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【第2回乗鞍高原会議 Vol.2】新しい地域コミュニティーの在り方と問題点を探る――パネルディスカッションより

1999年11月01日 00時00分更新

文● 編集部 井上猛雄

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10月28日、29日の両日、長野県南安曇郡安曇村で、“第2回乗鞍高原会議”が開催された。安曇村は地域イントラネットの足まわりに日本で初めて無線LANを導入、地域コミュニティーの新しいモデルとして大きな成果をあげている。今回の乗鞍高原会議では、シンポジウム、パネルディスカッション、実地見学など盛りたくさんのイベントが催された。本稿では、実稼動しているシステムの構築に携わったスタッフ、活用ユーザーによるパネルディスカッションの模様について報告する。

パネルディスカッションの模様。初日は、基調講演を行なったメディアエクスチェンジ(株)の吉村伸氏も参加
パネルディスカッションの模様。初日は、基調講演を行なったメディアエクスチェンジ(株)の吉村伸氏も参加




売り上げは3パーセント増加。客層も変わってきた

まず、安曇村CyberNetworkの村瀬会長は、実際にシステムを運用してからの顕著な変化について述べた。

「売り上げは3パーセントほど上がった。安曇村に訪れる客は、基本的にホームページから情報を見て、宿を予約してくるケースがほとんど。雑誌や電話のお客さんとは明らかに違う。あらかじめノートパソコンを持ってくる人が多く、初めて訪れたときにパソコンを持ってこない場合でも、リピーターになって必ずパソコンを持ってくる」という。

客はプライベートなメールをチェックし、家族とともに次に行くリゾート地の情報を調べ、次に滞在する宿の予約をする。ただし、安曇村のように電子メールでリアルタイムに予約を受け付けているリゾート地は少ないので、電話で予約することも多い。さらに最近の変化として増えているのがiモードからの予約である。携帯電話サービスの普及も安曇村の活性化に一役買っているようだ。

安曇村CyberNetworkの村瀬会長からの現状報告 安曇村CyberNetworkの村瀬会長からの現状報告



今回のシンポジウムでは、実際にシステムを運用するユーザーの代表として、ペンション『小さな国』の藤田直登氏、『ポエティカル』の小沢昌子氏、『テンガロンハット』の宮下理恵氏が参加した。

小沢氏は、「メーリングリストがあるので、商売敵であるにもかかわらず、宿同士が共存共栄できる点がいい。自分たちの子供たちも無線LANを享受しているが、それが当たり前の状況になっている。もし、ほかの場所に行ったら常時接続ではないので一体どうなるのだろうか? 逆に心配なくらいだ」という。

また、宮下氏は「空室情報など、いろいろな情報がページに盛り込めて、広告費が要らないことがメリット。メールを利用すれば、時間を気にしないで、いつでも相手に連絡が取れるので、人間関係もずいぶん広がってきた。ペンションは人とのお付き合いが大切。そういう意味でメールはとても役立っている」と、インターネットを活用した場合のメリットについて語った。

左からユーザー代表の藤田直登氏、小沢昌子氏、宮下理恵氏
左からユーザー代表の藤田直登氏、小沢昌子氏、宮下理恵氏




地域のビジネスモデルと捉えず、社会的なモデルと考える

現在も地方では、かつて都市が体験したバブル後の頃のような厳しい状況が続いている。無線LANを使った安曇村のモデルは、地域活性化のためのタイムリーなカンフル剤になる。ただし、これから安曇と同じような村興しをするためには、地域だけの自助努力だけではなく、地方自治体からの援助や、企業との連携も必要になってくる。

実際に稼動しているシステムを構築した企業側スタッフの代表として、住友商事(株)の谷山亮治氏、ルート(株)の真野浩氏、(株)インタースペースプランニングの飯岡信行氏、電算の菅沼真氏がディスカッションに参加した。安曇村の現状の問題点や将来像について、地域コミュニティーを育てるためにはどのようにしたらよいか? など、かなり突っ込んだ意見も出た。

安曇村のネットワークの立ち上げをバックアップした住友商事の谷山氏は、「正直に言って、CyberNetworkの規模では、企業側にとっては利益にはならなかったが、間接的には利益に結び付くと考えている。製品を何台売らなくては、というように純粋な利益ばかり考えていると、地域ネットとの結び付きは不可能になってしまう」

「ただし、企業側からユーザー側にお願いしたいことは、最初から何でもやりたいと言わないで欲しいということ。安曇の場合は目的がはっきりしていたが、お客さんによっては1度にすべてをやろうとする傾向がある。最初から100パーセントを考えず、30点、60点ぐらいから始めるぐらいの気持ちでないと、このような事業は難しいだろう。地域のビジネスモデルと捉えるのではなくて、社会的なモデルと考える必要がある」と企業側の考え方に明確にした。

また、CyberNetwork副代表の藤田氏は、ネットワークによるイントラネットの構想を初めて聞いたとき、その話に夢を感じたという。それが原動力になり、ここまで計画を推進できたという。

「安曇村のような村興しをしたいと思っている地域は各地にあるはず。ただ、地方には何かをやりたいと思っていても、実際にどうやっていいのか分からない人がほとんどだと思う。いままで、安曇でやってこられたのは、そういう人たちに夢を分け与えてることができると思ったから。ビジネスにはならないかもしれないが、社会の大儀名分からすれば、安曇村のようなケースがあって良いのではないのだろうか?」と地域サイドからの思いを語った。

会場の模様
会場の模様




都市に対する情報武装ではなく、地方のプロパティーで勝負

安曇のCyberNetworkは、地元住民、企業、地方自治体が三位一体となって成功した社会的なモデルといえるだろう。しかし、安曇村が成功した要因はこれ以外にもある。この点について、ルート(株)の真野氏は「安曇村は都市に対して情報武装して対抗しているわけでなく、都会に住む人々が持っていない土俵に立って、自分たちのプロパティ―で勝負したことが成功につながっている」と分析した。

