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【田中維佳のマレーシア報告 Vol.2】「日本人のパイオニア精神はどこへいった?」--会津泉氏インタビュー

1999年08月24日 00時00分更新

文● 取材/文:田中維佳

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アジアネットワーク研究所代表の会津泉氏は、'97年4月に同研究所をクアラルンプールに設立し、東南アジア地区におけるネットワーク事情の研究を続けている。その会津氏に、マレーシア政府が推進するMSC(マルチメディア・スーパー・コリドー)の現状と、その中心都市として7月にオープンした“サイバージャヤ”の実態についてお話をうかがった。

アジアネットワーク研究所の会津泉氏、国際大学GLOCOMの主任研究員やアジア太平洋インターネット協会(APIA)の事務局長も兼任している
アジアネットワーク研究所の会津泉氏、国際大学GLOCOMの主任研究員やアジア太平洋インターネット協会(APIA)の事務局長も兼任している



--サイバージャヤのオープンに際しての印象、現状をお聞かせください

「マハティール首相のオフィスである首相府がすでに'99年5月にプトラジャヤに移転した現在、本格的な施設が整っているのはマルチメディア大学、NTT MSC、MDCという、公式にMSC自体を推進する組織の3つです。現在は土地の整備と並行し、各種特典が得られるMSCステータスの認定を受けた約200社以上の企業に現地への移転を勧めているというのが現状です。来年の6月までに移転しないとこの特典の取り消しもありえるということで、実際に企業がどの程度現地に移転するかどうかがMSCの成否を占う大きなポイントになると思います」

「オープンの際の印象としては、マルチメディア大学の学生たちの表情が非常に明るく、生き生きとしていたことです。この大学は3年前に作られたマレーシア初の私立大学のひとつで、これまでは南に2時間の距離にあるマラッカにありました。1年生から3年生までが、まわりに何もないサイバージャヤで、テレビなどのマスコミや海外の情報分野の企業トップなどのお客さん、さらに首相までが現れるオープン式典という晴れの舞台に参加できるという、一生にそうはできない経験をして、大変興奮していました」

「実は、少なくともCGの分野におけるこの大学の教育レべルは、専門家にも非常に高く評価されており、これからのマレーシアを担う人材育成という点では、かなり希望が持てると思います。毎年1000人の学生を送り出していくわけで、彼らが実社会の戦力になっていくのにどれくらいの時間がかかるか、また、その時までにマレーシアの社会が彼らを活用できる受け皿をどこまで用意できるかが課題でしょう」

クアラルンプール市内にあるアジアネットワーク研究所の入口、今回のインタビューは同研究所において収録した
クアラルンプール市内にあるアジアネットワーク研究所の入口、今回のインタビューは同研究所において収録した



--今後のMSCはどうなっていくのでしょうか?

「現在のサイバージャヤは、筑波学園都市のように都心からかなり離れており、造成コストの関係上、土地や賃料も決して安くなく、厳しい状況にあります。以上の意味で、MSCを“ダメだ”と否定するのは誰でもできます。でも、“ではどうするのか”ということを考えた場合、答えは簡単ではありません。マレーシアが今まで同様に電子部品や半導体などの製造業における後方補給・生産基地として進めばいいのか? それでは21世紀に成長していくことはできないと判断したマレーシアが、今のMSCプロジェクトをうち出したわけです」

「世界全体、アメリカやヨーロッパの経済を見ても、成長の大きな原動力になっているのはインターネットやパソコンなどのIT産業であるのは事実です。マレーシアがバイオ、環境ビジネスなどの可能性も検討した上で、あえて情報産業の発展という方向性を選んで動き出したということ自体は、決して間違っているとは思えません」

「つい2~3年前までは、“インターネットでは誰も儲けた人はいない”というのが常識でしたが、少なくとも最近のアメリカは違います。インターネットで大きな利益をあげた人、企業は多数あり、実際にウェブでもものすごい数のヒット数が集まり、テレビを見るよりもインターネットを使うという人が増えているのです。IT産業全体の幅は確実に膨らんできていて、同じことがアジアでも起きるとすれば、もちろんここマレーシアでも期待できるはずです。そこに、一足先に踏み込んだことで、困難も大きいのは当然でしょう」

「マハティール首相の評価すべき点というのは、あれこれ批判が出ても、とにかく進めていく実行力にあります。通貨規制など最初は批判されても、結果的には妥当だったことが、よくあります。たしかに、このプロジェクトにも無理はありますが、そもそも情報分野は、ハイリスクを覚悟で進めるかどうかがポイントで、参加企業がどこまで追いついていけるかが問われていると思います。日本の企業はとくに(その点が問われています)」

会津氏は研究の成果を随時発表している 会津氏は研究の成果を随時発表している



--MSCへの進出を考える日本企業について、お考えをお聞かせください

「マレーシアでよく耳にするのは、“日本人にはパイオニア精神がないのか?”という疑問です。日本の大手企業はMSC進出にあまり積極的ではありません。企業の海外進出に関して言えば、リスクを伴うのは当然で、その結果副産物として生み出せるものがあるかどうか。わざわざマレーシアに進出してまで実現したい企業としてのビジョンと技術があるのかどうか。そこが問われています。何もないのなら、無理して出る必要はないでしょう。なにか面白いことをしたい、人と違ったことをやりたい、日本の中ではできないことをぜひ実現したい、そう考える企業こそが海外進出をすべきではないでしょうか」

「人件費が日本の数分の1、税金も半分というマレーシアの条件は決して悪いものではないと思いますが、それでも日本を出るのであれば、それなりの苦労を覚悟するべきでしょう。本当は参加したいが今の優遇策では足りないというのであれば、もっと日本企業は建設的な主張をすべきだとも思います。究極的には、『どんな条件の悪いところでもやっていけるだけの経営力、技術力を持っている』という自信で“勝負”するパイオニア精神がなければ駄目で、どこの国へ行ってもベストのところなどないと私は考えています」

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