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『エキスパンドブック横丁』開催を前に――電子書店『サイバー・ブック・センター』古野信治代表に訊く

1999年10月08日 00時00分更新

文● 聞き手/文 Yuko Nexus6

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11月から大手出版社、電器メーカーなど151社が参加する電子書籍コンソーシアムがブック・オン・デマンドシステムの総合実証実験を開始、JR西日本では9月から主要駅にコンテンツ自販機を設置し実験的に電子本データを販売するなど、電子書籍を取り巻く動きがにわかに活発化している。

'93年、(株)ボイジャーが手軽に電子本を作成できる『エキスパンドブック』を発売し、“モニター上で本を読む”という電子書籍のあり方を提示。大いに注目されたが、その後、個人表現の場がウェブ上のホームページに流れるなど、電子書籍の歩みは平坦なものではなかった。しかし、'94年のMac World Expoからスタートした自費出版本のフリーマーケット『エキスパンドブック横丁』は、個人による自由な出版活動の場として足掛け6年続いている。当初ボイジャーの主催であったこのイベントも、近年はボランティアで活動するネット上の電子書店『サイバー・ブック・センター』が主催。来る10月8日から24日まで『デジタローグギャラリー』(東京原宿)で開催される“横丁”を前に、サイバー・ブック・センター代表古野信治氏にお話を伺った。

フォーマット論争よりも“出版するこころ”を大切にしたい


――今年2月に行なわれた“横丁”では、ボイジャー社の新製品『T-Time』による出版作品も登場し、盛況だったようですが、今回の出品作品はどんなものが集まっていますか?

「“横丁”はMac World Expoと秋のデジタローグ、年2回開催していますが、エキスポではお祭り気分も手伝って1日200冊以上飛ぶように売れていきます。

秋のフェアはもっと落ち着いたものですね。現在90タイトルほど作品が集まっていますが、その内容は千差万別です。従来は自作の詩集や小説、旅行記が多かったのですが、最近の傾向として実用書や日本になかなか紹介されない海外のアニメーションフィルムの情報をカタログ化したもの、また戦前に発行されていたような雑誌記事を個人で電子化して復刻するといった作品もあります」

「これはボイジャー自身が津野海太郎氏の『小さなメディアの必要』という絶版になっていた本を電子本で復刻したことがきっかけで、今後増えていきそうです」

古野信治氏サイバー・ブック・センター代表、古野信治氏

「フォーマットとしてはエキスパンドブックでオーサリングされたものの他に『T-Time』によるもの、またPDF、プレーンテキスト、なんでも受け付けています。特にT-Timeはウェブからダウンロードしたデジタルデータを縦書きにしたり文字の大きさを自由に変えたりして読みやすくする優れたビュワーですね」

「電子本というとすぐに、どういったフォーマットが主流になるのか? 専用端末かパソコンで読むのかといったことばかりが取り沙汰されがちですが、僕らとしては、自分で書いて作った電子本を皆に読んでほしい、という作り手の気持を大切にしたいんです。今後はただのプレーンテキストで入手したデータを個々人が好みのビュワーで読む、というのが電子本の主流になっていくのではないでしょうか?」

――サイバー・ブック・センターを始められたきっかけは?

「僕たちの電子書店はホームページ上に店舗を開き、作家や版元さんから委託された電子本を手数料をいただいて売る、というごくごく普通の書店形式をとっています。もともと10年ほど前にミニコミをやっていたのですが、印刷に掛かる資金、配本するための人手がなくてメゲてしまった。それが誰でも手軽に出版ができる! というエキスパンドブックに出会って飛び付いた……という、1ユーザー、ボイジャー製品のファンというのにすぎませんでした」

「コストが限りなくゼロに近い電子本も、今度はそれをどうやって人に見てもらうか? 年2回の“横丁”が発表の場になるわけですが、それだけでは寂しい」

「常時作品を販売できる場をつくれないか? というわけで、今度はインターネットに飛び付いた(笑)。そこで最初は独自ドメインを取ってやっていたのですが、カードで買えなければ不便、というわけで今はDivo(デジタローグとボイジャーの合弁)内に店を構え、カード決済でダウンロード販売もできるようになりました。ここまで準備するのに1年ほどかかりましたね。僕も、一緒にやっている相棒も決してこの書店に掛かりきりなわけではなく、本業がありながらのボランティアですから」

書籍写真フロッピーサイズの電子本はサイバー・ブック・センターからダウンロード購入できるが、色とりどりのパッケージを見ながら本選びできるのが“横丁”の醍醐味

本は本当に売れているのか?――良書が次々と絶版になっていく


――売れ行きはいかがですか?

