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【KNN特約】ネットエイジへ続け!--数億円で事業を売却した新タイプのベンチャー成功術

1999年04月12日 00時00分更新

文● KandaNewsNetowork、神田敏晶

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'99年4月5日、渋谷のインターネットベンチャー、(株)ネットエイジを巡る動きに、日本のベンチャービジネス関係者が沸いた。ネットエイジの運営するオンライン新車見積り取り次ぎサービス“ネットディーラーズ”が、ソフトバンクグループに売却されるという発表があったからだ。しかも売却額は数億円。日本のインターネットベンチャーの新しいビジネスモデルが誕生した。

自動車販売仲介サービスをソフトバンクに売却

売却先は、4月末に設立されるカーポイント(株)である。これは、 ソフトバンク(株)が50パーセント、米マイクロソフト社が40パーセント、ヤフー(株)が10パーセントずつ出資して設立される合弁会社。マイクロソフトが米国で運営する“カーポイント”と同様のサービスを、日本でも11月に事業化する。インターネットを利用して、自動車販売仲介サービスを提供するというものである。

ソフトバンクへの売却を発表したネットエイジの“ネットディーラーズ”事業部門のロゴ
ソフトバンクへの売却を発表したネットエイジの“ネットディーラーズ”事業部門のロゴ



ネットエイジ代表取締役社長の西川潔(にしかわ・きよし)氏は、コンサルティング会社、AOLジャパン(株)を経て、'98年の2月にネットエイジの設立に臨んだ。現在、日本のインターネットのベンチャーの多くが、ウェブサイト制作、サーバーホスティング、インターネット広告というクライアント依存型ビジネスを目指している。その中で同社は自らが事業を創造していこうとする創造型インターネット事業のスタイルを確立した。

宴会場検索システムの “スペースファインダー”に始まり、“Yahoo自動車”への情報提供サービスの立ち上げ、そして今回の“ネットディーラーズ”と、この1年間に意欲的なチャレンジを繰り返してきた。

・スペースファインダー
 http://www.spacefinder.net/

・Yahoo自動車
 http://autos.yahoo.co.jp/

・ネットディーラーズ
 http://www.netdealers.co.jp/

すべてに共通する点は、探したい人の立場に立ち、しかも情報をインターネットで提供するという手法だ。インターネットビジネスで成功した米国企業300社以上の事例を綿密に調査することで、西川氏が得た答えなのだろう。同氏は脳裏で、自社に適しているビジネスモデルを、常に模索していたに違いない。

売却は計画的犯行?

今回のソフトバンクグループへの売却について、西川氏に「計画的犯行では?」と意地悪な質問を投げかけてみた。

(株)ネットエイジ 西川潔代表取締役
(株)ネットエイジ 西川潔代表取締役



「計画的犯行だなんて、めっそうもありません」と西川氏は即座に否定した。売却のタイミングについて次のように続ける。「ただ、EXIT(創業者が経営の前面からは退いて運営型の人物にバトンを渡す)の方法として、いつか事業売却もあるだろうな--というのは、最初から意識していました。米国ではごく当たり前ですから。今回は、たまたまネットディーラーズがヤフーさんと提携してやっていたことと、孫さんとビル・ゲイツ氏との約束の分野が自動車だったことの、2つの幸運が重なりました」--。

ヤフーとの提携がすべてのチャンスのきっかけになった、と西川氏は言う。実際に米ヤフー社も、創業時には、米ネットスケープ社に間借りしながら成功のチャンスをつかんだという経緯がある。双方の企業にメリットがあれば、ヤフーは“Yahooブランド”を利用した事業に積極的である。

日本の場合、大企業が提携するとなると、実現するまでてんやわんやの大騒ぎである。しかし、米国の場合、事業提携が非常にスピーディーだ。そして決断も速ければ、結果が出るのも速い。それは“失敗したら提携をやめればいいだけ”と考えているからだ。インターネットビジネスでは、スピードが成功の最大の秘訣。先にブランドを浸透させてしまえば、はるか彼方にまで飛べることをみんな知っている。

