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【“テクノロジーと障害者”ロサンゼルス国際会議レポートVol.4】障害者のための最初のグローバルTVネット――エーブルTVネット(AbleTV.net)社のジェフ・プレッジャー氏

2000年04月07日 00時00分更新

文● 岡部一明

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3月20日から25日、ロサンゼルスで、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校(California State University, Northridge:CSUN)の主催により開催された“テクノロジーと障害者”国際会議。引き続き、米国在住のジャーナリストである岡部一明氏が報告する。

今回の会議の様子はウェブ上で見られる。会議に全面協力したエーブルTVネット(AbleTV.net)がウィッテイカー氏の基調講演などをストリーム放送しているのだ。“障害者のための最初のグローバルTVネットワーク”を標榜する同社は、自分自身も中途失明者のジェフ・プレッジャー氏が2年前に設立した。130以上の企業が出店した展示会場に、彼らのブースもあった。

「私たちは、障害者アクセス技術を取り入れたストリーミング放送のパイオニアです。耳の聞こえない人のためのクローズド・キャプショニング(字幕)と、目の見えない人のためオーディオ・ディスクリプション(音声での画面描写)の機能をもったストリーミングウェブ放送を流します」とプレッジャー社長が言う。

混雑したブースにカメラを持ち込み、会場の様子やインタビューなどをさかんに生放送している。その合間に割り込んでのインタビューだ。周りに無造作に置かれたコンピューターが放送の再生をしている。従業員が忙しく機械の調整をしている。盲導犬のオリバー君がどっしりその中に居座っている。

エーブルTVネットのプレッジャー社長。“同僚”のオリバー君とエーブルTVネットのプレッジャー社長。“同僚”のオリバー君と

障害者のために、ストリーミングに字幕、音声解説を

「米国には5400万人の障害者がいるんです。全世界では7億5000万人。皆がこの会議に来れるわけではない。しかしインターネットとこの技術さえあれば、誰でも会議に到達できます。自分の都合のいい時、何回でもアクセスできる。エンドユーザーにパワーが与えられたのです」とプレッジャー氏。

“RealPlayer”などでおなじみだが、現在、ウェブ上ではストリーミング技術の映像、音声放送が活発化してきた。しかし、映像を見られず、音声を聞けない障害者はここから疎外される。エーブルTVネットは、これにクローズド・キャプショニングと音声画面描写を付けて放送する。障害者アクセス技術の開発研究機関であるCPB/WGBH全米アクセシブル・メディア・センタートレース研究開発センターが開発したMAGpieの技術を基本にする。

「まあ、座りなさい」と言って、プレッジャー社長がデモをしてくれる。画面説明のコンピューター合成音声を聞きながらキーボードを操作し、RealPlayerで番組を再生。「今、アインシュタイン氏がエレベーターに乗っているところです」など画面の様子が男性の声で解説される。番組自体の通常のナレーションは女性の声。2系統の解説を男女の声で区別するわけだ。画面の下にナレーションの字幕も出る。この時はまだウェブ上に載ってなかったウィッテイカー氏の基調講演も見せてくれた(生放送の後、データ圧縮などを行ない後日ウェブ掲載)。こちらの方は、映像に手話が映っているので字幕はない。講演という単純画面なので画面説明音声も付いてない。

「私はこの会議にもう10回出ました。報告もしてきました。ここですばらしい経験や技術が共有できるのに、来られない人もたくさん居るのです。4000人集まっても世界の障害者のごく一部。ウェブ放送がその状況を変えるのです」

ウェブ上のウィッテイカー氏の基調講演は、ここから撮られた(手前左に カメラ)
ウェブ上のウィッテイカー氏の基調講演は、ここから撮られた(手前左に カメラ)

最良のアシスティブ技術の情報がいつでも手に入る技術を信じた

プレッジャー氏は26才で失明した後、大学に入り直し、大学院にも行って通信工学を勉強した。大手地域電話会社ベル・アトランティックに就職し、データベース関係マネジャーなどを9年勤めた。社内で音声認識による電話ダイヤル技術の開発にも関わった。その後、エーブルTVネットを'98年に設立。どうして自分で会社をつくる気になったのか。

「私はこの(ストリーミング)技術を信じました。これが答だ、と思いました。来られない人たちにも会議の内容を伝えることができる」とプレッジャー氏。「いいですか、これはウェブなんです。家に居て、夜ベッドに入ったけど眠れない。そういう時でも私たちのサイトにアクセスすれば、現在ある最良のアシスティブ技術の情報が手に入る。ここで展示されている大量の技術をデモ体験できるのです」

彼から障害者としての特別の答を期待していたかも知れない。シリコンバレーの起業家たちから返る答と同じだったので意外だった。技術への惚れ込み、そのビジネス化への熱情。「企業や行政で働く障害者も多いが、自分でビジネスを起こす人も多いのです。自分自身のボスになりたい。起業家の精神です」とプレッジャー氏。

プレッジャー氏は創業資金を、知り合いのベンチャーキャピタリスト、デイブ・ガーディ氏から調達した。事業もガーディ氏のネット会社、TVWorldwide.comと連係して進めている。「これまで障害者のビジネスというと、企業に障害者アクセスについて助言するコンサルティング業が多かったです。その場合はあまり資本は要りませんが、このネットビジネスにはある程度の資本調達が必要です」とのこと。

アクセス性のあるストリーミング放送を見せてくれるプレッジャー社長
アクセス性のあるストリーミング放送を見せてくれるプレッジャー社長

32万人の重度障害自営業者。障害者関係のネット企業へのベンチャー資本投下も活発

米国国勢調査局の調べでは、全米の自営業者940万人の内170万人が“何らかの障害、制限”がある人で、内32万3000人が“重度な障害”をもつ人という(“Can-do Attitudes and the Disabled,”Nation's Business, May 1,1998)。また、障害者関係のインターネット企業へのベンチャー資本投下も活発になり、つい最近も、CanDo.com(シリコンバレー)とHalfthePlanet.com(ニューヨーク)に計2100万ドルの投資があったことが報道された(San Francisco Examiner, March 26, 2000, B-3)。

展示場にブースを出している企業の中には、テキスト音読ソフト『JAWS for Windows』で有名なヘンター・ジョイス社('87年設立)のようにメジャーになった障害者設立企業もある。エーブルTVネットは2年前にできたばかりで“まだ10人以下の小企業”だが、“斬新で画期的な技術”に挑戦していることが特徴と言う。

今回の会議のウェブ放映事業でマイクロソフトがスポンサーになるなど信用もついた。ドイツ語の画面説明、字幕も見せてくれた。彼らのストリーミングアクセス技術は64言語に対応しており、日本ともビジネス連係を求めている。最後にプレッジャー氏は、日本の人へのメッセージだとして、ゆっくりこう言った。

「私に何ができてできないか、ほかの誰も定義づけられない。誰も私を、私が望まないものに定義づけることはできない」

そしてニッコリ笑う。映像処理するうち、エベレストに登頂したウィッテイカー氏の基調講演(Vol.1)の言葉を、プレジャー氏は暗記していた。

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