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夢は大ボラを越える? 2100年のコミュニケーション像を語るシンポジウム――NTTCS研オープンハウス・レポート(前編)

2000年06月12日 00時00分更新

文● Yuko Nexus6

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京都府精華町にあるNTT西日本京阪奈ビルにて、6月8日と9日の両日、“NTTコミュニケーション科学研究所オープンハウス2000――コミュニケーション新世紀”が開催された。研究所を開放し、'99年度の本研究所(NTTCS研)における研究成果を発表する展示、シンポジウム、懇親会などが行なわれ、全国のNTT社員はもちろん大学関係者、各企業・団体の研究職員などで賑わった。本稿ではそのうち9日のシンポジウム内容をレポートする。

“大ボラ”でもいい。100年後の生活を大胆予想してみよう

モデレーターを努める東倉洋一所長の挨拶で幕を開けた9日のシンポジウムには“コミュニケーション2100 ――夢は大ボラを越えて”というタイトルがつけられている。100年後の社会のコミュニケーション像について、大胆に語りあおうという内容だ。

まずNTTCS研より心理物理学が専門の柏野牧夫氏、計算機科学出身の平田圭二氏が問題提起を行ない、続いて外部からの出席者がそれぞれの立場から“100年後の未来像”について語った。

100年後のVR技術を題材に発表した柏野氏。VRの発展は人間の身体イメージを変える、と予測
100年後のVR技術を題材に発表した柏野氏。VRの発展は人間の身体イメージを変える、と予測



平田氏は「情報技術の発展はマイルス・ディビスの足跡と重ね合わせて予測が可能」と大胆(?)発言。「予測し制御しなければ、情報技術は役立たない」と強調
平田氏は「情報技術の発展はマイルス・ディビスの足跡と重ね合わせて予測が可能」と大胆(?)発言。「予測し制御しなければ、情報技術は役立たない」と強調



川浦康至教授(横浜市立大学)は、最近の広告、雑誌記事、映画といったメディアに表われたモバイル、電子メールなどのコミュニケーション・イメージを示しつつ「100年後にITがどうなっているか、を問うなら、まず100年後の生活を予測しなければならない」とし、より一層の個人化、家庭の機能のアウトソーシング化がますます進むことを予測。

“重くないコミュニケーション”のツールの必要性を説く川浦氏
“重くないコミュニケーション”のツールの必要性を説く川浦氏



「他者の存在を確認するには、現在のようにいちいちメールを書くというよりは、より“重くないコミュニケーション”のツールが必要になるだろう」と、当日の展示のなかから『ひとのあかり』(詳細は後編記事を参照)を評価していた。

人間と光の限界、情報は万能ではない

続いて竹内郁雄教授(電気通信大学)が、IT技術進歩の速度について発表を行なった。人間の使用するコミュニケーションツールは、1895年にイタリアのマルコーニが無線電信を発明して以来、驚異的なスピードで進化を続けてきた。このままでいくとITは無限に加速し続けるように見えるが、実際には人間の生物学的限界という厳然たる限界が存在する。

「ところが社会の電子化サイクルは人間の活動限界を簡単に打ち破ってしまうんですね。ネットワーク取り引きは21世紀には秒単位からマイクロ秒単位にまで加速するかもしれない。すると非常に簡単に1日に5回ぐらい恐慌が起こっちゃうかもしれない(笑)。これにブレーキをかけるのが光の速度限界です」

どんなに速い回線を使っても、通信速度は光の速さを越えられない。

「ニューヨーク、東京間には100msぐらいの通信遅延があるんでしょうか。こうした遅延をむしろ積極的に利用する方向で各分野の研究を進めるべきですね」と結んだ。

マーフィの法則、ネット対戦ゲーム、ネット化された経済活動など、わかりやすくユーモラスな例をあげて会場をわかせていた竹内氏
マーフィの法則、ネット対戦ゲーム、ネット化された経済活動など、わかりやすくユーモラスな例をあげて会場をわかせていた竹内氏



中村桂子館長(JT生命誌研究館)は、開口一番「情報はいくらあっても面白くない。あればあるほど面白くない」と発言。生物学者としての実感を語った。

「100年前に進化論、メンデルの遺伝法則などが発表されて以来、生物学は急速に進歩し、ヒトゲノムの解析が今年中に完了するのでは? という人もいるほど。確かに情報は膨大に手に入ったのですが、生物学者としてわくわくするような面白味があるかというと、むしろ減ってきてると言わざるをえない」

ITだ、情報の時代だとかしましい昨今だが、情報があるというだけではダメだ、と中村氏は強調する。

専門を生命科学から生命誌(生命の歴史)へとシフトさせた中村氏は「人々を支えてきた『物語』を科学が壊してきたのがこの100年。では次の100年に向けて、科学が新しい物語をつくっていかなければならない」と語る
専門を生命科学から生命誌(生命の歴史)へとシフトさせた中村氏は「人々を支えてきた『物語』を科学が壊してきたのがこの100年。では次の100年に向けて、科学が新しい物語をつくっていかなければならない」と語る



“気配”を感じられるような技術など、多様な立場から意見交換

最後に全員参加のディスカッションが行なわれた。

柏野「現在のVR技術が追いかけているのは、絵や音など誰にも当り前に感じられるものばかり。野生動物が持っていて人間では退化してしまった“気配”を感じる能力といった微細な感覚をないがしろにしているようだが、今後はこの方面に研究を進めることが重要」

中村「イマジネーションをかきたてるものは、ある種の情報の欠落だったり省略だったりしますね。情報を積極的にカットすることが、むしろ想像力の源泉になるかもしれない」

川浦「ABSやエアバッグなど現在当り前の技術をベンツが考えはじめたのは60年前だといいます。主観的な予測や期待(大ボラ)を持つことは、研究者にとって大切なこと」

東倉「ITとは、人間をより深く理解するための道具にすぎない。そこで当研究所では“やれるところから手をつける”のではなく“やらねばならないテーマに手をつけるべき”と考えています」

など、盛んに意見が交わされ、会場からも「IT革命でむしろ人間の潜在能力は削がれていくのでは?」、「メディアと人間のかかわりはどう変わるか?」、「技術革新によって人間は本当に変化するか?」といった質問が積極的に寄せられた。

心理学、情報工学、メディア論、物理学、生物学……専門分野を異にする研究者たちによる意見交換が行なわれたシンポジウム
心理学、情報工学、メディア論、物理学、生物学……専門分野を異にする研究者たちによる意見交換が行なわれたシンポジウム



今年は2000年という節目の年であるだけに100年前の未来予測はどうだったか? どれだけ当たっているか? といった特集がTVや雑誌で取り上げられたものだが「意外と当たってる!」ということだ。自家用飛行艇や宇宙旅行の分野には“大ボラ”が目立つが、生体移植などの医療分野、そしてテレコミュニケーションについては予測がかなり的を得ている(逆に明治時代人が想像もできなかったのはクレジットカードの出現だそうだ)。

現在は雲をつかむような話でも、基礎研究に携わる研究所として「とにかくホラを吹いてみる」ことの大切さを強調したシンポジウムであった。

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