George A. Campine 著
森崎正人 監訳
森崎正人、豊沢 聡 訳
(株)カットシステム ISBN 4-87783-017-0 2600円
MITの巨大プロジェクトとして知られているアテナの全貌が紹介されている新刊本です。しかし、原書の出版は1991年と古く、プロジェクトの一応の終了とともに評価をまとめた概説として出されたものです。10年前の状況について書かれた、コンピュータ関連の書籍としては極めて古い内容が今更出版されたという感は否めません。出てくるコンピュータの性能には歴史を感じ、経験の長い人には昔を懐かしむことができるでしょう。
アテナプロジェクトは、MITの全学的なコンピュータおよびネットワークを利用した教育の高度化を目指したもので、DECとIBMとの産学共同プロジェクトとして、1980年代半ばより8年間に渡って続いたプロジェクトです。アテナの教育的な面は日本へはほとんど影響を与えなかったと思いますが、このプロジェクトではネットワークが現在と基本的にはほとんど変わらないところまで使われ、それがLinuxを初めとするUNIX系コンピュータからインターネット利用技術に至るまでの幅広い分野に強い影響を与えたことは間違いありません。その中でも、同時期に並行してMITで開発が行なわれていたX Window Systemに対して、教育という現場で使うための実証実験がアテナで行なわれ、それ以降のウィンドウシステムに与えた影響も計りしれません。
同じころ、日本では国家プロジェクトとしてさらに大きな予算でΣプロジェクトが行なわれましたが、こちらのほうは失敗といわざるをえない結果に終ってしまいました。その成果も、せいぜいそのプロジェクトに参加していたことでUNIXに慣れた技術者が若干増えたかもしれない程度に終わり、今でも言及することがはばかられる始末です。
私自身は、今のインターネットの前身であるJunetを利用していた頃でもあり、UNIXにどっぷり浸かった生活をしていたころです。さまざまなウィンドウシステムが存在し、日本製のウィンドウシステムは関係者が開発したこともあり、開発にも利用していました。ちょうどそのころ、Xが公開され、膨大なドキュメント類も見ました。まだXの原書さえ出版前でしたが、Σプロジェクトとは違い、Xには詳細な利用マニュアルがすでにできており、利用者に対する意識の格差をまざまざと見せつけられました。
出版されてから随分経過してからの翻訳で、普通なら読む価値がないのですが、この本からは、プロジェクトはいかに運用されるべきかについての答が多数見つかります。どんなプロジェクトにしても、計画どおりに進むことはほとんどなく、次々と問題が発生します。それらにどう取り組んで行くべきかについて、参考にできる部分は多くあるでしょう。
日本のプロジェクトは、多くの場合、開発前に必要以上に決め、自らの枠に振り回されて失敗してしまうケースが多いように思えて仕方ありません。コンピュータやインターネット関係では、予想外の状況変化が起きるのは当然で、それらにどれだけ対応できるかで成功と失敗が分かれます。役所的になればなるほど柔軟な対応ができなくなり、本来の大きな目的よりも、目先の書類に縛られ、問題が発生すれば必死に隠すことで、さらに悪化してしまうことが日本では日常茶飯事です。
その点、アテナには、大目標はほとんど崩さず、途中で判断を継続的に行ない、必要に応じて方向転換を行なったり、廃止したり、かなり柔軟な姿勢が感じられます。しかし、これだけ成功したと思われているプロジェクトですら、学内にはその後も反対の立場、あるいはコンピュータを教育の場に持ち込むこと自体に反対する教授がいるということを聞くと、世界中同じなんだと感じさせられます。
日本のほとんどのプロジェクト管理者たちは、世界有数のMITであるから成功したのであって、とても自分たちの組織の参考にはならないと思うかもしれませんが、基本的な部分は十分参考になります。プロジェクトは、大胆な行動と、冷静な判断に尽きるようです。