「電子書店を立ち上げたものの、月に1冊ぐらいしか売れなくてがっかりしたことも……。でもね、考えてみてください。これは実際書店勤務の方も言っていますが、10万部、20万部と売れるベストセラーは一部のタレント本などに限られます。本は本当に売れているのか? 普通の本は書店でも月10冊売ったらいいほう」

「これが書店の現実だと思います。そして膨大な数の新刊が出る一方で、内容は良くても出版社の都合で絶版になる本がほとんどなんです」

「実際、1度紙の本で出したものの絶版にされてしまい、作者が電子本の形で自ら復刻するケースがあります。また紙の本で出版を試みて、どうもうまくいかない。そこで電子本に出会ったという人もいます。今回の“横丁”に出品された人の中でも、世の中に“電子本”という出版形式があるんだということに気づいて、1からパソコン教室に通い、自力で電子本出版にこぎつけた女性がいます。今までの電子本作家は何らかの形でパソコンに触れたことのある人ばかりでしたから僕も驚きました。そして、潜在的なニーズはまだまだある! とわかったんです」

画面写真
“横丁”出品作の一例。パソコン暦ゼロの女性が、インターネットを体験したいと思いパソコン教室に通う。そこで電子本制作講座に興味を持ち、ついには出版まで手がけてしまった! 庄司利音さんの『半分ねこ』(500円、FD)
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大容量の作品はCD-ROMで。『散文詩のおんなたち』:女性のセミヌードに散文詩を加えた秀作(950円、CD-ROM)
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『紀行文』(辰野明宏・雄一)。昭和33年、京都に修学旅行した当時学生だった亡父の旅の記録。引っ越しのため家を整理しているときに偶然見つけた子息が色褪せない電子本として復刻(100円、FD)
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『発想する紙』:今は亡き“Newton”についての考察、真のPDAについての提案をまとめたもの(300円、FD)
――ウェブ上のホームページと電子本はバッティングしないのでしょうか?

「何か書いたらウェブに載せて終わり、という人も確かに多いでしょう。ただ、作品として形にしたい、という出版に対する夢は多くの人が持っているはずです」

「現在の電子本の流れとして、国の団体や大手企業が莫大な予算を組んで行なう電子本配信実験などがありますが、僕は正直いって懐疑的です。衛星を打ち上げてそこから本をダウンロード! など、仕組みは確かに画期的に見えますが、果たしてそうやって手に入る電子本の内容は? そこのところをしっかり考えた実験をしてほしいんです。そうでないと読んでみた人が‘なんだ電子本ってこんなものか’と、また一過性のブームが繰り返されるばかりです」

「電子本に関わっている団体は僕らの他にもいろいろあります。過去の名作を電子データとして残す。これはボランティアでやっているところもあれば、大手出版社ならどこでも考えていることでしょう。実際、ボイジャーが新潮社と組んで出して成功した『新潮文庫の100冊』などがあります」

編集部注:アスキーでは、青空文庫に協力し、アスキーの雑誌に添付されるCD-ROMに青空文庫の内容を入れた

「しかし、こうした“古典”、“名作”の電子本だけでなく、個人が資金的にも無理のない形で出版に参加できる電子本の側面にももっと注目してほしい。販売しなくたっていいんです。個人的な思い出や作品をデジタルで作品化して親戚や友だちに配るだけでも、それは立派な電子出版だと思います」

「今後はそうした個人ならではのタイトルを増やすために、サイバー・ブック・センターで出版社を立ち上げたい、そこで潜在的にある電子出版のニーズを掘り起こしたいと考えています」

人物写真電子本とパソコンを持参して、各所で出張講習も行なっている。作家や版元からの出版企画持ち込みも常時受け付け
■『エキスパンドブック横丁 in デジタローグ・ギャラリー』
■開催日  1999年10月8日(金)~24日(日)
■開催場所 デジタローグ・ギャラリー(東京・原宿)<入場無料>
  〒150 東京都渋谷区神宮前3-27-7 TEL:03‐3408-2494
■企画 サイバー・ブック・センター
■協力 デジタローグ・ギャラリー、(株)ボイジャー
店舗写真『エキスパンドブック横丁』開催中のデジタローグ
店内写真
今回の『エキスパンドブック横丁』では、約80点の作品が展示されている

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