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塩澤一洋の“Creating Reed, Creative Mass.──大公開時代の羅針盤” 第14回

塩澤一洋の“Creating Reed, Creative Mass.──大公開時代の羅針盤”

DRMのない音楽配信

2008年08月24日 15時00分更新

文● 塩澤一洋 イラスト●たかぎ*のぶこ

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 レコード会社だって、CDのプレス、在庫、流通といったコストを削減できるので、そのぶん、消費者が買いやすい価格に下げられるし、経営資源を「音楽のプロデュース」という本来の業務に振り向けて新たな音楽を世に送り出せる。iTunes Storeは、音楽を愛する人すべてがハッピーになれるシステムなのだ。

 しかし、これをさきほどの尺度に照らすと、まだまだ最高とはいえない。価格はCDより安い半面、圧縮によって音質は低下しているし、DRMによってコピーや再生の範囲が限定されている。

 iTunes Storeで以前から売られているファイルに施されているDRMは、他社のDRMに比べたら飛躍的に柔軟なコピー制限だ。それでもDRMはなにかと煩わしい。例えばMacを買い替えたら、iTunes Storeに対して改めて認証が必要だ。

 DRMは、音楽を適切に購入し、適切に聴いている大多数のまっとうなユーザーにまで不便を強いる。実際DRMは、ある範囲の再生形態に音楽を「閉じ込めて」おくという点で、CCCDと同じ閉鎖性をまとっているのだ。

 そもそも音楽を「閉じ込めて」おくことは、ユーザーの利便を奪うだけでなく、作曲家やレコード会社など、音楽を創作し提供する側の首もしめる。なぜなら、音楽は「表現」であって、表現はそれ自体が広告灯だからだ。

 あるミュージシャンの楽曲や演奏(=表現)がいいと感じたら、その人の別の曲(=表現)も聴きたくなる。するとCDやDVDを買うし、生で聴きたくなればライブにも行く。ひとつの作品を気に入った人は「次」を買うのだ。さらに友人に話し、ブログに書き、他人に勧めるだろう。


(次ページに続く)

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