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“情報”をめぐる熱い早慶戦。早稲田の逆襲は? ――CIEC研究会より(後編)

2000年06月06日 00時00分更新

文● 船木万里

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CIEC(コンピュータ利用教育協議会)は、3日、早稲田大学高等学院会議室において小中校部会の第4回研究会を開催した。今回は文部省情報科教科書調査官の福士氏が“情報教育が目指すもの”と題し、講演を行なったほか、慶應・早稲田両付属校におけるカリキュラム紹介と課題の洗い出し、都立高校の現状についての報告、早稲田大学教育研究プロジェクトからの提言などが発表され、今後の情報教育における課題点を活発に議論する場となった。本稿では後半の早稲田からの報告や提言を中心にレポートする。

早稲田の逆襲。情報を活用できるリテラシーを

文部省の福士氏の講演後、慶應義塾湘南藤沢中高等部教員の田邊則彦氏が情報カリキュラムについて提言し、教え子である現在慶應義塾大学理工学部1年の松原正樹氏が、母校での情報の授業についてプレゼンテーションを行なった。これに対し、会場となった早稲田大学高等学院の教員、橘孝博氏はふたりの学院生を率いて“新教科『情報』:文部省が求め、教師が考え、生徒が望むもの”と題した現状報告をした。

早稲田大学高等学院の教員、橘孝博氏。「コンピューターの扱い方ではなく、情報の扱い方を教えるのが情報科」早稲田大学高等学院の教員、橘孝博氏。「コンピューターの扱い方ではなく、情報の扱い方を教えるのが情報科」



新学習指導要領によれば、『情報』という科目は、高校までに各生徒が培った情報活用能力の格差を埋めるためのものであり、また他教科の学習に役立つよう、他科目との連携を図ることが重要である。これまでにも教育プロジェクトとして“こねっとプラン”、“100校プロジェクト”などが実施されているが、これらはインターネット利用に特化した教育であり、情報科の内容に対応したプロジェクトとは言えない。

こうしたことから、実際の授業においても、情報リテラシーではなくコンピューターリテラシーを重視しがちになる、という問題点が予想される。情報教育の特徴としては、教育内容が時代に強く規定され、また習ったことがすぐ使えなくなるという同時代性や、明確な親学問がなく、大学の講義内容を高校情報科に対応させるといったことができない。従って教科書作成も非常に困難なものとなる。この点をふまえ、早稲田大学高等学院では、姉妹校である本庄高等学院との共通教科書を作成し、こうした情報化の問題点に対応している。

2人の学生からの提言と要望は自主性の尊重

この教科書を利用して情報科の授業を受けている、早稲田高等学院2年の松崎智也氏、3年の木下斉氏は“生徒の望むこと”として発表を行なった。2人は、コンピューター利用時間やネットワーク接続の制限など、学校のネット環境に不満を表明し、生徒の立場で“学校の情報推進化プロジェクト”を進めているという。情報科の授業においては、教師の役割は指導ではなくコーディネーターであるべきだとし、生徒の自主性を尊重して、生徒の可能性をつぶさないでほしいと要求。

早稲田高等学院2年の松崎智也氏。「情報科では、教師は生徒のやりたいことを支えてくれるコーディネーターとなってほしい」早稲田高等学院2年の松崎智也氏。「情報科では、教師は生徒のやりたいことを支えてくれるコーディネーターとなってほしい」



木下氏は「生徒の望む教育システムとは、実践的に社会に生かせる技術や知識の修得である。情報科は、コンピューターの利用能力ではなく、情報の活用力を培うものであり、最終的には相対しているのは機械ではなく人間。コンピューターは人脈を得るための道具にすぎない。私は情報活用能力を生かし、様々な校外活動を行なっている。学校は最終的にはコラボレーションではなく個人の力を評価して、学校内外の活動を総合的に認めてほしい」と雄弁に語った。

早稲田高等学院3年の木下斉氏。「情報活用能力を生かした、学校内外での幅広い活動を認め、生徒の可能性を伸ばして欲しい」早稲田高等学院3年の木下斉氏。「情報活用能力を生かした、学校内外での幅広い活動を認め、生徒の可能性を伸ばして欲しい」



