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【INTERVIEW】「検索機能を考えると、電子ブックが最適なメディアです」-『霊界物語』を出版した八幡書店代表取締役 武田崇元氏に聞く

1999年01月22日 00時00分更新

文● 取材/構成 アスキーNT 笹川達也

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 平成10年12月8日、 八幡書店から電子ブック版の『霊界物語』が発売された。『霊界物語』とは、明治から戦前の昭和にかけて、「世の立て替え立て直し」を掲げて大規模な活動を繰り広げた宗教団体「大本教」の教主・出口王仁三郎が、口述筆記によって著した物語だ。その分量も、全81巻83冊、原稿用紙にして約6万枚にものぼる莫大なものだ。今回、八幡書店の代表取締役 武田崇元氏に、電子ブック化で苦労した点などを伺った。

八幡書店の武田崇元代表取締役。八幡書店は、『竹内文献』や『秀真伝』といったいわゆる超古代史関連の書物や、古神道関連の書物などをメインに扱っている出版社。『霊界物語』は平成元年から通常の書籍でも発売している。
八幡書店の武田崇元代表取締役。八幡書店は、『竹内文献』や『秀真伝』といったいわゆる超古代史関連の書物や、古神道関連の書物などをメインに扱っている出版社。『霊界物語』は平成元年から通常の書籍でも発売している。



●電子ブック化の経緯

---電子ブック版が発売された経緯は?

「書籍版の『霊界物語』の企画は、平成元年からスタートしました。『霊界物語』は全部で81巻83冊あります。これを、6 巻ずつを合冊するという形式で、各冊を数カ月おきに発行し、平成4年に全冊の発行が完了しました。『霊界物語』は昭和43年に教団のほうからも刊行されていたけれど、欠本があいつぎ、当時はなかなか手に入りにくかった。ですから、弊社から出した『霊界物語』は、けっこう喜ばれました。1冊が9800円で全部で14分冊ありますが、この手の大型書籍としては、売れ行きのほうは、だいぶ健闘したと思います。まあ、当社の場合はずっと直販でやってきたことがプラスして、顧客リストが整備されていたこともありますが……」

「電子ブック版の企画は、平成7年頃だったかな、書籍版の『霊界物語』の制作を仕切ってくれていた久米君という社外のスタッフから出ました。当時はマルチメディアが騒がれていましたし、私自身も以前から『霊界物語』をデジタル化しようという構想はずっとあったわけですが、どんな器でやればいいのかいろいろ調べてはいたわけです。それで、いろいろなオーサリング・ソフトで試してみたのですが、だいたいが文字データを扱うという点では非常に貧弱だったし、そういうものがあっても、10巻や20巻といったデータを詰め込むと動かなくなるのがほとんどでした。もちろん1巻ごとに分けてデータ化する方法もありますが、巻をまたがって検索ができないと意味がない。特に『霊界物語』は1 巻あたり400字詰めの原稿用紙で約300 から400枚あって、これが83巻分もあるわけで、これだけのデータをひとつのまとまりとして検索できないと意味がないわけです。そういうことを煮詰めていくと、画像とかはともかくとして、まずは大量の文字データをつめこむことが出来、検索も標準化されている電子ブックがいいじゃないか、という結論になりました」

「決定的なのは、電子ブックの携帯性のよさですね。『霊界物語』は信者の方々が拝読会を開いたりするんですが、うちが出している書籍版のほうは1 分冊に6巻はいっているわけで、大きくて重いんです。この問題は1巻ずつ出しても、既存の書物という形態では同じことというか、だいたいこの都会の住宅事情で83冊ずらーっと本が並んでいるなんて嫌でしょう。それに『霊界物語』は、ある巻を読んでいるときに、他の巻を参照する必要がどうしも出てくるものなんですね。その点、電子ブックなら、83冊全部をどこでも気軽に持ち運べますし、どの巻でも瞬時に参照できるので、そういった需要にぴったりではないか、という点も評価しました」


電子ブック版『霊界物語』のパッケージ。全83冊もの書物が、このたった8cmのシングルCD-ROMに納められている。価格は3 万8000円と電子ブックのタイトルとしては高い部類に入るが、通常の書籍版(八幡書店版)が全冊で13万7200円することを考えれば、お買い得ともいえる。
 なお現在は、大本教団の天声社からも、『霊界物語』が1巻ごとに発売されている。

●本文は写植データを流用

---データの入力はどうやって?