スタートダッシュと情報装置産業

西川氏によれば、“Yahoo自動車”に提供するためのコンテンツの収集は、当初、予想以上に難航した。自動車メーカーも、どこの馬の骨かわからない企業に、車種のリストをおいそれと渡しはしない。ある時は雑誌、ある時は電話、そしてある時は、客をよそおい、車種のカタログを集め回った。西川氏に勝算があったからこそできた行動だ。

そして、そのリストのデータベースがあるからこそ、次のネットディーラーズの事業へと結び付く。今度は利用者が知りたい情報を持っているカーディーラーの開拓だ。西川氏は、ディーラーへの説明会のため、東へ西へと奔走し、靴底を減らした。

データベースには、装置産業のような性格がある。網羅型のデータベースは、いくら追い掛けたところで、先行した企業と同じものになるのがせいぜいである。とすれば、スタート時にダッシュして、コストの回収を早く始めた先行企業の方が有利になる。

こうしたインターネットの論理に、早くから気付いていたという点でも、西川氏は突出している。そして、それを実践した数少ない日本人の1人でもある。請負型のインターネットビジネスの限界を知っているからこそ、創造型のインターネットビジネスを推進できたのだろう。

サービス分野でのナンバーワンを目指すソフトバンク

そんな彼に注目したのが、ソフトバンク代表取締役の孫正義氏だ。ヤフーの大株主でもある。株価の高値で、自社以上の規模の企業を買収したのである。孫氏はインターネットビジネスを、「インフラの時代、サービスの時代、コンテンツの時代」とセグメント化する。「インターネットは、ようやくサービスの時代へと向かっている最中。まだまだコンテンツの時代ではない」とも語る。

また、同氏は「インターネット前史のシステム時代を代表したのはIBM。しかし、インターネット時代のサービスではヤフーだ。今後サービスの分野でソフトバンクグループはナンバーワンになる」と豪語する。

孫氏の手法は、米国ではインターネット時代の“ケイレツ”と称されている。ソフトバンクは他社に類をみないような資本投下による系列化で、インターネットのギガサイトともいえる“ネット系列”を完成しつつある。この系列が完成してしまえば、新規参入のチャンスは皆無になってしまうはずだ。

売却はベンチャー企業の1つのゴール

今回、事業を売却、そして買収された立場であるネットエイジでは、やんやの大賑わいであった。ベンチャー企業の成功理想形の1つなのである。日本流の“買収された”というネガティブなイメージはまったくない。「継続するか売り時か?」という合理的な判断の結果、売却という答えを出した。

かといって売り逃げではない。カーポイントの立ち上げに向けて、今後も協力していく。返済の必要のない潤沢な資金を、銀行でもなく、またベンチャーキャピタルでもない、自分たちの事業によって得た。新規の事業にさらに投資できる体力を身に着けたのである。

 このことは、事業部門の1つのゴールとも言えるだろう。その規模が数億円で、孫氏のお年玉が含まれていたとしても、日本のインターネットベンチャーにカンフル剤を与えたことに違いはない。

西川氏は、また、新たなインターネットビジネスのインキュベーターでありたいとも明言する。ソフトバンクの“ネット系列”をもフルに活用する勝算があるのだろう。

苗木で売るから庭は要らず、鉢だけで済む

 ネットエイジのビジネスモデルの目標は、ソフト的なインキュベーター、米idealab! である。カリフォルニア州パサデナに本拠を置き、インターネット上でアイデアのあるベンチャーに対してのみ投資する。米GoTo.com社や米Free-PC社をインキュベートした実績を誇る。

米GoTo.com社が運営する検索サイトは、有料広告を優先して露出するという、マーケティング主導による検索システム。また、米Free-PC社は、ディスプレーに広告を強制的に表示させることで、ユーザーに無料でパソコンを提供する企業だ。出資者は種をまき、苗木になるまで育てる。そこまできたら、他力利用で成長させ、投資を一気に回収する--というビジネスモデルだ。