「地方の名産品――たとえば“幻の名酒”がインターネットで手に入る、というようなキャッチで商売をしてるところはすべて失敗している。なぜならば、地方では確かに幻の名酒は手に入らないかもしれないが、コンシュマーが多い都会では物流のなせる技によって、容易に手に入れることができるから。一方、成功しているビジネスの例は、都市の人間が何を求めているかを明確に打ち出している。リゾート地に来る観光客はホスピタリティーを求めている。“吹雪ツアー”とか“田植えツアー”とか、地方の土俵に立ってお金を落とさせる構造が必要」

「ネットビジネスの将来像については、技術が隠れたときに、ブレークがくる。技術が見えているあいだは、どんなものでもいいビジネスにはならない。乗鞍もインターネットを前面に出しただけのビジネスには決してならないで欲しい」と訴えた。

また、「インターネットビジネスにおいては、ディスクロージャーが大きなメリットになる。たとえば、宿がオーバーブッキングしてしまっても、ほかの宿が空いていないか? という問い合わせをメーリングリストで同報すれば、空いている宿に移動してもらえる」

「ネットワークのビジネスは、いいものをみつけたときに公開しないと、孤立してマーケットが狭くなっていく傾向がある。フェアートレードがインターネットビジネスの基本となる。広い意味でディスクローズして、メーリングリストを活用したり、ポータルサイトにウェブを載せたりすることが、よりよいコラボレーションを作りだし、成功につながる要因となる」と、ネットワークビジネスで成功するためのヒントを挙げた。


独自のアピールポイントが必要に

コンテンツの重要性については、電算の菅沼氏からも同じような発言があった。「インターネットビジネスをしようと考えている人のなかには、“ウェブさえ作れば客がすぐに来る”と安直に考えてしまう傾向がありすぎるように思う。コンテンツには、独自のウリになるようなものや、人の気を引く仕組みを作らないとダメだと思う」

「サーチエンジンに登録したとしても、実際に検索を掛けて同じようなものが何万件もあれば、すぐに見つけることは不可能。その地域に来なければできないような特性を生かしたことを考える必要がある。たとえば“ジャムをみんなで一緒に作りませんか?” というようなテーマを考え、イベントに結びつけたりする工夫も必要ではないだろうか?」と問題を提起した。

(株)インタースペースプランニングの飯岡氏は、ウェブ利用者側の観点に立って、安曇のウェブで気づいた点を挙げた。

「観光客は、ふつう10BASEケーブルを持ち歩かないので、貸し出しがあるのか? それともないのか? など詳しい情報がウェブに書いてあると、より親切になると思う。また、ノートパソコンを使うことが前提になっているケースが多いので、専用のテーブルやイスも欲しい。宿の予約や問い合わせなどの対応は、メールに書き込むのではなくて、それぞれのペンションのウェブフォームから入力できるようにしたほうが、より便利になるのでは?」と提案した。

地方でインターネットビジネスを展開する場合、インフラだけが整備されても成功するとは限らない。場所によっては、導入成果が上がらずに情報化の是非が問われている――“箱はできても魂が入らない”というケースも多々見られるのも事実である。いずれの発言も、これからインターネットを利用して地域コミュニティーを活性化しようと考えている人々にとって、参考になる発言だった。

システムの構築に携わった企業側スタッフの代表。右から住友商事(株)の谷山亮治氏、ルート(株)の真野浩氏、(株)インタースペースプランニングの飯岡信行氏、電算の菅沼真氏
システムの構築に携わった企業側スタッフの代表。右から住友商事(株)の谷山亮治氏、ルート(株)の真野浩氏、(株)インタースペースプランニングの飯岡信行氏、電算の菅沼真氏




完全なディスクロジャーには、まだ時間が

また、谷山氏は「ひと口にサーバーを立ち上げると言っても技術要素は複雑で、地方にはあまり人がいない。ユーザー側にとっては、ネットワークがあることを意識しなくてもいいが、そこに到達するまでには時間と知識が必要になることを考えておかなければならない。サービスを利用する側のアプローチをどうするか? という点については、ウェブよりも電子メールのほうが大切なのではないか。宿泊リストを中立的なところからメールで配信して、お客にアプローチすることで間口が広がるのではないか?」という運営面での指摘もあった。

これらの発言を受けて、司会進行役の岩田健二氏は「安曇村の将来像については、ゆくゆくはコラボレーションをしていきたいと考えている。しかし、ディスクロージャーについては、まだ時間が掛かるだろう。共有という形の認識が進めば公開もできるようになる。囲い込むのではなく、全体的に導入してもらえるように努力したい」と答えた。

CGIによる入力フォームの導入に関しては、「メールの書き方で相手のレベルが分かるので、それに合わせて対応していきたいと考えている。地図も入れていないのは、分からなければ問い合わせしてもらえると思ったから。そういうところからメールでの問い合わせをして、お付き合いを深めていきたいから」と、当面は入力フォームは利用しない方針であると述べた。



最後に、「乗鞍の無線イントラネットは、まだまだ発展途上にある。幸いにも乗鞍のケースでは、企業の協賛や自治体からの助成金を得られたが、2番目に同じようなことを始める場合は難しいかもしれない。しかし、無線LANはあくまでも1つの方法であり、それぞれの地域に合ったやりかたがあると思う。常時接続型ネットワークを基盤とした社会モデルの1つとして、乗鞍が参考になれるようなことがあれば嬉しい。ほかの地域ネットワークも早くそうなって欲しい」と締めくくり、2日間にわたる会議の幕を閉じた。

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