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新しいビジネスモデルになれなかったフリーPC(前編)

2000年03月24日 00時00分更新

文● 野口恒

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'99年春、パソコンに送られてくる広告を見ることと、個人情報を提供することと引き替えに、パソコンを無料で提供する、というビジネスモデルで業界に衝撃をもたらした米FreePC社だが、そのビジネスモデルはうまく働かず、米eMachines社に買収され、先月、最後のフリーPC配布を行なった。フリーPCビジネスはなぜうまくいかなかったのか。『実践e-ビジネス』(日経BPムック)編集長を務めるフリーランスジャーナリストの野口恒氏にご寄稿いただいた。

フリーPC(無料パソコン)が昨年から今年にかけて世界的に広がり、パソコン業界に価格破壊の衝撃をもたすらのではないかと期待された。フリーPCの登場は、すでにパソコンの価格破壊が急速に進み、使い捨て家電商品のようにパソコンのコモディティ(日用商品)化を象徴する出来事であった。そのため、フリーPCは、遼原の火のように世界的に急速に普及・拡大していくのではと思われた。しかし、フリーPCの火付け役である米FreePC社が今年1月、低価格PC現象の火付け役米eMachines社にあっけなく買収され、しかもeMachines社がフリーPCを提供し続ける考えがないことから、一時脚光を浴びたフリーPCもさほど大きな波にならず、終わりを迎えそうだ。

大反響を巻き起こしたフリーPC

米国のベンチャー企業FreePC社が、'99年2月に個人情報の提供や広告閲覧などを条件にパソコンを無料で配布すると発表したら、その反響はすさまじかった。わずか5ヵ月間に125万人の応募があったという。このフリーPCは、パソコンのハードを無料配布する代わりに、ユーザーに「3年間のインターネット接続契約」、「月々100ドルのオンライン通販利用」、「周辺機器のリース購入」、「コンテンツ・サービス利用」などを義務づけるものだ。それにより、パソコンビジネスの収益源をハードからコンテンツやサービスに移行させようとするベンダー側の狙いがあった。

当初パソコン業界では、フリーPCの出現はパソコンのハードに価格破壊の衝撃をもたらすだけでなく、ハードに依存しない、インターネット接続やコンテンツサービスと組み合わせ、収入源の多様化を図る新しいビジネスモデルを持ち込むものだと注目された。パソコン業界は数年前から、もはやハードビジネス、メーカー機能だけで金儲けできる時代は終わったという認識が一般的だ。今後ユーザーが求めるのは、ハードではなくコンテンツやサービスの提供であり、パソコンビジネスは、ハードを売った後どんなコンテンツ・サービスを提供するか、が勝負であった。その意味で、インターネット接続、コンテンツ・サービス提供と組み合わせたフリーPC事業はユーザーニーズに合っており、ロケットのように急成長するかに思われた。

フリーPCの現実とユーザーの失望

しかし、現実には右も左もわからない初心者ニーザーにはフリーPCは支持されたが、肝心のパソコンを使い慣れた一般ユーザーからは支持されなかった。無料パソコンといっても実際にはタダでなく、ユーザーはインターネット接続、広告閲覧、個人情報の提供を義務づけられており、ユーザーにとってなにかと制約が多かったからだ。とくに個人情報の提供を義務づけたのは、プライバシー保護に敏感な個人ユーザーから反発を招いた。

また、フリーPCはハードの機能・品質、保守サービスのベンダー保証が十分でなく、故障やトラブルが発生した場合、アフターフォローに心配があった。無料であることは少なからぬリスクを伴うものだ。そのことを、一般ユーザーはよく知っていた。

eMachines社が、FreePC社買収に際して、フリーPC事業を引き継がなかったのは、いろいろな理由がある。パソコンの無料配布で一時的に顧客を獲得できても、単発的なハードビジネスでは継続的な顧客獲得、顧客関係の強化を期待できないと同社は考えた。これからパソコンビジネスはハードよりも、コンテンツ・サービス事業が中心になる。その時一番大切なのは、継続的な顧客関係の構築、顧客取引の強化である。フリーPCは、電子商取引などネットビジネスを支える継続的な顧客関係の強化にあまり役立たない。今回の買収で、同社が最も欲しかったのは、FreePC社が持っていた3万人の顧客資産、顧客取引関係、電子商取引など顧客資産・営業ノウハウであった。フリーPCなどハードビジネスのノウハウにはまったく魅力を感じていなかった。

多様化するユーザーニーズへいかに対応するか

ハードからコンテンツ・サービスへーPC事業はいま、ビジネスモデルの転換に迫られている。一番必要とされるのは、フリーPCのような不特定多数のユーザーに大量販売するマスビジネスのノウハウでなく、顧客1人1人のニーズを的確に掴み、彼らの満足する製品・サービスを提供するワン・トゥ・ワンのマーケティングやCRM(カストマー・リレーションシップ・マネジメント)のノウハウである。

とくにパソコンのネット販売、電子商取引などのe-ビジネスにおいて、一般ユーザーは十分な情報を持っている。売買取引の主導権はベンダーでなく、ユーザーが握っている。彼らは、製品・サービスに対する要求が高く、顧客満足度にも敏感である。パソコン初心者ならともかく、こうしたユーザーを低価格・無料配布のみで獲得するのは無理がある。

日本でも、'99年6月に情報関連機器商社(株)バーテックスリンクが、指定ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)との長期契約などを条件にモニター契約の形で、バソコンの無料配布を始めた。同年9月には(株)東洋情報システムの子会社ティアイエス・アイ・メディア(株)が追従した。バーテックスリンクが行なったフリーPCの契約条件には、月1回のインターネットアンケートへの回答、提携先プロバイダーとの利用契約、会員カード(クレジット・ポイント機能付き)の入会などがユーザーに義務づけられている。

当初、無料配布されるパソコンは、オリジナルブランドばかりであったが、バーテックスリンクが日本IBM(株)の『Aptiva 10』を提供する“ムリョーパ!”を発表してから、大きな反響を呼んだ。ただ、日本でも米国と同じように、無料パソコンの提供といっても、指定ISPとの長期契約やカード入会、さらにアンケート回答を通じた個人情報の提供などが義務づけられているため、結構お金がかかり、制約もあるだけでなく、プライバシー保護の問題もある。パソコンやインターネットの初心者ユーザーならともかく、一般ユーザーにはあまり魅力がない。

パソコンの商品価値

フリーPCの登場は、パソコンの商品価値はハードでなく、コンテンツ・サービスであることをユーザーに改めて認識させた効果の方が大きいのである。確かにフリーPCは、周辺機器を含めたパソコンに関連する価格全体を引き下げる、コモディティ商品としての事業モデルを持ち込んだ功績はあるが、これがパソコンビジネスの新しいビジネスモデルとなることはない。

(後編に続く)

  • (フリーランスジャーナリスト)eMachines 
  • 野口恒氏のプロフィール昭和20年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。法政大学大学院社会科学研究科中退。出版社勤務を経て、現在フリーランスジャーナリスト。『実践e-ビジネス』(日経BPムック、発売中)編集長。『超生産革命BTO』、『アジル生産システム』、『コンテンツビジネス』、『2001年のマルチメディアビジネス』ほか、著書多数。

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