「書籍版のときはモリサワの電算写植で組版していたんですが、そのときのデータを全部、DOS のファイルに落として流用しました」

「というと簡単そうに聞こえますが、これがまずやっかいなんです。まず、電子ブックではルビ(読みがな)がふれませんから、単語のあとに括弧でくくって読みを入れるように、本文データを修正しなくちゃならない。ところが、元のデータは専門用語でモノルビという方式で、二文字、四文字の漢字熟語でも一字一字に丁寧にルビをふっています。これを、そのまま開いちゃうと、たきえば霊(れい)界(かい)というように、非常に読みにくいものになるので、まずモノルビをグループ化しなければならないんです。これはもちろん専用のプログラムを作って対処するわけですが、最終的には人間が目を通してチェック修正しなければなりません」

「なぜかというと、所詮は『漢字列にふられたルビはグループ化する』というアルゴリズム以上のことは現状無理なわけですから、たとえば『人は神の子神(こかみ)の宮』というように変換されてしまう。これはもちろん『人は神の子(こ)神(かみ)の宮』が正しいわけで、こういう判断は人間がやるしかない。ともかく、このルビ問題というのは、本格的な人文系の出版物を作る場合、DTPでもいろいろやっかいな問題が生じてくる部分なんですね」

「それから、電算写植の場合、これは現在のDTPでもそうなんですが、最終段階である青焼きの段階で誤植を発見して、フィルムを切り張りして修正している場合があり、電算写植で使ったデータを全面的に信用するわけにはいきません。このあたりの検証作業にも時間がかかりました」

「いくら本文のデータがあるといっても、1冊2冊の本を作るのならいいけれど、83冊分となると、結構神経を使いました。おおまかにいうと、ボリュームに対して正比例じゃなくて、下手すると幾何級数的に手間隙がかかることになるという感じです。とくに、本文データに洩れがあるとまずいというので、結局はテスト版が出るつど、全巻を手分けして通読しなければならないわけで、これがけっこうたいへんでした。まあ、これだけ読んだから、そうとう御利益(ごりやく)はあるかと思いますが(笑)」

●一番大変な作業は検索単語の切り出し

---検索語数は全部でいくつですか?

「検索語数は11万4000語。そのキーワードの切り出し作業にも膨大な時間がかかりました」

「先頭から読んでいって、本のうえに赤線を引くといった作業を途中までやりかけたのですが、すぐに諦めました(笑)。それで、本文データから二文字、三文字、四文字、五文字以上というようにわけて、漢字列のデータを切り出す、さらに『神の経綸』というような『のつき言葉』や、『大本の神の仕組』のような『ののつき言葉』を切り出すプログラムを作らせました。だけど、そうして抽出したキーワード・データにはいっぱいゴミがあるわけで、その整理は最終的には人力になるわけです。ところが、このゴミ整理はある程度、『霊界物語』を読んだことのある編集者じゃないと出来ないわけで、いちばんたいへんだったわけです」

「コンピュターによる索引語句の自動切り出しというのは、いろいろ研究されてはいても、粗い網をかけることしかできない。だけど、そうかといってはじめから人力だけでやったんでは、これだけのボリュームのものになると実質的には不可能ですし、逆にいっぱい洩れが出てくる可能性もあります。洩れが出るのと、大きく網をかけておいてゴミ整理をして、その結果まあ多少のゴミが残るのでは、まだゴミが残るほうがいいということです」

「それから、ひらがなや、ひらがなまじりのキーワードを拾うことは、プログラムでは絶対に出来ないわけで、結局のところは、全部の本文データを、誰かがなめていくことになるわけです」

「また、とくに『霊界物語』でやっかいなのは、ひとつの熟語にやたらめったら読み方がある。瑞霊というのは、王仁三郎の霊格そのものを意味するわけですが、これは『おんたま』『かみ』『きみ』『ずいれい』『みずのみたま』『みずみたま』『みたま』『みち』と、9通りの読み方がある。宣伝使だってふつうは『せんでんし』なんですが、『かみさま』『みつかい』『つかさ』と読ましている箇所もあるわけで、極端なことを言うとほとんどのタームに最低でも2通りの読み方があって、よく出てくる言葉ほど6通りとか10通りとか、やたらに読み方が多いわけです。電子ブックのキーワドの持たせ方では、『漢字列+読み』でひとつのキーワードになりますから、キーワードの件数というのは当初の予測の3倍ぐらいになってしまったわけです」

