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【World InfoCon Vol.5】グローバルなデジタルメディア社会の光と影を表現したエキジビション“World-Information.Org”

2000年08月04日 22時57分更新

文● 岡田智博 coolstates.com

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4回にわたって取り上げてきた“World InfoCon”。本稿では、本イベントと併催されていたエキジビジョン“World-Information.Org”について報告する。

ブリュッセル市は、この“World-Information.Org”のために、2000年欧州文化首都イベントアート部門の会場を確保した。総床面積3万平方メートルもの広さを持つビルの3フロアーをまるまる1ヵ月間にわたって提供、そのうちの2フロアーを用いて“World-Information.Org”エキジビションを1ヵ月間ほど開催したのだ。

期間限定インフォメーションロビーに設置されたインフォメーションブース

ブリュッセル2000の期間中のみ限定オープンしている開放的な雰囲気のバー。この街で今起きている文化イベントの情報が集まったインフォメーションブース。その奥で夜な夜な無料で行なわれるDJイベントやコンサートなど、さまざまなライブが開催されるホールを抜けると、エレベーターに突き当たる。

訪れた日曜の昼、ホールでは群舞の練習する人々が……

このエレベーターに乗って4階で降りると、来場者用の専用端末が目に映る。そこでチケット番号を認識させ、顔のイメージと指紋を登録する。パターン登録に必要な情報量の多さや、何度もこすり付けなければならない指紋認証は、それらの認識技術が未熟で面倒だということをのっけから肌身に感じさせてくれるシロモノだった。

認証システム。来場者はまず顔のパターンと指紋を登録

巨大情報企業の性格から情報セキュリティーまで

最初に入場した“ワールド・インフラストラクチャー展”は、情報社会を取り巻く学際的な分野のスペシャリストチームによるもの。1年間にわたってまとめられた解説が30葉以上の巨大パネルと、それぞれのトピックを象徴する展示物によって繰り広げられた。

4階のエキジビション

“World-Information.Org”に参加したメディアアーティストたちの手によって編集・デザインされたパネルは、パワーを持った視覚的なグラフィックスで来場者を訴求する。その内容は、巨大情報企業の性格や情報化する貨幣経済から、インターネットのしくみ、バイオチップ、情報セキュリティーまで多岐にわたる。一葉ごとに個々人の生活に関わっている“情報化”という事象を理解しやすく表現していた。

また、こういった展示方法によって、物としては見せることができない“メディア”が、一人ひとりに大きな影響力を及ぼす存在であるということを我々に語りかけていた。様々な理解を与えてくれる“知識提供者”としての役割を発揮したものであった。

怪しげな液体を飲め!?! というカルト教団の正体とは……

では、そのメディアがもたらしている世界をアーティスト自身がどのように表現しているのだろうか? 次のスペースで展開されていた“未来遺産エキスポ”にその答はあった。

ここでは展示だけでなく、1週間ごとに出展アーティストが会場に滞在し、自身の作品を用いて実際に表現するという趣向になっている。今回の取材時には、カーネギーメロン大学ロボッテック研究所助教授、スティーブ・カッツ氏率いる“クリティカル・アート・アンサンブル”がパフォーマンスを披露していた。

“ニューイヴ・カルト団”の勧誘中。カルトな雰囲気を醸し出すための演出も

これは、ヒトゲノムプロジェクトによって新たなる“イヴ”が生まれることを祝福しようという“教義”を持った“カルト”を仮につくり、布教のためのWebサイトやイベントを展開するという、まさにクリティカルなアートプロジェクトだ。ブラウザー上で“入信”の登録をすると、“お菓子”や、怪しげな液体!?を差し出してくれるという徹底ぶりだった。

他の日程では、同じくアメリカからの2人組である(R)TMARKが“キャプテン・アメリカ”ならぬ“キャプテン・ユーロ”というキャラクターを“開発”、ヒーローショーを展開。Webでファンドを募り、ユーモア溢れるデジタル社会批判のプロジェクトをベンチャーキャピタル風に展開しているのが彼らの作品である。とらえどころのないEUの苦しさを風刺していた。

外界との関係性を常に反映させるメディアを取り扱うアーティストたち。斜にかまえた彼らが、どのようにデジタル社会とそのグローバリゼーションの現実を我々に気付かせようとしているのか? という試みであり、大いに楽しませてくれる場であった。

