このページの本文へ

【Interactive Education'99 vol.2】新しい教育の形 “科目を越えたインタラクティブ教科書――CD-ROMからの脱皮”

1999年08月23日 00時00分更新

文● 船木万里

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

Brain Powerの時代

19日、20日の2日間にわたり、大手町の日経ホールにおいて“Interactive Education'99”と題し、ネットワークやパソコンを利用した新しい教育の形を考えるイベントが行なわれた。会期中は教育関係者や教育システムの開発に携わる産業界関係者などで盛況だった。本稿では、19日の講演の中から、MITの宮川教授の講演を中心に報告する。

米マサチューセッツ工科大学教授、宮川 繁(みやがわ・しげる)氏による講演は、“Brain Power”をキーワードに始まった。

「これからの時代、財産となるのは不動産や設備などではなく、“Brain Power”だと言われています。学んだことがあっと言う間に役に立たなくなるこの時代に生き残るには、どんどん新しい知識を学ぶ技術を身につけること、すなわち“Learning Machine”となって情報を取り込むことが大切なのです」と宮川氏は、今後の社会における情報の重要性を語った。

米マサチューセッツ工科大学教授、宮川氏米マサチューセッツ工科大学教授、宮川氏



一方、米国の若者の間での顕著な現象として、テレビの視聴時間の減少が挙げられるという。来年には、2歳~17歳の若い世代のテレビ視聴時間は、5年前に比べて年間100時間も減少すると予想されている。これは、テレビの代わりにインターネットを楽しんでいるからに他ならない。ほとんどの若者は、テレビよりインターネットのほうに興味があり、インタラクティブに参加できる点で優れている、と考えている。

しかし、大人と呼ばれる世代の人間は、インターネットやコンピューター自体に恐怖感を持つものも少なくない。その人が生まれた後に発明されたものを、彼らは“テクノロジー”と呼ぶ、という法則は正しい、と宮川氏は言う。若者たちが抵抗なくインターネットを楽しめるのは、彼らが生まれる前にすでに存在していたからであり、コンピューターは彼らにとって自然な存在なのである。

こうしたことを考え合わせると、これからの学校は、“ネット・ジェネレーションの学習者たち”と、情報社会からの要求に応えるべく、教育法を根本的に見直す必要がある。

“放送”の教育から“インタラクティブ”の教育へ

 
これまでの学校教育は、教師があらかじめ決められた情報を生徒に伝達するという、テレビと同じ一方通行の“放送”形式だった。しかし、情報収集、利用の技術が重要視される21世紀の社会に対応するには、学習する生徒が自ら役立つ情報を集め、学ぶという技術を身につけなければいけない。教師はそれを支援する、いわばファシリテーター(facilitator=促進者)として機能すべきである、と宮川氏は考える。
 
このような形の教育には、やはりコンピューターや、インターネットの利用が適している。しかしこれまでは、教科書として使えるようないい内容のソフトウェアがなかったことや、教育者自身がコンピューターの取り扱いに消極的だったこともあり、学校教育にこうしたテクノロジーが取り入れられることは少なかった。

マサチューセッツ工科大学では、宮川氏を中心として、社会科用マルチメディア教材『Star Festival』を、7年の歳月をかけて完成した。ウェブサイトとの連携も視野に入れたこの教材は、今年から米国の学校数百校での採用が決定している。『Star Festival』は、宮川氏の半生をストーリーの中心に据え、“日本”という国と、宮川氏という一個人をクロスオーバーさせながら多角的に描いたものである。

Star Festival、すなわち七夕祭に、米国から数十年ぶりに帰ってきたProfessor Miyagawaの行動を軸として、祭りが行なわれる街の風景や地元住民へのぶっつけ本番のインタビュー、数百枚に及ぶという宮川家の写真など、ごく普通の日本人の姿やその生活を素材としている。画面は、架空のPDAを学習者が操作する形式。画面上のボタンを操作することで、ムービーを見たり写真をめくったり、街の中を探検できる仕掛けになっている。対象年齢は幼稚園から大学までと幅広く、また社会科という科目を越えて利用できる内容でもある。

PDAを模したCD-ROMのインターフェース
PDAを模したCD-ROMのインターフェース



自分で学ぶ力を身につける

 
宮川氏によるCD-ROMの実演後、この教材を実際に利用した授業風景のビデオが上映された。幼稚園では、子供たちはCD-ROMの内容を見ることに非常な興味を示していた。

小学校では、生徒たちが数人のグループに分かれ、絵を描いたり、計算をしたり、家系図を書いたりと、さまざまな学習を自主的に行なっていた。宮川家の人々の関係についてCD-ROMを見直し、写真などをプリントアウトして家系図を作成した生徒たちは、そこから派生して自分自身の家系図も作り始める。日本と米国の人口密度について調べていた生徒たちは、算数の勉強も兼ねる計算の作業に没頭していた。
 
また、七夕祭りについて学習することから、親の出身国の祭について調べ始めるグループもあった。米国の一般的な小学校では、日本について教える機会はほとんどないに等しい。この教材を利用することによって日本への理解が深まったばかりではなく、マイノリティーの生徒にとっては、自分のアイデンティティーを追求し、受け入れる機会にもなったという。
 

CD-ROMからの脱皮――ウェブ上でのインタラクティブな学習

『Star Festival』は、以上のように実際の授業において、“学習者中心の教育”、“教師はファシリテーターとして機能”、“テーマを自ら発見し、調査する学習”などの要素を生かした教材として機能している。
 
しかし、CD-ROMというメディアは内容が固定しているので、それ自体では発展性がない。教材の中から生徒たちが自分のテーマを見つけた後は、CD-ROMから離れて新しい情報に接していくことが重要である、と宮川氏は説く。大切なのは学習者自身が、どのようにそのテーマを掘り下げていけるかということである。CD-ROM教材は、興味を触発するためのきっかけにすぎない。
 
今後は、生徒が学習した成果を発表したり、この教材の内容を媒介に他校や他国の生徒とも交流を持ち、さらに学習者の視野を広げていける場があれば、と宮川氏は考えている。こうしたことから、ウェブ上で『Star Festival Network』を展開するという計画が進められている。ケーブルによって太い情報網が整備される米国では、近い将来、テレビのような動画を送受信することも全国的に可能となる。今秋に一部地域で公開される“Star Festival”のウェブページは、CD-ROMとは少し異なるインターフェースで、パズルなども取り入れ、よりインタラクティブに構成されている。
 

ウェブ上で展開する“Star Festival Network”のインターフェース
ウェブ上で展開する“Star Festival Network”のインターフェース



しかし米国においても、コンピューターに不慣れだったり、また自分の知らないことを生徒たちが勝手に学習していく授業には不安を覚える教師が大多数を占める。今後は、教師としての権威を捨て、“ファシリテーター”として生徒の自主的な学習を見守るという、新しい役割を担わなければならない。インタラクティブな新しい教育においては、このような現場の教育者の意識改革が最大の課題となるだろう、と宮川氏は結んだ。

カテゴリートップへ

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン