャルは、わずか300本だった。ところが、それがすぐに売れて増産、増産で大量の受注残を抱えた。最終的には1万本くらい売れたと思う。
[編集部] それ以来ずっとパソコン向けに開発してきたのが、今回PS2向けに開発したのはなぜか?
[向谷氏] 以前は、コンシューマーゲームを作っている人々とは住んでいる世界が違うと思っていた。だが、実際に接してみて、そうではないことが分かった。そしてPS2を見て、DVDが使え、ハードのスペックもパソコンを上回り、これなら『Train Simulator』が作れると考えた。

自分からSCEIにプレゼンテーションに行ったのだが、コンシューマー向けのゲーム性、運転以外の演出など、私にはできない。しかし、宮木さん(SCEI制作1部プロデューサーの宮木和人氏)らは「向谷さんのやりたいように」やっていい、こだわっていいと言ってくれた。私のこだわりとは、3万人に1人が気付いてすごいと思ってくれれば満足だというもので、そのこだわりで作っていいというのは、うれしかった。
[編集部] 今回の『THE 山手線~Train Simulator Real』の開発期間は?
[向谷氏] 1年少々だと思う。実際に山手線で撮影したのが2000年の10月だった。
[編集部] 東日本旅客鉄道(株)は全面的に協力してくれたようだが?
[向谷氏] 非常に協力的だった。3日間で3回、特別列車での沿線撮影を行なえた。車掌や駅員、東鉄指令(乗務員に対する指示を行なう部署)の音声も収録でき、ATC(※1)のデータまで提供してもらった。駅で停車する時の撮影で、前方に列車がいるとゲーム中ではその列車が静止してしまい、非常に不自然だが、今回は緻密にダイヤを組んでもらい、また現場の運転手の協力で非常にうまくいった。
※1 Automatic Train Control。自動列車制御装置のこと。先行列車との距離などに応じて決定した制限速度信号を走行する列車に送り、それに応じて運転する

[編集部] 今回もっともこだわった点は?
[向谷氏] ゲーム名に“リアル”とつけた通り、実写を使った究極のものを目指した。乗車人数や勾配による負荷を再現し、急病人発生やドアの荷物はさまりといったイベントも起こる。その際の駅のアナウンスも収録した。ゲームのために放送してもらうわけにはいかないため、実際にその放送が流れるまで、何回もトライした。

駅のホームの放送なども、それぞれ完全に再現しており、たとえば新橋駅ではスピーカーがひずんでいるのも再現している。走行音も下面がバラストからコンクリートに変われば音も変わる。制限速度が画面に表示されるが、出発後フルノッチで走行すれば、完全にシンクロして切り替わる。また、電柱に黄色いマークがついていて、そこで惰性運転にすればスムーズに走行できるが、これも再現している。
[SCEI制作1部プロデューサーの宮木和人氏] PS2で、映像を逆に再生できることも、画期的なことだ。
SCEI制作1部プロデューサーの宮木和人氏
インタビューに同席したSCEI制作1部プロデューサーの宮木和人氏
[向谷氏] 上り坂の駅で、ブレーキを解除したあとノッチをすぐに入れないと、列車が後退してしまうことも再現している。スタッフ内で最も興奮していることは、山手線の上の効果を交差して走る、京浜急行の列車の音を収録できたことだ。
[宮木氏] (山手線での撮影時に)電車がすれ違うタイミングを、綿密に計算した。もっとも、現場ではその計算がずれることもあったが。
[向谷氏] いずれにせよ、今回の作品でのすれ違い列車などの処理は完璧だ。駅で停車したときに、前方に不自然に停車している列車が見えるなどということは、一切ない。“究極の停まるゲーム”だと自負している。
[宮木氏] たとえば、ゲームには35秒の時間の遅れを、4駅3区間で回復する“回復運転”モードがある。いかに速く走るか、ではなく、最適な減速でいかにきっちり停めるかによって時間を稼ぐ。自分との戦いのようで面白い。
東鉄指令と交信中
東鉄指令と交信中。音声をお届けできないのが残念だ。停車駅のホーム変更などを伝えてくる
[編集部] すれ違いなどの扱いは、それほど難しいのか?
[向谷氏] 以前北海道の路線で撮影を行なったとき、低速で走行している列車を、おばあさんが追い抜いてしまった。もしその映像を使って、列車が時速100kmで走行すれば、おばあさんはそれ以上のスピードで走ってしまう。
[編集部] JRの運転手の反応はどうか?
[向谷氏] 開発にも参加してもらったが、非常に良い。実際、『Train Simulator』シリーズは本業の運転手が、また鉄道関連の会社や組合などがまとめて購入している
[編集部] このゲームが普及すれば、運転手の腕をチェックする乗客が増えるのでは?
[向谷氏] 運転手には、ガラスの後ろの乗客の声が聞こえている。実際に、地方のローカル線を『Train Simulator』でとりあげたら、運転手の後ろに並ぶ乗客が増えたという。このゲームのせいで、停車位置を厳しくチェックしたり、運転手の腕を採点したりする乗客が増えたるかもしれない。山手線の運転手さんには、気の毒な話だが。
[編集部] 本日(8月24日)発売の、『Microsoft Train Simulator』について、どう思うか?
[向谷氏] 海外の路線に重点を置いた、海外のソフトという感じだ。国内の路線に関しては、今後いろいろと研究されるだろうと思う。
[編集部] 今後追加したい路線、および他のゲーム機への対応は?
[向谷氏] まだ具体的な話ではないが、山手線は機械信号がないので、信号がある路線をやりたい。また、各駅停車だけでなく、快速や特急などにも乗車できる路線を追加してみたい。Xboxなど、ほかのコンシューマーゲーム機への移植などは、考えていない。
[編集部] 向谷さんの夢は?
[向谷氏] 究極的には、遊園地をつくりたい。実際の線路に本物の電車を走らせることができる遊園地だ。地方の赤字ローカル線を買うという方法もある。地元のために運行するが、運転手はしたいという人をボランティアで募る、とか。まあ、このゲームが500万本くらい売れたとしても、山手線は買えそうにないが。
運転する向谷氏
運転する向谷氏。開発者なので当然かもしれないが、実に鮮やかな手つきで電車を停車させた。運転手への転職を勧めてみた

向谷氏には、これまで『Train Simulator』を作ってきた関係上、鉄道の運転手の知り合いが多い。運転手との交流から、向谷氏は、運転手は“プロの職人”であり、ガラスの向うの運転室は“聖域”だとしている。

なお、向谷氏にもSCEIにも、山手線を買うことはできそうにないが、山手線の11両編成の205系1編成を借り切って、その中で向谷氏のトークライブや『THE 山手線~Train Simulator Real』ゲームを楽しむイベントを、9月16日に開催する。参加者は100名までで、それ以上応募があれば抽選で決定する。詳細はSCEIのウェブサイトを参照。

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