都立高校の現状は? 教員側の免許取得の問題

休憩をはさみ、東京都立武蔵高等学校の下田光一氏が“教科『情報』の実施に向けて――都立高校の現状と課題”と題して報告を行なった。下田氏は、前任校で情報科の授業を行なっていた。グループワークでの課題制作を指導した経験を生かし、武蔵高校でも情報科を担当することになっている。

東京都立武蔵高等学校の下田光一氏。「情報科の教員免許を取ることで、その教員の負担が倍増する状態は改善してほしい」東京都立武蔵高等学校の下田光一氏。「情報科の教員免許を取ることで、その教員の負担が倍増する状態は改善してほしい」



今の課題としては、教員側の“免許取得”に関する問題がある。東京都の現職教員養成計画としては、“数学”、“理科”、“家庭”などの普通免許をもつ教員のみが講習を受け、免許を交付されて“情報科”教員となる。しかし自分の専門教科を平行して教えることが可能なのか、また、元の教科に戻れないのか、という危惧や、他教科の教員は講習を受けられないのか、などの問題が解決していない。

また、1人で40名の生徒実習を受け持つことは現実的とは言えず、ITによる授業が望まれるが、その人材が確保できていない。先に発表のあった早稲田・慶應の付属校では、アルバイトの大学生がサポートしているが、公立校では財政的に困難と思われる。また、ハードウェアのメンテナンスまで教員が行なうことは不可能に近いので、SEの派遣が不可欠。設備に関しても、ストレスを感じない通信回線やプロジェクターなどの装置が必要である。このように情報科新設においては、教科の内容面だけではなく実習環境の整備に関しても、公立校では様々な問題点が山積している、と下田氏は述べた。

教育のインターネット導入をフォロー

最後に、JERICの宮澤賀津雄氏(早稲田大学教育研究プロジェクト)が“21世紀の学習環境とインターネットの教育利用を考える”と題し、発表を行なった。

JERIC(Japan Educational Resource Information Center)は、インターネット教育に携わる教員を支援するためのプロジェクトとして発足したもので、情報教育に関する相談受け付け、インターネット導入をさらに活用しやすくするための各種情報提供などを行なっている。これまでのインターネット教育プロジェクトによって、参加教員の情報の輪ができてきたことから、今後は輪を広げ、教員間の情報交換や交流をさらに促進したい、としている。

JERICの宮澤賀津雄氏。「日本の教員はシステム管理やカリキュラム作成、生徒の指導など何でもこなす“マルチプレーヤー”化せざるをえない現状」JERICの宮澤賀津雄氏。「日本の教員はシステム管理やカリキュラム作成、生徒の指導など何でもこなす“マルチプレーヤー”化せざるをえない現状」



学校現場の現状としては、教員、学校、地域の間に関心度、活用度の格差がどんどん開いてきている。また導入や管理が特定の教員に集中しており、周囲に知識や経験が広がらない、残っていかないという状態。これに対して生徒たちは関心が高く、覚えも早い。現在、携帯電話の利用によって1人1端末状態になっており、ネットを利用した遊びが流行している。この現状を教師側は早急に把握し、マナーやモラル、安全教育を施す必要がある。『情報』という科目ではインターネット利用法ばかりをクローズアップしがちではあるが、これまでの既存のメディア(新聞、雑誌、図書館……)をうまく利用するという情報活用能力を培い、学校内外での交流を広げていくことこそ重要である、と宮澤氏は強調した。

日米の状況を比較すると、アメリカではネットワーク管理は業者などに任せ、カリキュラム作成なども専任のスタッフが常駐している。また、ネットに対する危険を十分に認識し、生徒にはアドレスを与えず、学校でのメール利用は不可など、厳しい管理体制を敷いている。日本では、未完成な体勢ゆえに、個々の教員の能力に依存する状態であり、教員がさまざまな役割をこなす“マルチプレーヤー”とならざるをえない。日本では運営的課題や教育的課題がまだまだ残されているため、教員の負担は重いものとなっている。JERICでは企業などの支援も得て、このような教員をサポートできるよう、今後も情報を提供していく、と宮澤氏は結んだ。

この後はディスカッションタイムとなり、福士氏をはじめとするスピーカーへの質問、情報科に対する疑問や意見など、活発な議論が交わされた。

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