最初は謝った
「本人降臨がやりたかったんです」
仕掛人の一人、「ランティス組曲」「ランティスの缶詰」など、ニコ動関連のCDを手掛けた「ドワンゴの齋藤P」として知られる齋藤光二氏は、コンテンツ化の目的をそう語る。
ことの発端はニコ動内でIKZOブームが起こった4月にさかのぼる。最初にアクションを起こしたのはドワンゴ側だった。吉さんの事務所を訪れたドワンゴのdwango.jp事業本部事業企画部、田中隆介氏は当時をこう振り返る。
「まず謝りに行きました。吉さんの事務所の方に、ニコニコ動画内でこんなこと(著作権を侵害しつつも一大ブーム)になってしまっていると報告したんです」
下手をすれば吉氏側から怒られるだけでなく、訴えられたりするかもしれない。そんな状況で「もしご興味があればコラボしませんか?」と話を切り出したという。すると事務所側からは「では、吉さんに相談してみます」と、意外な返事が返ってきた。
にじみ出る「サービス精神旺盛」な人柄
吉氏がOKを出してからは、話がトントン拍子に進んでいく。吉氏と初顔合わせの際、ドワンゴ側はいきなり「俺ら東京さ行ぐだ」のリミックス曲を12曲ほど作り、打ち合わせの場で吉氏に聞いてもらったという。
「最初はサンプル3曲の予定だったんですが、うちのサウンドチームがすごくやる気を出して、結局8人総動員で制作しています(笑) 吉さんも『コレ、いいじゃない』と気に入ってくれました」(齋藤氏)
一方、吉氏も負けてはいない。初顔合わせにも関わらず、「こんな感じでしょ」と着信ボイスのサンプルを作ってきた。
「普通、(自分の歌が勝手に使われていたら)怒るんじゃないのかと思いますよね。でも吉さんは、すごい理解を示してくれたんです」(齋藤氏)
実は吉氏は、このコンテンツ化の話があるまでIKZOブームのことを知らず、実際にニコ動を見てみたという。
「それでも吉さんはニコ動のIKZOについて『若い人の考えることは面白いね』と言ってくれました。『これだけの人たちが楽しんでくれているのはとってもありがたい。どんな形であれ、曲が歌い継がれていることはいい』という感じですね」(齋藤氏)
吉氏が理解してくれたのは、曲の使用だけではない。着うたやボイスの製作にも積極的に関わってくれた。話を聞くと、スタジオでの収録はとても楽しいものだったようだ。
「吉さんはサービス精神が旺盛で、人を元気にするパワーが半端ない。レコーディングでもこちらの頼んだことをやるのではなく、『ちょっと待って』とアドリブをかましたり、すごく積極的でした。お仕事という感じではなくて、吉さんが面白いことを夢中でやっている印象です」(齋藤氏)
田中氏は「(演歌界の大御所にも関わらず)スタジオがあまり緊張していなかった。打ち合わせでも、みんなの笑いが絶えない」と言う。
自分も楽しんで、みんなも楽しませる。吉氏が持つ、生粋のエンターテナーとしての素顔をかいま見た感じだ。