このように、今までにないソフト型のインキュベーションの図式が、すでに米国では構築されている。アイデアのあるベンチャーと、それを支援するインキュベーターとで構成される。株式公開まで付き合うという、従来のベンチャーキャピタルに多いパターンとは違ったサポートの形である。

ハード設備を重視したインキュベート施設とは意味がまったく違う。ハード重視の姿勢には、不景気の時代の空きビル対策といった、本末転倒ともいえる思惑まで隠れていた。アイデア先行の時代には、広々としたフロアも豪華なキューブも不要だ。ましてや高価なハード機器は、インターネットベンチャーには無用の長物となりつつある。

・米GoTo.com社
 http://www.goto.com

・米Free-PC社にリンク
 http://www.free-pc.com/

・米idealab!にリンク
 http://www.idealab.com/

車小屋か兎小屋か

 ネットエイジの拠点は、東京・渋谷の繁華街に入ってすぐのところにある。狭い階段をのぼった2階の2LDKの中古マンションには、ひしめきあうように人が詰めている。西川氏は「この狭さがベンチャーなんですよ」と言うが、本当に窮屈である。オフィス環境は決してお世辞にもいいとはいえないが、この凝縮した空間には、ベンチャーの活気が満ちあふれていた。

ふすまを開ければ会議室へとつながるのも和室ならでは。ドアではこうはいかない
ふすまを開ければ会議室へとつながるのも和室ならでは。ドアではこうはいかない



 シリコンバレーの会社のスタートアップが、ガレージカンパニーといわれるのは、自宅の中で比較的スペースを自由にできるのが、ガレージぐらいしかなかったからである。基本的にガレージはどの家にもある。日本では、それがマンションカンパニーとなる。

道路を隔てた別室の開発チームの面々。道路を隔てていてもインターネットラインは届いているから不思議だ
道路を隔てた別室の開発チームの面々。道路を隔てていてもインターネットラインは届いているから不思議だ



全景を入れるとこうなる
全景を入れるとこうなる



 風呂や押し入れを改造して、少しでもオフィスニーズに合う形を作る。そんなマンションカンパニーでは、大声を出せば一気に情報が共有できる。電話で喋る声だけで営業結果がわかるメリットもある。またシリコンバレーでは、朝夕のラッシュ時に身動きができなくなるが、日本では、その心配もない。公共交通機関で1日に何社も訪問し、打ち合わせをいくつも持つことができる。

来客が多いと玄関のドアが靴で締まらない。ここまで集まることは珍しい。ともかく、渋谷の立地を活かし、いつも誰かとコンタクトがとれる
来客が多いと玄関のドアが靴で締まらない。ここまで集まることは珍しい。ともかく、渋谷の立地を活かし、いつも誰かとコンタクトがとれる



トイレの壁と溜まり場とサーバーとの共通点

 西川氏は、ネットエイジのビジネス以外にも、渋谷を日本のシリコンバレーにしようという“Bit Valley構想を提唱している。bitは、“bitter”(苦み、渋み、渋谷の渋)にもつながっているらしい。

・“Bit Valley構想”
 http://www.netage.co.jp/html/nacr/30.shtml

 “Bit Valley構想”は、まさにそんな渋谷エリアを中心とした、ネット系ベンチャーのコミュニティーの呼称である。ネットエイジは、その旗手ともいえる。サービス開始からわずか2ヵ月、準備を含めても1年に満たない期間で数億円もの資金をゲットしたネットエイジのチャレンジ。

トイレの壁は情報共有のクリッピングボード。ゆっくりと情報を共有できる場所は、もはやここにしかない。渋谷でbit valley、厠で踏ん張り、人が集まる、便がよい
トイレの壁は情報共有のクリッピングボード。ゆっくりと情報を共有できる場所は、もはやここにしかない。渋谷でbit valley、厠で踏ん張り、人が集まる、便がよい



しかしそれは、海の向こうの話ではない。超リアル感をもって日本のネット系のベンチャーを、十分刺激したことであろう。日本のインターネットベンチャーが、創造型インターネットサービスへ知恵と勇気を注ぎ込むことに期待したい。「ネットエイジへ続け!」と。

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