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【'99インターネットと教育フォーラムVol.3】“児童・生徒全員に電子メールアドレスを発行すべきか否か”――集中ディスカッションより

1999年11月30日 00時00分更新

文● 服部貴美子 hattori@ixicorp.com

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実践報告の後には、テーマを絞りこんでのパネルディスカッションが行なわれた。

テーマを、“児童、生徒全員に電子メールアドレスを発行すべきか否か ” の一点に絞込み、会場からの意見聴取と事前アンケートを併用することで多角的に論じる工夫をしている。フォーラム参加者を中心に、教育関係者を対象として実施された事前アンケート(236件)では、YESが35パーセント、条件付きでYESが50パーセント、NOが15パーセントという結果が出た。

パネリストは、5人の教員(小学校~高校)で、2人の大学関係者がコメンテーターとして加わった。司会は、大阪府立盲学校の中島康明氏(右端)と神奈川県川崎市立川崎総合科学高等学校の宮澤賀津雄氏の2人
パネリストは、5人の教員(小学校~高校)で、2人の大学関係者がコメンテーターとして加わった。司会は、大阪府立盲学校の中島康明氏(右端)と神奈川県川崎市立川崎総合科学高等学校の宮澤賀津雄氏の2人



実践教育のためにアドレスが必要という肯定派

討論は、自己紹介をかねた3分間ずつの主張アピールから始まったが、前半の論調は圧倒的にYES優位で進んでいった。

「調べ学習や学校間交流に活用している。現在はPCごとにアカウントを与えており、受信に便利な半面、送信時に使いにくいことも……。プライバシー保護など、生徒の発達に合わせた指導を条件に、YES」(広島市立吉島東小学校の前田真理氏)、「企業で廃棄になったパソコンをリサイクルで利用できているという恵まれた環境のおかげで、上越市の8割の中学校で全員へのアドレス付与がすでに実施されている」(新潟県上越市立城西中学校の藤田賢一郎氏)、「カリキュラムの中で必要になった生徒2~3割にアドレスを発行した。生徒たちに情報倫理の概念がなかったので、ガイダンスを作って渡した」(奈良県立大淀高等学校の杉崎忠久氏)という声に代表されるように、条件付きならばアドレス付与ができるという意見が多い。
これに対して、コメンテーターの1人である千葉大学の土屋俊氏は、「各家庭でのPCの普及が進んでいるのだから、学校でメールアドレスを与える必要はないのでは? ネットワーク環境さえ整えれば、各自のアカウントでメールを利用することはできるはず」と反論。南山大学の後藤邦夫氏も「また大学生と小学生とでは、自己責任の能力が違うので、一概には言いにくい。もし小学生が自分の口座を銀行に持ち、カードを暗証番号で引き出せるようなら、メールアカウントをもっても不都合はないだろう」と述べた。

“NO”を選んだ土屋氏(右)の発言で、会場の論調も次第に変化をみせていった“NO”を選んだ土屋氏(右)の発言で、会場の論調も次第に変化をみせていった



盲学校の教員である司会の中島氏は、「インターネットという、ある意味で恐い道具を使ってでも、生活を便利にしていくべき」と述べ、同じく司会の宮澤氏も「メールは電話のような1対1のコミュニケーションではないので、新聞と同じくらいの影響力があるツール。それだけに、学校で教育をしていく必要性があるのでは?」と語った。

経済状況の差や、プライバシー保護の問題も

この後は、会場につめかけた参加者からの意見を交えてのフリーディスカッションが展開された。
 
「フリーメールなどもあるので、アカウントを与えないことはできても、アカウントを持たせないことはできない」(高校教員)、「学校を失敗の許される環境としてとらえ、アカウントを与えてネットワークの経験を積むことで生徒に学習をして欲しい」(中学教員)といった肯定派の中には、生徒の家庭の経済事情の差を懸念して、学校教育の必要性を訴えるものもある。

「私の学校では、推薦入学のクラスと選抜入学のクラスが分かれており、前者の家庭では7割がPCを保有しており、後者ではPCのある家庭では皆無という状況。それを考えれば、学校で環境を与える必要性があると思う」(高校教員)。

一方、反対意見も続々と飛び出した。

「学校でアカウントを発行しても、自宅からはチェックすることができないケースが多い。フリーメールを使えば、経済的な問題はクリアできるのだし、学校でアドレスを発行する必要はない」(中学教員)という技術的な問題や、「校内のパソコンからチャットを利用している生徒がいるが、アドレスの末尾がac.jpなので、送信者の属性を容易に推測されてしまう。女子校ということを考えれば、生徒のプライバシー保護が心配」(女子中高校教員)といったドメインに関する問題を懸念する参加者もいた。

返信先を教員にしておくことで、生徒に対して良くないメールを検閲することもできるため、責任問題を考えれば個別にアドレスを付与するよりも安全という意見も多い。特に小学校では「発達段階を考えると、生徒に責任を問うのは難しいし、教員も全体で見ればリテラシーはまだまだ。説明ができる人がいない状況では、積極的に考えにくい」(小学校教員)。

学校と家庭が協力する姿勢が大切では?

いろいろな立場、環境からの意見を聞いた上で、パネリストの杉崎氏は「自己責任の上に文化が成り立っていることを、アメリカは昔から教えている。それに比べて日本は躊躇(ちゅうちょ)しているが、メールというコミュニケーションのツールを使うことで、子供たちに責任の意味を学んでもらうことができるのではないか」と主張した。

学校の責任について、千葉県柏市立教育研究所の西田光昭氏は、「学校は、子供がしでかしたことに責任を持つのではなく、子供にどういう力をつけねばならないかを考えるべき」と語り、生徒たちに責任の所在を理解させるためにも、アカウント発行は有効であり、今はその準備の段階だと述べた。「保護者と学校が責任を押しつけあってはいけない」(前田氏)、「情報倫理に限らず、家庭と学校との関係を考えていかねばならない」(土屋氏)という意見には、会場参加者も大きく頷いていた。

管理の煩雑さと指導の難しさを考えれば、それに伴う担当者の負担の増大は避けられない。今回のフォーラムの参加者は、各校で管理を任せられる立場の人が多かったにもかかわらず、「負担だから導入したくない」という意見は、ほとんど出なかった。司会の宮澤氏は、参加者の前向きな姿勢に感謝の言葉を述べるとともに、「これから、学校のインターネット環境もどんどん変化していくだろう。なんとかいい方向に向かって欲しいし、教員も検討して欲しい」と締めくくった。

なお、この討論は、近日運用が開始見込みのメーリングリストにて継続される予定である。

実践報告集に関しても、ホームページからPDFファイルとしてダウンロードできるので、参加がかなわなかった方は活用していただきたい
実践報告集に関しても、ホームページからPDFファイルとしてダウンロードできるので、参加がかなわなかった方は活用していただきたい

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