「それと、最初の計画では、キーワード検索の対象としては『章』単位で考えていたわけです。つまり、『瑞霊』という言葉で検索した場合、その言葉をふくむ『章』の一覧が出て、そこから選択するとその章の冒頭にジャンプするというわけです。しかし、実際にテストしてみると、6巻ぐらいまでは『章』が比較的短いので、まだいいのですが、その後になればなるほど、1章あたりの分量がふえてきて、その中から探すということ自体がユーザーにとってはストレスになってきます。まあ、章内検索が出来ればいいんだけれどで、少なくとも電子ブックプレーヤのレベルではそういう機能はないわけです」

「そこで、『聖書』のように、ひとつひとつのセンテンスに番号をふって、それを対象にする、という案も出ました。しかし、そうすると、今度はヒット対象があまりにも多くなりすぎてわずらわしくなること、それと検索の対象範囲が狭くなりすぎて、せっかくの複合検索が意味をなさなくなってしまいます。いま『聖書』の電子ブックは2種類出ていますが、どちらも検索対象がセンテンスになっているために、あまり面白くない」

「そこで、『霊界物語』の約2000におよぶ各章を、さらにいくつかの『節』にわけて、『節』単位でキーワードをヒットさせるように工夫しました。これも口でいうと簡単ですが、81巻83冊をぜんぶ読んで、きちんと意味内容で区切っていかなければならないので、たいへんな作業量とストレスがあって、それで私は髪の毛が薄くなった(笑)。要するに、聖典に段落を設けるわけですから、責任は重大なわけですよ。こんな作業は誰も嫌がってしません。酢だの蒟蒻だのという人が多くて、下手なわけ方をすると、あとあと何を言われるかわからんわけです。ただ、これは電子ブック化ということをのぞいても、文献学的にいずれ誰かがやらなければならない仕事だったと思います」

「それでとりあえず苦労して『節』を設けたわけですが、『章』を対象とするよりは、はるかにヒット箇所がふえてきて、さあテスト版を焼こうとするとと容量オーバーになっちゃったわけです」

「結局、キーワード全体を見なおして、再整理することにしました。まず、不必要と思われる読み方ですね。あまりにも特殊だとか、よほど物語の内容を知らないと引けないような読み方をどんどん整理して、まあごく自然に引ける読み方だけを残すという作業を延々とやっていったわけです。実際、大方の人は『東の国』は『ひがしのくに』か『あずまのくに』で引くわけであって、『ひむがしのくに』とか『ひんがしのくに』という引き方はしないでしょう。こういう悩ましい作業を延々とやるわけですが、そうするとまたちょっとした手元の狂いで削っちゃいけない言葉を削ってはいないか、ということまで見直す作業も出てきて、最初に述べましたように作業量は幾何級数的にふえるわけです」

●発行が遅れてよかった点も

「そんなわけで、いろいろな要素が重なってずいぶんと難航してしまって、待たせた人には悪いんだけれど、電子ブック版の刊行に時間がかかって、かえってよかったとも思うところもあるわけです」

「最初に、テスト版ができあがったとき、ソニーのDD25という電子ブックプレーヤに入れて、大本の関係者に見てもらったんですが、画面が暗いということで不評だったんです。検索スピードもちょっと難がありました」

「それが、ちょうど1年くらい前から登場した新機種では、バックライトが付いたり、昨年秋に発売になったDD350では液晶画面も広くなったり、検索スピードも速くなったりと、非常に使いやすくなってきたわけです。それで、一昨年の秋頃でしたか、関係者に、最新の電子ブックプレーヤでテスト版を見せると、『これなら自分もぜひ欲しい、早く出して下さい』と非常に評判がよかったんです」

---パソコン版の『霊界物語』の予定はありますか?