“未来遺産エキスポ”ではインゴ・ギュンター氏によるインスタレーションも展開されていた

情報通信技術による監視を身近なリアリティーとして喚起させる“The World-C4U-Exhibition”

更に上の階(5階)へと向かうと、端末がついた鷹揚なゲートが入り口を塞ぐ。そして、「カメラに顔を向けよ、センサーに指を擦りつけろ」とせっつかれる。ここで、4階の入場口で登録したデータが再認識され、次のゾーンへと入ることができるというのだ。

最初に登録した顔と指紋を照合したら入場できる

入ると何十台もの解像度の低いモニターが、様々な視点からの私個人の姿を映し出す。ここは、どのように情報通信技術が監視に使われているのか、それを身近な物として気付かせてくれる“The World-C4U-Exhibition”である。

……そしてこう映されるのだ

モニターから視点を移すと、オフィスをかたどったセットがある。ここに何十台もの隠しカメラが埋められているのだ。横には東西冷戦時代(そしてそれ以降も)、実際に国家機関によって用いられてきたものと同様の、スパイや監視用の盗聴盗撮機器が展示してある。他にも、激しく動く保安用カメラといった存在によって、情報通信技術による監視を身近なリアリティーとして喚起させる。

この部屋に何十ものカメラが埋められているのだ

巨大スクリーンには軍事訓練用のシューティングゲームも

次のコーナーでは“エシュロン”のようなものですら、今や身近で簡単に実現してしまうという実態を見せつけられる。スロベニアのアーティスト、マルコ・ペルジャン氏が出展した作品がそれだ。中央にキーボード、そしてその周辺におびただしい数のモニターやスピーカーが配され、人工衛星の飛行経路や、民間機の航行位置がリアルタイムモニターに映し出されていた。あたかも世界中の通信を傍受し、何かをたくらむためのコントロールルームのごときインスタレーションだ。

“ワールド・インフラストラクチャー展”より、エシュロンマップとPGP
マルコ・ペルジャン氏の出展品“マルコシステム”。世界中の通信網を掌握する!?

最後の出口には、シューティングゲームが映し出された“巨大スクリーン”が待ち構えている。ただのPCゲームではないか? と思うのだが、これはプログラムを付け加えた独自バージョンだ。『DOME』など、アメリカで開発された幾つかのシューティングゲームには同じように、独自プログラムが付け加えられている。キャラクターを変えたり、味方を撃つとゲームが終わってしまったりというように、パラメーターの設定を変更した特別バージョンがアメリカ軍の訓練に用いられていると指摘、その感覚を実際にテストプレイしてみようという訳である。

PCシューティングゲームは軍事訓練にも応用される

サイバースペースとリアリティーの世界を再考させる初めてのイベント

“World Information.Org”の展示に関して、“World InfoCon”のモデレーターを務めたエリック・クライテンバーグ氏*は「パブリックに対して、サイバースペースが自分自身にどのような影響を及ぼし、また及ぼしうるのかを分かり易く紹介、喚起したエキジビションを開催したのはヨーロッパ規模を見渡してもでも初めての試みだった。これは、私自身が見ても、とてもよくできた展示だったし、来場者の評価も高かった。早くも引き合いがあるとのことだが、今回だけではもったいなく、ヨーロッパ各地で展開しても成功するだろう」と評価する。

*エリック・クライテンバーグ氏:アムステルダムのDe Balie(政治文化センター)において、ニューメディア・プロジェクト・コーディネーターも務めている

たとえどんな形であろうと、地球規模でできあがってしまったデジタルメディア依存社会を再確認し、“どのようにパブリックな世界へと変えてゆくのか?”というコンセンサスを深める試みとして開催された“World InfoCon”。同じリサーチグループとアーティストたちの手により、現実社会の姿をエキジビションの手法を用いながら、パブリックに対してプレゼンテーションした“World-Information.Org”。

新しい社会や技術をもとにした現実と、その可能性を提示する“知識提供者”としてのメディアアーティストや知識人。この2つのイベントを通して、彼らの役割を担う形が、ヨーロッパから着実に芽生えつつあることを感じて頂けたのではないのだろうか。

筆者によるヨーロッパのパブリックなサイバースペースとメディアアートに関するレポートは、coolstates.com のサイトでも読めます

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