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――マイペースのパソコン散歩道

【連載コラム 山木大志のマイペースのパソコン散歩道 】第14回 放送とコンピューター――今日からあなたもテレビ局経営?

2000年08月11日 00時41分更新

文● text by 山木大志

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インターネットを使えば、これまでの通信と放送の境目がなくなり、既存の電話局、ラジオ局、テレビ局を誰でもが主催できるようになる……。このようなことは、つい最近まで可能性だけの話であった。理論的には可能であっても、技術的、実務的に越えるべきハードルが高すぎたからだ。しかし、こうした問題も着々と解決に向かいつつある。いつの間にか、あなたの隣人がテレビ局を“経営”しているかもしれない。

“通信と放送”にまつわる議論の目的は?

ここのところ、新聞や週刊誌などでは、“通信と放送”をテーマにした記事が目立つ。これらは「放送と通信の境目がなくなりつつあること、したがって、これらに関わる法律や既存の企業の役割はどうあるべきか」を主なテーマとしている。

事実として、すでに通信経路を使った放送は始まっている。たとえば、NTTのiモードは、膨大な“視聴者”を持つ放送ではないか? こんな巨大な企業のビジネスではなくても、多くのWebサイトでは、表現力その他でテレビに及ばない面があるものの、ラジオ、テレビと本質的に変わらない“番組”を提供している。

“通信と放送”の議論は、つい最近まで交わされていた“銀行と証券の垣根”と同じ種類のものだろう。技術と社会の変化によって境目がなくなったものを、既得権を持つ企業が、新規参入を目指す企業を牽制しているだけのように思える。そういえば、“銀行と証券”の話はどうなったのだろう? もはや議論で何とかなる段階でなくほど実状が先行してしまったので、話題にしようがないのだろう。“通信と放送”もいずれ事実によって議論の対象ではなくなっていくと思われる。

動画再生能力は限りなく実用に近づいている

これまでコンピューター上での“番組提供”での最大の課題は、テレビ並みの表現力が得られないことにあった。遅くて、しかも粗い画像でしか動画を再現できなかった。しかし今では、画面を大きく表示すると相変わらずぎくしゃくするものの、小さな画面なら気になるほど画像品質は悪くない。携帯型の液晶テレビと思ってみれば、さほど違和感はない。この調子なら極めて近い将来にコンピューターのモニター画面で、普通のテレビサイズで高精度、かつ滑らかな動きの映像が得られそうだ。

一般の人たちにとっては、映像の再生能力だけが問題だが、制作のための環境もどんどん整備されている。ビデオやアニメーションを制作、編集するためのソフトが驚くほど低価格で販売されている。しかも、いずれも高性能だ。数年前までこの種のソフトはそれをビジネスにする人たちしか手に入らないくらい高価だった。

滑らかで美しい映像を再生する仕組み

このようなことが可能になったのは、コンピューターの能力の向上が大きいのはもちろんだが、それとともに映像を制作、再生する仕組みの飛躍的な進歩がある。テレビの仕組みは基本的にパラパラ漫画と同じだ。無数の静止画面を連続的に見せることで“動き”を表現する。日本で使われているテレビの規格、NTSCでは1秒間に30コマの画像を連続して再生している。

これをオリジナルのまま、コンピューター上に持ってくると、20秒ちょっと程度のデータでもCD-ROMが一杯になってしまう。それでは、市販のコンピューターの能力を超えるので圧縮を行なう。それでもなお負荷が高すぎるので、かつては再生するコマ数を間引いていた。このため滑らかな動きが得られなかったのである。最近は、いくつかの技術を使い、この問題を解消しつつある。

よく知られているものでは、動かない部分は同じデータを使い、動く部分だけ書き換える。たとえば人物だけが動いていれば、この間の背景は1つのデータで済むわけである。データを軽くするためのもう1つの方法は、データをベクトル化することだ。アニメーションでは非常に効果がある。

あらかじめ用意した“部品”をコマンドで動かすTVML

基礎的な技術だけでなく、動画制作のための環境整備も進んでいる。その技術の一例として、“TVML”をご紹介しよう。これは、NHK放送技研、日立製作所中央研究所などが共同で開発中のスクリプト言語だ。あらかじめ用意した背景や登場人物などのデータを、スクリプトで逐次的に動作を実行させる。TVMLを利用するためのツール、データなどは、以下のURLでフリーウェアとして提供されている。利用環境はWindowsとSGIマシンだが、詳しくは以下を参照されたい。

http://www.strl.nhk.or.jp/TVML/Japanese/J01.html

TVML(TV program Making Language)の名前はHTMLを連想させるが、直接は関係がない。コマンドは70弱と少なく、スクリプト言語の経験のある方なら、比較的短時間で習熟できるのではないだろうか。テキストエディターなどでの記述も可能だが、専用のエディター『TVML Editor』も用意されており、こちらを利用すると、視覚的な操作、いわゆるWYSIWYGで映像編集が可能だ。

TVML Editorを利用すると、スクリプトを記述しなくても動作や背景などを指定できる
背景を別の背景(左図)にすることも簡単にできる。コマンド、キャラクターなどの変更は、直ちにスクリプトにも反映される。テロップ(画面上の文字列)、BGMなどもスクリプトで挿入できる

TVMLを使うと、従来のアニメーション作成のように、大量のセル画を作成する必要がない。一貫した背景は1つの背景画像を使い、動くオブジェクトもコマンド記述を変更するだけで何度も使い回すことができる。舞台で大道具、小道具を揃えるような感覚だ。既存のムービーファイルを内部で実行することも可能なので、自然映像と組み合わせて利用することもできる。

TVMLは一種のマルチメディアオーサリング環境である。既存のその種のソフトとの最も大きな違いは生産性だろう。従来のマルチメディアオーサリングツールは、極論すると優れたクリエーターが1人で作るしかない。分業が難しいのである。TVMLは、キャラクター、背景などのパーツ作成はもちろん、その動作も事細かに分解できる。これによって、共同作業が容易になるのである。

あなたもテレビ局の経営者!?

TVML登場の背景には、今後テレビが急速に多チャンネル化していくことがある。映像制作/編集のプロを短期間に急増させることは難しいので、経験が浅い人たちだけでも簡単に番組制作ができるようにする狙いがあるのだろう。

制作環境としてはまだ未完成といってもよいだろう。今の段階では、動くキャラクターは当該サイトで提供されるものしか利用できない。また、作成したスクリプトを番組として使うには、ムービーファイルにしなければならないが、そのツールは提供されていない。もっとも、ムービー化ツールはすでに完成しているようで、Webサイトには、TVMLで作成したと思われるムービーファイルも置かれている。

TVMLが、実際の番組制作に広く使われるかどうかはまだ分からない。しかし、今後はこのように制作が簡単なツールが一般化するのだろう。その恩恵として、一般の人たちも容易に映像の制作/編集ができるようになる。DTPが出版物を、DTMが音楽を容易に編集できるようにしたのと同じような現象だ。そして、Webという配信手段がすでにある。気が付くと、あなたも隣人もテレビ局を開局しているかもしれない。でも、元を取る方法がないね(^o^)。

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