「構想はありますが、いまはまず電子ブック版を売らなきゃならないもので……」

「まあ、今の電子ブック版でも、「ViewIng」などの閲覧ソフトを使えば、パソコンでも見れます。専用プレーヤよりもずっときれいでしょう」


一般に電子ブックはSONYなどの専用プレーヤーで閲覧するほか,パソコンで閲覧するためのソフトもいくつか発売されている。画面は、(株)イーストの「インターネットViewIng」で閲覧しているところ。フォントのサイズや種類を選択できたり、縦組み表示に対応しているなど、専用プレーヤよりも便利な機能もある。価格は4800円。対応OSは、Windows3.1/95,Power Macintosh。

----ただ、電子ブック版ですと、収録されている画像がモノクロ・ビットマップなので、やや寂しいのですが。

「うーん。今度、電子ブックの規格が拡張されて、パソコンで見る場合は256色カラー、専用プレーヤではグレースケールが可能になるということなんですが、『霊界物語』は現状で容量がぎりぎりなんですよ。まあ、圧縮も出来るようになるという話ですが、それなら、まず音声データを少しでも復活したいということはあります。当初は、王仁三郎の音声データも入れる予定だったんですが、キーワードの容量のために割愛せざるをえなかったわけです」

「ただ、そこまでいくと、つぎは電子ブックではなしに、完全なパソコン対応版へのチャレンジということになるでしょう。王仁三郎という人は、宗教家、予言者であると同時に、非常にすぐれた芸術家であり、マルチメディアな人だったんです。絵画や焼物もいっぱい残しておられますし、音声レコードや王仁三郎が自作自演で作ったパフォーマンス映像もあって、当社でビデオ・パッケージにしているわけで、そういうコンテンツはいっぱい蓄えているんです。まあ、これほどの素材というと怒られるかもしれませんが、マルチメディアじゃないと表現しきれないパーソナリティというのもないわけです。ですから、『霊界物語』を核として、音と映像で王仁三郎の全体像に迫る、つぎはそういうマルチメディア・ソフトをぜひ作りたいとは思っております」

「ただ、僕はマルチメディアといっても、原点としては、やはり『霊界物語』という文字情報にこだわるわけです。その点、環境的にはAcrobatなんかの登場で、文字情報の処理というのはずいぶん向上してきたと思います。ただこれも、じゃあ『霊界物語』の文字情報をぜんぶ詰め込んだ場合に、動作速度はどうなるのかテストしてみなきゃわかりませんし、検索エンジンの問題もあります。今度はキーワード・データはそのまま電子ブックのデータを流用できますが、やるからには、それに加えてフリーワードのハッシュ検索、章内検索が出来て、欲をいうと本文は旧かな遣いなんですが、これをきちんと自動読み上げさせる、そのうえで映像・音声ともリンクして、『霊界物語』以外の重要著作やいろんな関連情報がはいっているというものを目指したいですね。まあ、欲張りな話ですが…… ただ、まだノート型パソコンでもCD-ROMドライブ付きの機種は持ち運びには重たいですし、マックだ98だといっても、お年寄りの方にはまだまだ使いこなすのにも無理があるかもしれません」

「ですから、現状では、電子ブックというメディアは、手軽に持ち運びが出来て、手軽に万人が使いこなせて、高速で検索できるという点で、『霊界物語』には最適なメディアだと思います」

    (*)電子ブック版『霊界物語』については、 月刊アスキー2月号のp.287でも紹介しています。※注:『霊界物語』と出口王仁三郎について『霊界物語』は、明治以降の神道系の民衆宗教として、天理教、金光教、黒住教などとならんで有名な大本教の教主、出口王仁三郎(本名上田喜三郎、1871~1948)が口述筆記によって著わした書物だ。王仁三郎は、開祖出口なお(1836~1918)と出会う前の青年時代に一種の神隠しに遭い、高熊山の山中に籠もりながら、現実界、霊界、神界の真相を見聞させられる。『霊界物語』は、そのときの体験をベースに、35万年前の神代の時代 から50世紀の未来までを、詩歌や随筆、小説などのさまざまな文学形式を駆使して語ったものだ。いわば、スウェーデンボルグの霊界探訪記の日本版ともいうべき内容となっている。なお、大本教の戦前の活動や、出口王仁三郎の生涯に ついては、'80年代後半からさまざまな書籍が出版されたり、学研の雑誌「ムー」 などで頻繁に記事が掲載されるなどして、広く知られるようになった。近年は、 大本教そのものへの評価や関心とは別に、戦前の封建時代を豪放に生き貫いた 「大人物」として、王仁三郎が再評価され、また関心を集めている。

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